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185【Help me】
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深夜――。
ピエドゥラ村は常闇のような夜に包まれ、上空では七つの月が流れる雲に見え隠れを繰り返していた。星々は鮮やかに瞬き、田舎の村には静けさだけが広がっていた。
――少し前までは、である。最近の夜は騒がしいのだ。
チルチルは、柔らかいベッド越しにも伝わってくる地響きに睡眠を妨げられていた。店の外から「ドスン、ドスン」と重低音のような音が響いてくるのである。
「むにゅむにゅ……。五月蝿いです……」
ネグリジェ姿のチルチルは外の騒がしさに目を覚まし、ベッドから身を起こした。天井を見上げてぼんやりしていたが、その神経を逆撫でするように地鳴りは止まらない。
「もう、シロー様ったら……」
横で寝ていたニャーゴを抱きかかえると、チルチルは部屋を出た。ニャーゴも眠そうに欠伸をしながら不満げな顔をしている。
『本当に五月蝿いニャア。あの馬鹿シローは……』
「まったくです……」
ブランの部屋を覗くと、彼女は豪快な鼾をかきながら熟睡していた。どうやら昼間の稽古で疲れ切っているらしい。あるいは単に無神経なのかもしれない。
「こんなに五月蝿いのに、よく眠れますね……」
『まったくニャア……』
一階に降りて台所を抜け、店内に入ると、そこにはマリアがいた。魔法の光に照らされながら、カウンター席に腰掛け本を読んでいる。もちろん客は一人もいない。片田舎の深夜に客が来るはずもなかった。
マリアはチルチルに気付くと、薄明かりの中で微笑んだ。
『あら……チルチルちゃん。まだ深夜なのにお目覚めですか……』
「外が五月蝿くって、目が覚めちゃって……」
眠たそうに目を擦るチルチルに、マリアは優しい笑みを向ける。その微笑みには母性的な温かさと同時に、アンデッド特有の陰のような気配も混じっていた。
『シロー様ったら、あんなにはしゃいで……まるで子供のようですね……』
「まったくです……」
窓から外を覗くと、シローが木の枝を遠くへ投げているところだった。腕力に物を言わせて、枝は闇の中へ百メートル以上も飛んでいった。
その枝を追いかける大きな影――。地鳴りの正体が姿を現す。
『ガァルルルル~~ン゙』
ティラノザウルススケルトンのポチだった。最近、マリアと共に家へやって来た巨大なペットである。シローが投げた枝を嬉々として追いかけ、咥えて戻ってくる。それを何度も繰り返すのだ。まるで大型犬の遊びである。
夜中に延々と繰り返されるその遊びに、チルチルはげんなりするしかなかった。身長十三メートルの巨体が走り回れば、地鳴りが轟くのも当然だ。
我慢できなくなったチルチルは店を飛び出し、シローに向かって怒鳴った。
「シロー様、五月蝿いです!!」
『えっ……?』
猫背のシローが首だけこちらに向けて呆けた顔をする。どうやら迷惑をかけている自覚はないようだ。
「いいですか、シロー様。今は夜なんです。シロー様は眠らなくても、普通の人々は眠る時間帯なんです。そんな時間帯に、家の前で遊ばないでください!」
『えっ……でも……』
「遊ぶなら、もっと遠くで遊んでください!」
『は、はい……』
しょんぼりしたシローの隣で、ポチも項垂れていた。二人して落ち込む様子に、チルチルは愚痴をこぼしながら家へ戻って行った。
『怒られちゃった……』
『がるるるぅ……』
仕方なく、シローとポチは村外れの草原まで移動し、再び遊びを始めた。投げては拾い、投げては拾い――二人は飽きもせず夜明けまで続けたのである。
やがて東の空が白み始める。
『そろそろ朝だな!』
『がるっ!』
『よし、今日はこの辺で終わりにするか!』
『がるるっ!!』
遊びを切り上げたシローは家へ戻り、ポチは林の巣へと帰っていった。
その頃、マリアは太陽の昇る前に地下室へと戻り、シレンヌと店番を交代していた。マリアは幻術で肉体を装っているが、日光を浴びればスケルトンの姿が露わになってしまう。本人にとっては、女性がノーメイクで人前に出るような感覚に近いらしく、極めて恥ずかしいことなのだという。
――まあ、彼女も一人の女性なのだ。気を使ってやらねばならない。
『さて……ちょっと現実世界に戻ってスマホでもチェックするか』
暇を持て余したシローはゲートマジックで自室に戻り、スマホのメールを確認した。ゴールド商会から連絡が来ているかもしれない。定期的なチェックは義務付けられているのだ。
「なにか、連絡はっと――」
受信箱を開くと、クロエからメールが届いていた。彼女はアメリカへ弾丸を買いに行っていたはずだ。
「おっ、買い物完了の報告かな?」
しかし、メールのタイトルは予想外のものだった。
【Help me】
「……あいつ、アメリカで何かやらかしたな」
シローは大きく溜息をついた。クロエならば、それも容易に想像できることだった。何せ、根っからの問題児なのだから。
