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【最終章】魔王城の決戦編

最終章-24【器】

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ピンチだ。

大ピンチだ。

超ピンチだぞ。

「もう、逃さないわよ~」

黒山羊頭を被ったデビル嬢が、手に持った鉈をユラユラと揺らしながら前に歩み出す。俺は魔法で鋼鉄化しているアマデウスの背中に隠れながら作戦を考えていた。

「畜生、畜生、畜生ッ!!」

愚痴が口から溢れ落ちた。冷や汗も額から落ちる。

グラディウスの柄尻でアマデウスの後頭部をカンカンっと殴ってイラ付きを押さえる。

考えろ。

時間が無い。

危機が迫っている。

否、迫っているどころか眼前だ。

もう、そこである。

ゆっくり作戦を考えている暇は無い。

二人なら勝てると瞬時に企んだ俺が甘かったぜ……。まさか、このドタンバでギルガメッシュの野朗が逃亡するとは思わなかった。それが、大誤算だった。

しかし、悔やんでもしゃあないか。

作戦を立てるんだ!

作戦を立てる……?

そもそも作戦を立てただけで勝てるのか、あいつに……?

一人だぞ……。

初見のギルガメッシュですら黒山羊頭を見た途端に逃げ出す相手だぞ……。敵の力量が半端ない。マジで一人で勝てる相手じゃあない……。

アマデウスの野朗も巻き沿いを恐れて完全防御状態だしよ。

勝てないなら、逃げるか?

いや、二度も逃がしてくれる相手じゃあないだろう。逃げ出すなら親子喧嘩のどさくさに紛れて逃げるべきだった。もう、逃げるチャンスは失われている。

「糞っ!!」

あの時に逃げておけばよかったぜ。すっげ~、後悔だ!!

いやいや、後悔していても始まらねえ。ここは戦うしかない。確か、前に戦った時は俺もレベルが低かった。よく覚えていないが、たぶんレベル20ぐらいだったはず。でも、今の俺はレベル49だよ、四捨五入すればレベル50だよ!

あれ……。あれれ、もしかして……。これなら、行けるか?

俺、強くなってるよね!?

確実に強くなってるよね!?

もしかしたら、勝てるんじゃあねえのか?

ほら、マジックアイテムでの底上げも相当ながら増えてるし、スキルだってかなり増えている。武器も黄金剣からグラディウスにランクアップだってしているしさ。

「これって、もしかして、勝てるんじゃねぇの?」

気持ちを口から出したら少し自信が湧いて来たぞ。そうだよ、何を俺はビビッてるんだ。

トラウマだ。俺はトラウマに怯えていただけなんだ。

「よしっ!」

俺は心を強く固めると、鋼鉄化しているアマデウスの背後から前に出た。凛っと表情を引き締めながら少女Aの黒山羊頭を睨み付ける。

「おや、私と正面からやり合う覚悟が決まったようね。顔が男らしくなったわ」

俺はクールな口調で返した。

「どうやら俺とあんたは運命で結ばれているやうだからな。結ばれているって言っても赤い糸とかじゃあないぞ。俺にその気はないからな、誤解すんなよ」

「誤解も何も、私にもその気は無いわよ。でも、あなたには、もっともっと強くなってもらいたいの」

強くなる?

「何故だ?」

少女Aが柔らかい空気で一度俯いた。それから黒山羊頭を上げる。

「ロード·オブ·ザ·ピット様を覚えているかしら?」

ロード·オブ·ザ·ピット……。

覚えている。確か、こいつが以前宿屋で召喚していた魔界の悪魔だよな。御主人様見たいなことを言ってたっけ。

頭が黒山羊で、額に六芒星が揺らいでいて、身体はマッチョな男性。背中にコンドルっぽい翼を生やして、下半身は馬のような蹄を持った獣の物だった。それに、チンチロリンが馬並みサイズだったのが印象的だったよな。マジでデカかった。少し羨ましく思ったことを忘れない。

「覚えているぞ、あの悪魔野朗だよな」

黒山羊頭の口角が片方だけ釣り上がる。

あの仮面、動くのか……。

「私の主で魔界の王、サタン様よ!」

あれが有名なサタンなのかよ……。なんか、性格は天然系で、お馬鹿っぽかったよな。

「私の目的は、サタン様をこの世界に転生させて、王として君臨してもらうこと!」

「えっ……」

「要するに、サタン様に新魔王になってもらうことよ!」

「それは凄いな、まあ頑張れよ……」

な~んだ、それがこいつの目的か~。そんなのが目的なら俺には関係ないや。マジで勝手に頑張りやがれって感じだぜ。

「でもね……」

話を続けながら少女Aのテンションが少し下がった。口調が大人しくなる。

でも、なんだろう?

「でもね、あの方には足り無い物があるの……」

「足り無い物……。やる気か?」

「やる気も、ちょっと足り無いわよね……」

「あの悪魔は性格もダメダメが入ってたもんな~」

「それは置いといて、別の重要な物が足りないのよ!」

「重要な物って?」

「身体よ」

「ボディー?」

「そう、器よ」

あら~……。なんか、やな予感が湧いてきたわ~……。

「魔界の悪魔ってね、長い時間を現世に留まれないの。この世と魔界は別の次元だから、悪魔が長い時間存在出来ないの。魔力が尽きると魔界に無理矢理引き戻されるのよ」

「へぇ~……」

なんか説明を始めたぞ。しかも、あまり聞きたくない説明だ。嫌な予感しかしねえよ……。

「だから現世に存在する器を使って、その存在を固定しないとならないの。その器は、なんでも良いわけでもないのよね」

「へ、へぇ~……」

聞きとうない……。この先は聞きとうない……。話のオチが予想出来る分だけ聞きとうないぞ。

少女Aが黒山羊頭越しに俺を凝視する。そな瞳が赤く光っていた。

「器に最適な素質。それは、強度、魔力、相性。できればチンチロリンのサイズ」

「もしかして、それが俺のビューティフルボディーに備わっていると……」

「そうよ」

ほら、キタ……。予想的中だ……。

「特に性格の相性なんて、ドンピシャなんだから~」

「性格……?」

「そう、変態属性がサタン様とドンピシャなのです!!」

「俺の変態属性は悪魔的なのかよ!!」

「でも、チンチロリンのサイズが少し不満なのよね……」

「そこは比べないでくれ……」


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