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9・魔物に全裸で遭遇

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俺は陶器のワイングラスを股間に被せながら森林の中を裸足で進んでいた。

その後ろを幽霊のキルルがフワフワと飛びながら付いてくる。

目指すは狼煙の先だ。

俺は森の中を全裸のまま裸足で歩いているのだが、不思議と足の裏は痛くもなんともなかった。

石を踏んでも木の枝を踏んでも痛くないのだ。

生前の俺ならば、裸足で森の中を歩くなんてあり得ない行為だっただろう。

貧乏だったから裸足には慣れていたが、流石に森の中とかは無理である。

なのに今の俺は難無く森の中を裸足で歩けていた。

痛くも痒くもないのだ。

異世界転生って凄いよね。

足の裏までチート化してやがる。

俺の背後をフワフワと飛びながら付いてくるキルルが訊いてきた。

『魔王様は全裸でも寒くないのですか?』

俺は首を傾げながら考え込む。

そう言えば服を着てなくても寒くも暑くもないな。

「うむ、寒くないぞ」

俺を追い越したキルルが可愛らしいことを言う。

『子供は風の子元気な子なのですね』

「いや、これは魔王の能力だろうさ」

『魔王の能力ですか?』

キルルが可愛げに首を傾げた。

「ああ、俺は転生してきた時に、魔王の能力を貰っているのだ」

『誰にですか?』

「女神からだよ」

『そうなのですか』

「まあ、能力と言うよりも定めだな」

『定め?』

そうである。

これは運命である。

女神アテナは俺を転生させる前に言っていた。

俺が授かる最強無敵のチート能力については、本能的に理解できるだろうと。

その言葉通りに、俺は自分の最強無敵の能力を本能で理解できていた。

何か説明文が付いてきていたわけでもないのに大体が理解できていたのだ。

まず、一つは処女を抱くと死ぬ呪いだ。

これはむしろ能力と呼ぶよりもペナルティーである。

なので魔王の能力から除外しよう。

俺が女神アテナから貰ったチート能力は大きく別けて三つだ。

それは、最強無敵の戦闘能力が二種類と、魔王としての支配者の能力が一つである。

だが、この三つの能力がいかにも不便なのに魔王らしい能力なのだ。

そう、魔王の能力は、有利と不便が一体化している。

一つ目は、身体能力の向上だ。

これは今までの様子を見ていれば分かるだろう。

単純な身体能力の向上だからである。

寒くも暑くもないのは、これの影響だろうさ。

そして、石棺の蓋を軽々と動かし、ゴーレムを殴り倒して、素手で穴を掘り、素足で森の中を歩けるのだ。

明らかに身体能力が向上した結果だ。

ただ、体が中古なのが欠点である。

更に魔王の能力の大きな特徴は、無勝無敗の能力である。

この無勝無敗の能力が、戦闘を行うのに大問題だった。

その理由は──。

『魔王様、もうそろそろ狼煙のポイントに到着しますよ』

俺の前を進むキルルが振り返ると言った。

そのキルルの手首を俺は掴んで引き寄せる。

「バカ野郎、大声を出すな、キルル!」

俺も大声になっていることに気付いていない。

『えっ、なんでですか?』

何事かと戸惑うキルル。

俺はキルルの唇に人差し指を当てて格好付けながら黙らせた。

「煙の先に居るのが敵か味方かも分からないんだぞ。ここはまず様子見だ。森の中から密かに忍び寄り様子を伺うんだよ」

『なるほど、魔王様もいろいろと考えているのですね!』

「なに、おまえ、俺をバカにしてるのか? 俺が何も考えていないお馬鹿さんだと思っていたのか?」

『いいえ、僕はただ偉いな~って思いまして』

「まあ、とにかくだ。忍び寄って様子を伺うぞ!」

『はい、魔王様!』

俺とキルルが賑やかに話していた時である。

森の奥から声が飛んで来た。

「んん、誰か居るのかワン?」

早くも気付かれた。

「『もうバレたーー!!」』

俺とキルルが身を寄せ合いながら驚いていると森の中から三匹の犬人間が姿を現す。

頭が犬で体が人間のモンスターだ。

シベリアンハスキー的なヘッドの犬人間だった。

手に持った鉈で木の枝を切り裂きながら俺らの前に立つ。

三匹の身形は短パン一丁である。

だが、細マッチョな体はイヌイヌしい体毛に包まれていた。

首の辺りだけがフッサフサである。

その犬人間が吠えるように質問を投げ掛けてきた。

「貴様らは誰だワン!?」

「こいつら、人間だワン!?」

「どこから来やがったワン!?」

「でも、全裸の変態だワン……」

なんだ、こいつらは?

ワンワンって五月蝿い犬っころだな。

俺が犬野郎どもを睨み付けていると、俺の背後に隠れていたキルルが耳打ちしてきた。

『魔王様、コボルトですよ!』

「コボルトって、ファンタジー世界の雑魚キャラのあいつらか?」

俺もRPGゲームで倒したことがある。

その時は指先一つでチョチョイのチョイだった。

『魔王様が何を言っているか分かりませんが、たぶんそれです!』

三匹が威嚇的に牙を剥いて俺らに近付いてくる。

コボルトの一匹が鉈を俺のほうに向けながら言った。

「なんだ、貴様ら。何をこそこそと話しているんだワン!」

更に別のコボルトが続いた。

「怪しいワン!?」

「そうだな、凄い怪しいワン!?」

「それよりも、全裸って変態だワン!!」

一匹だけやたらと全裸にこだわる野郎が混ざってるな。

それよりも、警戒するコボルトたちは鼻の頭に深い皺を寄せながら、獰猛に牙を剥いていた。

犬の口から涎がタラリと糸を引きながら地面に垂れる。

どう見ても友好的な態度ではない。

いつ襲いかかって来ても可笑しくない雰囲気であった。

俺はふと疑問を抱く。

「こいつらに噛まれたら、狂犬病とかに掛かるのかな?」

『???』

俺の疑問は皆にスルーされた。

ちょっと寂しい……。

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