ピエドゥラ村は常闇のような夜に包まれ、上空では七つの月が流れる雲に見え隠れを繰り返していた。星々は鮮やかに瞬き、田舎の村には静けさだけが広がっていた。
――少し前までは、である。最近の夜は騒がしいのだ。
チルチルは、柔らかいベッド越しにも伝わってくる地響きに睡眠を妨げられていた。店の外から「ドスン、ドスン」と重低音のような音が響いてくるのである。
「むにゅむにゅ……。五月蝿いです……」
ネグリジェ姿のチルチルは外の騒がしさに目を覚まし、ベッドから身を起こした。天井を見上げてぼんやりしていたが、その神経を逆撫でするように地鳴りは止まらない。
「もう、シロー様ったら……」
横で寝ていたニャーゴを抱きかかえると、チルチルは部屋を出た。ニャーゴも眠そうに欠伸をしながら不満げな顔をしている。
『本当に五月蝿いニャア。あの馬鹿シローは……』
「まったくです……」
ブランの部屋を覗くと、彼女は豪快な鼾をかきながら熟睡していた。どうやら昼間の稽古で疲れ切っているらしい。あるいは単に無神経なのかもしれない。
「こんなに五月蝿いのに、よく眠れますね……」
『まったくニャア……』
一階に降りて台所を抜け、店内に入ると、そこにはマリアがいた。魔法の光に照らされながら、カウンター席に腰掛け本を読んでいる。もちろん客は一人もいない。片田舎の深夜に客が来るはずもなかった。
マリアはチルチルに気付くと、薄明かりの中で微笑んだ。
『あら……チルチルちゃん。まだ深夜なのにお目覚めですか……』
「外が五月蝿くって、目が覚めちゃって……」
眠たそうに目を擦るチルチルに、マリアは優しい笑みを向ける。その微笑みには母性的な温かさと同時に、アンデッド特有の陰のような気配も混じっていた。
『シロー様ったら、あんなにはしゃいで……まるで子供のようですね……』
「まったくです……」
窓から外を覗くと、シローが木の枝を遠くへ投げているところだった。腕力に物を言わせて、枝は闇の中へ百メートル以上も飛んでいった。
その枝を追いかける大きな影――。地鳴りの正体が姿を現す。
『ガァルルルル~~ン゙』
ティラノザウルススケルトンのポチだった。最近、マリアと共に家へやって来た巨大なペットである。シローが投げた枝を嬉々として追いかけ、咥えて戻ってくる。それを何度も繰り返すのだ。まるで大型犬の遊びである。
夜中に延々と繰り返されるその遊びに、チルチルはげんなりするしかなかった。身長十三メートルの巨体が走り回れば、地鳴りが轟くのも当然だ。
我慢できなくなったチルチルは店を飛び出し、シローに向かって怒鳴った。
「シロー様、五月蝿いです!!」
『えっ……?』
猫背のシローが首だけこちらに向けて呆けた顔をする。どうやら迷惑をかけている自覚はないようだ。
「いいですか、シロー様。今は夜なんです。シロー様は眠らなくても、普通の人々は眠る時間帯なんです。そんな時間帯に、家の前で遊ばないでください!」
『えっ……でも……』
「遊ぶなら、もっと遠くで遊んでください!」
『は、はい……』
しょんぼりしたシローの隣で、ポチも項垂れていた。二人して落ち込む様子に、チルチルは愚痴をこぼしながら家へ戻って行った。
『怒られちゃった……』
『がるるるぅ……』
仕方なく、シローとポチは村外れの草原まで移動し、再び遊びを始めた。投げては拾い、投げては拾い――二人は飽きもせず夜明けまで続けたのである。
やがて東の空が白み始める。
『そろそろ朝だな!』
『がるっ!』
『よし、今日はこの辺で終わりにするか!』
『がるるっ!!』
遊びを切り上げたシローは家へ戻り、ポチは林の巣へと帰っていった。
その頃、マリアは太陽の昇る前に地下室へと戻り、シレンヌと店番を交代していた。マリアは幻術で肉体を装っているが、日光を浴びればスケルトンの姿が露わになってしまう。本人にとっては、女性がノーメイクで人前に出るような感覚に近いらしく、極めて恥ずかしいことなのだという。
――まあ、彼女も一人の女性なのだ。気を使ってやらねばならない。
『さて……ちょっと現実世界に戻ってスマホでもチェックするか』
暇を持て余したシローはゲートマジックで自室に戻り、スマホのメールを確認した。ゴールド商会から連絡が来ているかもしれない。定期的なチェックは義務付けられているのだ。
「なにか、連絡はっと――」
受信箱を開くと、クロエからメールが届いていた。彼女はアメリカへ弾丸を買いに行っていたはずだ。
「おっ、買い物完了の報告かな?」
しかし、メールのタイトルは予想外のものだった。
【Help me】
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シローは大きく溜息をついた。クロエならば、それも容易に想像できることだった。何せ、根っからの問題児なのだから。
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皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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