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そうだ、進言しよう

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「牛車で行きますか?」
「いや、歩いていこう」
「では、清麻呂殿、お頼みする。私は所用があるのでこれにて。清仁、迷子になるでないぞ」
「お母さんか!」

 ツッコミを華麗に無視して国守は去っていった。後で迎えに来てくれるという。やはりお母さんか。

 それにしても初体験が出来るかと思って聞いてみたが、あいにくの返事だった。清麻呂の家から近いのだという。それもそうか。昨日も桓武天皇はふらふら歩いていたのだ。遠くであったなら大問題になる。

――待てよ。天皇って普段一人で歩いてていいのか?

 歩いていいわけがない。いつの時代だって天皇はたった一人しかいない重要人物。特に昔の日本は次期天皇を巡って、血縁関係がある中でも争いが起きたと記憶している。しかも、どこぞの田舎でもない限り、顔も知られている天皇が警備も付けずにいたら恰好の的ではないか。

「桓武天皇って、町を歩く時は一人だったりします?」
「そんなことあるか。見つかったら攫われてしまう」
「ですよね。でも、昨日一人で歩いていまして。それで、私を清麻呂さんだと勘違いして相談されたんです」
「ああ。多分、抜け出したんだ。苦労が多い人だから」

 清麻呂が頷いて言った。最初から天皇だと知っていれば、もっとまともな対応をしたのに。今更ながら適当な自分を呪った。

「私の服を着ていたから間違えたのか。あの人もおっちょこちょいだな。あっはっは」

 服を引っ張られた。今日も昨日の服を着用中だ。それ以外に着られるものがない。これが原因か。清仁も恨めしくそれを引っ張った。

「不幸が起きたって言っていました。身内の方が亡くなったんですか?」
「知らないのか? 頭が悪いのか」
「清々しい悪口。というか、天皇の詳しい事情までは覚えないですよ。ちなみに、清麻呂さんも国守さんも勉強で習った記憶がありません」
「そこは嘘でも知っていると言え! 国守が聞いたら泣くぞ!」

 清麻呂が泣き真似をして訴えた。非常に面倒くさい。国守が泣くと言ったが、彼は泣くというよりきっと式神を使って殴ってくる。

「ふんッ。天皇の不幸についてだったな! あれはそう、早良親王が亡くなったことから始まった」
「さささ早良親王ゥ!?」

 ここで早良親王が出てくるとは思わなかった。思わず叫んでしまう。まだ和気邸内でよかった。不審者で通報される。誰が来てどこに連れていかれるのか、世界史専攻にはさっぱりだけれども。

「間近で叫ぶな阿呆!」
「すみません! 早良親王が関係しているって聞いて驚いたもので」
「何故驚く。早良親王が亡くなったのは桓武天皇に抗議してなのだから、祟りの元として疑われても仕方がないだろう」
「桓武天皇に……?」

 清麻呂の話はこうだった。

 桓武天皇は朝廷内の改革に取り組んでいたが、重用していた造長岡宮使ぞうながおかぐうしの藤原種継が暗殺されてしまった。それに関与したとされる早良親王は乙訓寺に幽閉、淡路国に配流されることとなった。しかし、無実を訴えた早良親王は絶食し、配流の途中で死去した。

「早良親王は皇太弟こうたいていであったのになぁ。実に残念な事件だった」
「え! 天皇になったかもしれない人ってことですか!」

 そんなに重要な人物だったとは思っていなかった。もっと遜った対応をしておくべきだった。それ以上に失礼な人間だったけれども。清麻呂が神妙に頷く。

「その事件がきっかけかは私には判断がつかない。しかし、その後、皇太子である安殿あて親王の発病やら皇妃や天皇の母君が亡くなったり疫病が流行ったり洪水が起きたり」
「待って、待って! ちょっと畳み掛けすぎでは!?」

「な。私もそう思う。やっぱり祟りかなぁ」
「かなぁって量じゃないでしょ! ヤバすぎる。なんでここまで放っておいたんですか。清麻呂さん進言出来る立場なんだから偉いんでしょ」
「うん。私、天皇の側近」
「思ったより偉かった! 余計早く処理してくださいよ!」

 それでも清麻呂は笑っていた。陽気な性格も時には害になることを知った。清麻呂の背中を押して外へ出る。慌てて従者が一人付いたが、清麻呂は後ろを見ることなくのんびり歩き出した。のんびりと。

「おじいちゃんの散歩か!」
「はっは。何をそんなに怒っている。年長者は敬うべきだぞ」
「後で沢山敬いますから、二倍の速度で歩いてください」

 介護かな? 清仁はげんなりした。頼んでもなかなか足は速まらない。さらには令和の質問を怒涛のように浴びせてくる。何もかもがどうでもよくなってきた頃、ようやく天皇の住まい、東院にたどり着いた。

「ここだ」
「なんか見覚えが……あ、昨日タイムスリップした所だ」
「何ィ!?」

 急に清麻呂が機敏に動き出した。かさかさと外敵から逃げる虫の如く走り回ったかと思えば、ここに記念碑を建てようと言い始めた。清仁は全部無視した。
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