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158【サン・モンの公爵】
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シレンヌとニャーゴが店番をしていた。ニャーゴはカウンターの上で丸まり眠りこけ、プレートブーツを片足だけ脱いでいるシレンヌは、その素足を水の張ったバケツに突っ込んでいた。これが、シレンヌの食事風景である。
シレンヌは半分植物系のモンスターらしく、食事は水があれば問題ないらしい。なので、こうやって水を摂取しているのだ。
それにしても、足から食事を取るなんて、はしたない娘である。これでは、嫁の貰い手もないだろう。
「ぅぅ……」
『――……』
「ふ~ふふふっふ~~ん」
そして、俺とブランは裏庭でトレーニングに励んでいた。その向かいで、チルチルが一人で畑の雑草をむしっている。鼻歌交じりで機嫌が良い。
俺とブランは中腰の姿勢で「丹田」に励んでいた。丹田とは、呼吸法のトレーニングである。しかし、その姿勢はかなり厳しい。道着姿のブランは、すでに汗だくだった。
下半身は、まるで椅子に座ったかのように腰を落とし膝を曲げ、上半身は背筋を正して両腕を肩の高さで前に伸ばす。それは、見えない椅子に座っているかのような姿勢であった。その体勢のまま、体力が尽きるまでじっとしているのだ。
学校の部活動でも取り入れられているトレーニングスタイルで、元々は古くから中国拳法などで行われていた鍛錬法である。
この辛い姿勢で、筋力と持久力を鍛えるだけでなく、呼吸法も磨かれるという基礎トレーニングだ。
現代世界では、通称「電気椅子」とも呼ばれている。
「ぅぅ……」
俺の横で丹田に励むブランの体が、小刻みに震えていた。そろそろ限界が近いらしい。かれこれ一時間は続けているので、無理もない。
そもそもブランは生身だ。俺と違って“体力無限LvMAX”なんてスキルは持っていない。いずれは必ず体力の限界が来るのだ。
――てか、俺にこのトレーニング、意味あるのか?
前々から疑問だったのだが、こうした体作りの鍛錬は、俺には無駄ではないのだろうか?
でも、やめられない。分かっていても筋トレに励みたくなる。これは、スポーツマンとしての本能に近い衝動なのだろう。困った習性である。見えない筋肉が、それを求めているのだ。
「ふえぇ~~……もう限界だべぇ~……」
そして、ブランが崩れた。その場に座り込んでしまう。
『よし、そろそろ丹田は終了だな。少し休んだら、今度は正拳突きの打ち込み千回だ!』
「ひぃ~~……地獄だべさ……」
『打ち込みが終わらなければ、昼飯は抜きだぞ』
「ほ、本当に地獄だべさ~……」
ブランが大の字で倒れていると、空から一羽のフクロウが飛んできた。そのフクロウは畑の柵にとまり、こちらをじっと見つめている。
チルチルが柵の上のフクロウに近づきながら言った。
「あら、郵便配達のフクロウですわ」
『郵便配達――だと?』
「手紙を配達する使い魔です。都会だと、魔法使い見習いがバイト感覚でやっている仕事ですよ」
『このフクロウは、魔法使いの使い魔なのか?』
確かに、フクロウの足首には手紙を入れる小さな筒が括り付けられている。チルチルは、その筒から手紙を取り出した。
「あら、ピノーさんからの手紙ですわ」
サン・モンの町の大店、アサガンド商店のピノー・サルサト。太った中年のおじさんである。だが、商人としては凄腕だ。
『手紙には、なんて書いてあるんだ?』
チルチルは目を大きく見開きながら、手紙を読み上げた。
「サン・モンの君主、フィリップル・アンドレア公爵様が、お目にかかりたいそうです!」
俺は髑髏の首を傾げながら聞き返す。
『だれ、それ?』
「ルイス・ドド・ブルボンボン様の弟君に当たる方ですよ!」
『それも、だれ?』
俺は芸能関係に疎い。若者の流行なんかも、さっぱりだ。
「フランスル国王の王様ですよ!」
芸能人ではないらしい。政治家関係のようだ。まあ、そっちも疎い。
『その王様の弟君が、俺に会いたいのか?』
「そう書いてありますね……」
『ふ~~ん――』
俺はつまらなそうに声を漏らした。その様子をチルチルは呆れ顔で見ている。
「ふ~~ん、じゃないですよ、シロー様。これは、大変名誉なことですよ!」
『そうなん……なんか、面倒臭そうだな。偉いやつが出てくると、気を使うから嫌なんだよね』
格闘家時代も、試合のたびに偉いスポンサーとかいう奴らが出てきては面倒だった記憶がある。ああいうのは、理屈っぽくて厄介なのだ。
チルチルが手紙の続きを読んだ。
「なんでも、城建設について口添えしてくれるとか、書いてますよ」
『なんだと!?』
フラン・モンターニュに城を建てるには、国の許可が必要だった。それはヴァンピール男爵に任せていたが、あまりうまくいっていないとの報告を受けていた。
まあ当然だ。他国出身者が、勝手に城を建てるなんて許可されるはずがない。しかも現在、フランスル王国は隣国イタリカナ王国と戦争中だ。そんな時期に新たな城など、警戒されて当然である。
だが、王族が口添えしてくれるというのなら、話は別だ。これは、チャンスと言える。
『それで、謁見はいつだ?』
「一週間後とありますね。もし謁見を求めるのなら、献上品を用意するようにとのことです」
『賄賂か!?』
「返答は、このフクロウに手紙を付けて返してください、ですって」
『よし、分かった。三日後にサン・モンに到着するから、出迎えを頼むとピノーに書いてくれ!』
