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79【ゴリラの娘】
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夕日が沈み掛けている。そろそろピエドゥラ村に夜が訪れるころだった。
『案内、済みません……』
「構わんウホ、構わんウホ。これから同じ村で過ごすんだから、困ったときはお互い様ウホ」
『マジ助かります』
迷子の俺と大工のムニュジエさんが歩き出した刹那である。道の向こうから歩んできた女性に声を掛けられた。
「あら、お父さん。お客さんだったの?」
その女性はメイド服を着込んだ金髪。ヴァンピール男爵の城で見たことがあるメイドさんだった。たしか名前はソフィアだったと思う。
「お帰り、ソフィア。仕事は終わったウホか?」
「いえ、一度家に帰ってから、また出勤予定よ。それより、一緒にいるのはシロー様ではありませんか?」
『よく名前を覚えてくれてたね、ソフィアさん』
「いえいえ、それより家に何用ですか?」
『いやね、テーブルの注文をお願いしに来たんだよ』
「ああ、お客様だったのですね」
『そんなことより、二人は親子なのか?』
「はい、親子です」
「ソフィアは自慢の娘だウホ。美人だろ」
『に、似てないですね……』
親はゴリラ顔だったが、娘は美人の人間顔である。
「ソフィアは母さん似だからね。俺には似てないウホ」
たぶんソフィアさんのお母さんが相当美人なのだろう。むしろゴリラの遺伝子を受け継がなくて幸いである。
――ってか、美女とゴリラが結婚したのか?
なに、奇跡?
『あっ……』
しかし、俺は気が付いてしまう。ソフィアさんの両腕が毛むくじゃらで巨大なことを――。たぶんあの腕はゴリラアームだ。そこだけ遺伝したのだろう。
「なあ、ソフィア。これから境界線に向かうウホか?」
「ええ、今日は警護当番なの」
「それじゃあついでに、シローさんを家まで案内してやってくれないか。たしか境界線の近くだろ。帰り道が分からなくなったらしいウホ」
「迷子ですか?」
『迷子です……』
「迷子ウホ」
「分かったわ。それでは少し待っててもらえないかしら。家から荷物を取ってきますから」
『ああ、分かった』
するとソフィアは家の中に入って行く。
俺は父親のムニュジエさんに訊いた。
『そろそろ夜ですよ。こんな夜更けにお嬢さんをお借りしてよろしいのですか?』
するとムニュジエさんはゴリラ面を微笑ませながら述べた。
「構わんよ。娘のソフィアは、この村で二番目か三番目ぐらいには強いウホよ。おそらくソフィアに圧勝できるのは、ヴァンピール男爵様だけウホ」
『へぇ~、そんなに強いのか~』
呑気に答えたが、俺は心の奥で立ち合いたいと考えていた。相手が女子供でも、強いのならば戦いたい。それが格闘家の本能である。
『お待たせしました、シロー様。それでは帰りますか』
そう言いながら家から出てきたソフィアは、背中に小さめのリュックを背負っていた。それよりも目立ったのは、彼女が両手にはめているガントレットである。殺伐とした鋼製で、拳の部分に四本のスパイクが飛び出ている。なんともメイド服とは合っていない。
『その腕の物は、なに……?』
ソフィアは物々しい両手を突き出しながら述べた。
「私の防具であり、武器であり、乙女のアクセサリーですわ」
語尾にハートマークが花咲いていた。だが、乙女のアクセサリーと言うのは嘘だろう。そのぐらいは俺でも分かるジョークだ。
そして、唐突である――。
俺は自然体から瞬時に片腕を振るった。ダラリと下げていた片腕が鞭のようにしなり、拳先がソフィアの眼前に迫る。それは閃光のような速度の拳技――フリッカージャブだ。
瞬速で迫る俺の拳がソフィアの美面に達する刹那、ソフィアはそのジャブをくぐり、前へと踏み込む。かなりの反射神経だ。
その大きく踏み込まれた震脚とは裏腹に全身を跳ね飛ばすように打たれる蹴り足が後方に向かって土を弾き飛ばす。その動きが威力と化して上半身に登って行った。
そして、中腰の背中を虹のようなラインで飛んでいく巨拳――ブーメランフック。威力を最大限まで乗せた凶悪なパンチだ。
しかし、その凶拳は、俺の仮面の前でピタリと止まった。振り切られることはない。
「ぬぬ……」
狼のような眼光で睨みつけるソフィアが、額を伝う一雫の汗とともに述べる。
「足技も使えるのですね……」
そう述べた彼女の顎下に、俺の片膝が止まっていた。その距離、わずか一ミリ。寸止めだ。
タイミングからして、俺の膝蹴りのほうが先にヒットしていたのは明らか。それはソフィアも察している事実。
しかも、その威力は、彼女のスマートな下顎を一撃で粉砕していたこともまた明白だった。それを悟れないほど、彼女も未熟ではないだろう。
俺が立てていた膝を下ろすと、ソフィアも拳を下ろした。それから問われる。
「何か武術を嗜んでいますね?」
『空手、柔道、レスリング、ボクシング、柔術を少々――』
「どれも聞いたことのない武術ですわ……」
『俺の母国では、どれも有名な格闘技だ』
「どうやら、格闘技が盛んな国からまいったのですね」
『そんなところだ』
そう言いながら踵を返した俺は歩き出す。そんな俺の背中に、ソフィアが声をかけた。
「家はそっちではありません。こっちです……」
『えっ、そうなの!?』
俺は再び踵を返す。歩き出したソフィアの背中を追った。
『まって~、置いてかないで~』
「…………」
『案内、済みません……』
「構わんウホ、構わんウホ。これから同じ村で過ごすんだから、困ったときはお互い様ウホ」
『マジ助かります』
迷子の俺と大工のムニュジエさんが歩き出した刹那である。道の向こうから歩んできた女性に声を掛けられた。
「あら、お父さん。お客さんだったの?」
その女性はメイド服を着込んだ金髪。ヴァンピール男爵の城で見たことがあるメイドさんだった。たしか名前はソフィアだったと思う。
「お帰り、ソフィア。仕事は終わったウホか?」
「いえ、一度家に帰ってから、また出勤予定よ。それより、一緒にいるのはシロー様ではありませんか?」
『よく名前を覚えてくれてたね、ソフィアさん』
「いえいえ、それより家に何用ですか?」
『いやね、テーブルの注文をお願いしに来たんだよ』
「ああ、お客様だったのですね」
『そんなことより、二人は親子なのか?』
「はい、親子です」
「ソフィアは自慢の娘だウホ。美人だろ」
『に、似てないですね……』
親はゴリラ顔だったが、娘は美人の人間顔である。
「ソフィアは母さん似だからね。俺には似てないウホ」
たぶんソフィアさんのお母さんが相当美人なのだろう。むしろゴリラの遺伝子を受け継がなくて幸いである。
――ってか、美女とゴリラが結婚したのか?
