スケルトン商人と獣人メイドの異世界転移繁盛記(インフィニティ)

ヒィッツカラルド

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242【見えない獣】

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「く、クソ……」

 二階テラス席から落下したチェサーは、一階客席で這いつくばっていた。その肩からは鮮血が流れ出ている。弾丸は貫通していた。

「あれが、噂のL字武器か……」

 一瞬の轟音。それと同時に、見えない速度で右肩を何かに貫かれた。肩甲骨を貫通し、骨を粉砕している。

 物凄い苦痛――それは刃物で切られたのとは違う感覚だった。傷口が焼けるように熱い。重傷だった。死ぬかと思うほどの痛みだ。

「あ、暗殺失敗か……」

 傷口を押さえながら立ち上がるチェサーを、槍を構えた近衛隊が包囲する。

「賊め、観念しろ!」

「逮捕だ、逮捕~!!」

 武器は落下の際に手放してしまった。近衛隊の背後、遠くに転がっている。万事休すだ。

 取りあえず――。

「ヒーリング……」

 銃痕を押さえる手のひらが淡く輝いた。治癒魔法で傷口を塞ぐ。しかし、チェサーはヒーラーではない。魔法での治療にも限界がある。彼のヒールは出血を止める程度のものだった。

「痛みは引いたが、根本的な解決にはなっていないな……」

 自分を取り囲む近衛隊を見回しながら、チェサーが呟く。

 チェサー・ロッシ(26歳)。彼は、イタリカナ王国から送り込まれた諜報員である。

 本名は別にあったが、イタリカナを出る際に捨てた。今は「チェサー・ロッシ」が本名だ。

 彼がスパイになったのは十四歳のころ。きっかけは戦争だった。両親を亡くし、孤児になっていた彼をイタリカナ軍が奴隷として買い取ったのだ。

 そこから兵士としての訓練を受け、やがて実力を買われて諜報部に配属された。

 数々の任務をこなす中、ついにフランスル王国への潜入任務が回ってくる。

 そして、今から五年前――チェサーのフランスル王国での潜入生活が始まった。

 最初は王国の片田舎で農家を営みながら、母国へ情報を流していた。その村で南星剣を学ぶ。

 やがて南星剣の免許皆伝を得ると、母国から新たな指令が届いた。

 アルル円形闘技場で闘士となり、チャンピオンになれ。チャンピオンに成り、十回の防衛戦を達成すれば、ルイス国王との謁見が叶う。その謁見の際に、国王を暗殺せよ、と――。

 チェサーは思った。上の連中は簡単に物事を考えすぎている。馬鹿ではないかと思った。

 闘技場でチャンピオンになるまでに、どれほどの苦労があるか理解していない。ましてや十回の防衛戦を達成して殿堂入りするなど、どれほどの道のりか想像もしていない。まこと、馬鹿としか言いようがない。

 そんな馬鹿どもが国を回しているから戦争が終わらないのだ。

 いや、それほどの馬鹿だからこそ、戦争など始めてしまうのだ。

 もはやチェサーには、母国イタリカナへの忠誠心などなかった。いや、もとから無かったのかもしれない。

 だが彼は、自分がスパイであることにしか存在意義を見出せなかった。そうでもしなければ、生きる理由を持てなかったのだ。

 だからこそ、ルイス国王の暗殺任務を受けた。それで歴史に名を刻めるのなら、それでもいいと思えた。

 ――そして、このざまだ。

 本当の馬鹿は、自分だったのだ。

 チェサーは周囲を見回し、状況を判断する。

 武器は手放した。自分を囲む近衛隊は十人。素手では敵わないが、逃げるだけなら叶いそうだ。

 問題は――闘技場のスケルトン。あの男が俺の逃走を妨害するなら、逃げ切るのは不可能だ。

 それに、ルイス国王とフィリップル将軍。あの二人が邪魔をすれば、逃げることは無効。L字武器で追撃されたら、もう終わりだ。

 そのとき――足元の影が喋り出した。

『のぉ、チェサーよ』

「なんだ、楊雪月。逃走を助けてくれるのか?」

『妾とお前との契約に、逃走の手助けは含まれておらぬ』

「じゃあ、なんだ。今は忙しいんだよ!」

『約束通り、国王の暗殺を手伝ってやろうと言っているのだ』

「ルイス国王の玉を取れるのか!?」

『勿論』

 その声と共に、チェサーの影から巨大な狐が姿を現した。象よりも大きく、九本の尾を持つ――九尾の狐である。

『コーーーーーーーン!!!』

 九尾の狐が雄叫びを上げた。その声は波動のような衝撃となって闘技場全体に広がる。次の瞬間、観客たちがバタバタと倒れ始めた。会場の八割の人間が白目を剥いて気絶していく。

「な、なんだ……今のは……」

「わ、分かりません……陛下……」

 テラス席のルイス国王が頭を押さえながら問う。だが弟のフィリップル将軍もまた頭を押さえ、答えられないでいた。

 残る二割の者たちは気絶こそ免れたが、全員が頭を押さえ、顔を苦痛に歪めている。

 しかも、彼らには――九尾の狐の姿が見えていなかった。あれほど巨大な獣が視界に入っていないのだ。完全に見えていない。九尾は透明なのだ。

「な、なに、あの動物は……」

 頭を押さえながら、チルチルが反対側の客席にいる九尾の狐を見つめ、唖然と呟いた。彼女には見えているらしい。

 その驚愕の表情を見ながら、ソフィアが心配そうに問う。

「ど、どうしたの……チルチルちゃん?」

 ソフィアには、九尾の狐が見えていないようだ。頭痛に苦しむばかりである。

 そして、闘技場の中央――。

 繋ぎ合わせたばかりの左腕をぐるぐると回し、具合を確かめていたシローが言った。

『また、大きなお稲荷様が登場してきたな。面白い!』



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