「はい、畏まりました」
『よし、俺は貢物の手配をしてくるぞ!』
それから、俺は座り込んでいたブランを見下ろした。
『あと、ブランは、正拳突きの打ち込み千回ね』
「ちっ、覚えていただすか……」
シレンヌは半分植物系のモンスターらしく、食事は水があれば問題ないらしい。なので、こうやって水を摂取しているのだ。
それにしても、足から食事を取るなんて、はしたない娘である。これでは、嫁の貰い手もないだろう。
「ぅぅ……」
『――……』
「ふ~ふふふっふ~~ん」
そして、俺とブランは裏庭でトレーニングに励んでいた。その向かいで、チルチルが一人で畑の雑草をむしっている。鼻歌交じりで機嫌が良い。
俺とブランは中腰の姿勢で「丹田」に励んでいた。丹田とは、呼吸法のトレーニングである。しかし、その姿勢はかなり厳しい。道着姿のブランは、すでに汗だくだった。
下半身は、まるで椅子に座ったかのように腰を落とし膝を曲げ、上半身は背筋を正して両腕を肩の高さで前に伸ばす。それは、見えない椅子に座っているかのような姿勢であった。その体勢のまま、体力が尽きるまでじっとしているのだ。
学校の部活動でも取り入れられているトレーニングスタイルで、元々は古くから中国拳法などで行われていた鍛錬法である。
この辛い姿勢で、筋力と持久力を鍛えるだけでなく、呼吸法も磨かれるという基礎トレーニングだ。
現代世界では、通称「電気椅子」とも呼ばれている。
「ぅぅ……」
俺の横で丹田に励むブランの体が、小刻みに震えていた。そろそろ限界が近いらしい。かれこれ一時間は続けているので、無理もない。
そもそもブランは生身だ。俺と違って“体力無限LvMAX”なんてスキルは持っていない。いずれは必ず体力の限界が来るのだ。
――てか、俺にこのトレーニング、意味あるのか?
前々から疑問だったのだが、こうした体作りの鍛錬は、俺には無駄ではないのだろうか?
でも、やめられない。分かっていても筋トレに励みたくなる。これは、スポーツマンとしての本能に近い衝動なのだろう。困った習性である。見えない筋肉が、それを求めているのだ。
「ふえぇ~~……もう限界だべぇ~……」
そして、ブランが崩れた。その場に座り込んでしまう。
『よし、そろそろ丹田は終了だな。少し休んだら、今度は正拳突きの打ち込み千回だ!』
「ひぃ~~……地獄だべさ……」
『打ち込みが終わらなければ、昼飯は抜きだぞ』
「ほ、本当に地獄だべさ~……」
ブランが大の字で倒れていると、空から一羽のフクロウが飛んできた。そのフクロウは畑の柵にとまり、こちらをじっと見つめている。
チルチルが柵の上のフクロウに近づきながら言った。
「あら、郵便配達のフクロウですわ」
『郵便配達――だと?』
「手紙を配達する使い魔です。都会だと、魔法使い見習いがバイト感覚でやっている仕事ですよ」
『このフクロウは、魔法使いの使い魔なのか?』
確かに、フクロウの足首には手紙を入れる小さな筒が括り付けられている。チルチルは、その筒から手紙を取り出した。
「あら、ピノーさんからの手紙ですわ」
サン・モンの町の大店、アサガンド商店のピノー・サルサト。太った中年のおじさんである。だが、商人としては凄腕だ。
『手紙には、なんて書いてあるんだ?』
チルチルは目を大きく見開きながら、手紙を読み上げた。
「サン・モンの君主、フィリップル・アンドレア公爵様が、お目にかかりたいそうです!」
俺は髑髏の首を傾げながら聞き返す。
『だれ、それ?』
「ルイス・ドド・ブルボンボン様の弟君に当たる方ですよ!」
『それも、だれ?』
俺は芸能関係に疎い。若者の流行なんかも、さっぱりだ。
「フランスル国王の王様ですよ!」
芸能人ではないらしい。政治家関係のようだ。まあ、そっちも疎い。
『その王様の弟君が、俺に会いたいのか?』
「そう書いてありますね……」
『ふ~~ん――』
俺はつまらなそうに声を漏らした。その様子をチルチルは呆れ顔で見ている。
「ふ~~ん、じゃないですよ、シロー様。これは、大変名誉なことですよ!」
『そうなん……なんか、面倒臭そうだな。偉いやつが出てくると、気を使うから嫌なんだよね』
格闘家時代も、試合のたびに偉いスポンサーとかいう奴らが出てきては面倒だった記憶がある。ああいうのは、理屈っぽくて厄介なのだ。
チルチルが手紙の続きを読んだ。
「なんでも、城建設について口添えしてくれるとか、書いてますよ」
『なんだと!?』
フラン・モンターニュに城を建てるには、国の許可が必要だった。それはヴァンピール男爵に任せていたが、あまりうまくいっていないとの報告を受けていた。
まあ当然だ。他国出身者が、勝手に城を建てるなんて許可されるはずがない。しかも現在、フランスル王国は隣国イタリカナ王国と戦争中だ。そんな時期に新たな城など、警戒されて当然である。
だが、王族が口添えしてくれるというのなら、話は別だ。これは、チャンスと言える。
『それで、謁見はいつだ?』
「一週間後とありますね。もし謁見を求めるのなら、献上品を用意するようにとのことです」
『賄賂か!?』
「返答は、このフクロウに手紙を付けて返してください、ですって」
『よし、分かった。三日後にサン・モンに到着するから、出迎えを頼むとピノーに書いてくれ!』
「はい、畏まりました」
『よし、俺は貢物の手配をしてくるぞ!』
それから、俺は座り込んでいたブランを見下ろした。
『あと、ブランは、正拳突きの打ち込み千回ね』
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