なに、奇跡?
『あっ……』
しかし、俺は気が付いてしまう。ソフィアさんの両腕が毛むくじゃらで巨大なことを――。たぶんあの腕はゴリラアームだ。そこだけ遺伝したのだろう。
「なあ、ソフィア。これから境界線に向かうウホか?」
「ええ、今日は警護当番なの」
「それじゃあついでに、シローさんを家まで案内してやってくれないか。たしか境界線の近くだろ。帰り道が分からなくなったらしいウホ」
「迷子ですか?」
『迷子です……』
「迷子ウホ」
「分かったわ。それでは少し待っててもらえないかしら。家から荷物を取ってきますから」
『ああ、分かった』
するとソフィアは家の中に入って行く。
俺は父親のムニュジエさんに訊いた。
『そろそろ夜ですよ。こんな夜更けにお嬢さんをお借りしてよろしいのですか?』
するとムニュジエさんはゴリラ面を微笑ませながら述べた。
「構わんよ。娘のソフィアは、この村で二番目か三番目ぐらいには強いウホよ。おそらくソフィアに圧勝できるのは、ヴァンピール男爵様だけウホ」
『へぇ~、そんなに強いのか~』
呑気に答えたが、俺は心の奥で立ち合いたいと考えていた。相手が女子供でも、強いのならば戦いたい。それが格闘家の本能である。
『お待たせしました、シロー様。それでは帰りますか』
そう言いながら家から出てきたソフィアは、背中に小さめのリュックを背負っていた。それよりも目立ったのは、彼女が両手にはめているガントレットである。殺伐とした鋼製で、拳の部分に四本のスパイクが飛び出ている。なんともメイド服とは合っていない。
『その腕の物は、なに……?』
ソフィアは物々しい両手を突き出しながら述べた。
「私の防具であり、武器であり、乙女のアクセサリーですわ」
語尾にハートマークが花咲いていた。だが、乙女のアクセサリーと言うのは嘘だろう。そのぐらいは俺でも分かるジョークだ。
そして、唐突である――。
俺は自然体から瞬時に片腕を振るった。ダラリと下げていた片腕が鞭のようにしなり、拳先がソフィアの眼前に迫る。それは閃光のような速度の拳技――フリッカージャブだ。
瞬速で迫る俺の拳がソフィアの美面に達する刹那、ソフィアはそのジャブをくぐり、前へと踏み込む。かなりの反射神経だ。
その大きく踏み込まれた震脚とは裏腹に全身を跳ね飛ばすように打たれる蹴り足が後方に向かって土を弾き飛ばす。その動きが威力と化して上半身に登って行った。
そして、中腰の背中を虹のようなラインで飛んでいく巨拳――ブーメランフック。威力を最大限まで乗せた凶悪なパンチだ。
しかし、その凶拳は、俺の仮面の前でピタリと止まった。振り切られることはない。
「ぬぬ……」
狼のような眼光で睨みつけるソフィアが、額を伝う一雫の汗とともに述べる。
「足技も使えるのですね……」
そう述べた彼女の顎下に、俺の片膝が止まっていた。その距離、わずか一ミリ。寸止めだ。
タイミングからして、俺の膝蹴りのほうが先にヒットしていたのは明らか。それはソフィアも察している事実。
しかも、その威力は、彼女のスマートな下顎を一撃で粉砕していたこともまた明白だった。それを悟れないほど、彼女も未熟ではないだろう。
俺が立てていた膝を下ろすと、ソフィアも拳を下ろした。それから問われる。
「何か武術を嗜んでいますね?」
『空手、柔道、レスリング、ボクシング、柔術を少々――』
「どれも聞いたことのない武術ですわ……」
『俺の母国では、どれも有名な格闘技だ』
「どうやら、格闘技が盛んな国からまいったのですね」
『そんなところだ』
そう言いながら踵を返した俺は歩き出す。そんな俺の背中に、ソフィアが声をかけた。
「家はそっちではありません。こっちです……」
『えっ、そうなの!?』
俺は再び踵を返す。歩き出したソフィアの背中を追った。
『まって~、置いてかないで~』
「…………」
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