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謎の石

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「た、ただいま」

 半日立ったが、国守の石執着は治まっただろうか。こっそり中へ入ると、国守が立っていた。何部屋もある家だからまさか玄関にいるとは思わず、清仁自身が石化する。

「遅かったな」
「うん。ええと、長岡京巡りしていて」
「そうか」

 よかった。普段の彼だ。これで石で悩まなくて済む。国守が清仁の後ろに目を遣った。

「して、その兎はどうした」
「え!」

 振り向くと、先ほど助けた黒兎がちょこんと座っていた。
 なんて可愛い、ではなかった。慌てた清仁がしゃがみ込む。

「どうした、お家が分からなくなったの?」

 付いてきてしまった焦りはあるものの、やはり安定の可愛らしさに頬がでろでろに溶ける。

「それはなんだ」
「えっと! 窪みに嵌ってたところを助けたんです。そしたら、知らないうちに付いてきちゃったみたい……食べたりしないで」
「そんなものは食べない」

 よかった。兎の未来に安堵する。しかし飼えない。これ以上食い扶持を増やしたら、兎はおろか清仁も追い出されかねない。

「それもそうだ。天下の陰陽師様が兎は食べないよな」
「それはあやかしだから食せないと言っただけだ。生きているものなら食べる」
「分かった。ごめん、なるべく早く元来たところに戻すから。って、え?」

 国守が言ったことがすぐに理解出来ず、兎を抱っこして国守に近づいた。

「この子がなんて言いました?」
「あやかしと言ったが」
「あやかし!?」

 兎と国守の顔を交互に見る。
 国守が嘘を言っているようには見えない。というより、嘘を言うメリットがない。つまりは、そういうことだ。

「はぁ~~~、お前、へぇ~~~~~」

 全く通常の可愛らしい兎にしか見えない。ほんのり温かみもある。どういう原理だ。

「何か偶然が重なって、死んだ時にあやかしとして生を受けたのだろう。陰陽師が式神として使役せずとも、世にはあやかしが多数隠れている。人間が気付かないだけでな」
「なるほど……?」

 分からないが、分かったことにする。とりあえず、その辺にあやかしがいるということだけ理解しておけばいい。

「あ、じゃあ、この子飼ってもいいですか? 使役っていうのをしてもらって」

 あやかしなら話は別だ。兎も国守が使役してくれれば、通常の餌を買ってくる必要もない。国守が首を振った。

「ええ……」

 期待していた分、落胆が大きい。清仁ががっかりしていると、国守が清仁の胸元を指差した。

「清仁、お前が使役しろ」
「俺が?」
「そうだ。私は私が選んだあやかしとしか契約を結ばん。それはお前に懐いているのだろう。なら、お前が使役すればよい」
「俺、陰陽師じゃないんですが」

 急にそんなことを言われても困る。これから修行しろとでも言うのか。

「あやかしを見て、触れる。十分な素質だ。あとは契約を結んで終わり」
「それでいいの?」

 想像の千倍簡単である。

「使役して特に支障はないんですか」
「ない。式神は主人の霊力を糧に生きる。餌もいらん。式神の霊力が高まれば意思疎通も出来るようになる」
「へぇ」

 霊力があるのか全く分からないが、それで兎と一緒にいられるのならいいかもしれない。清仁が兎に話しかける。

「兎ちゃん。付いてきたってことは家族はいないの? 俺と一緒に住む?」
『ぷ』

 兎が喉を鳴らした。清仁が兎を抱きしめる。

「可愛い!」

 兎に顔を埋めて、しばしの幸福を堪能する。清仁がはたと顔を上げた。

「使役の契約ってどうするんです?」
「名を付ける」
「終わり?」
「終わり」

 随分簡単だ。それならば、誰でも使役し放題なのではないか。

「使役中、他の人に付けられたら?」
「契約は信頼で成り立っている。あやかしが主人と認めなければ契約は結ばれない」
「そっか。じゃあ、俺も信頼されるよう頑張らないと」
「しっかり考えろ」

 清仁が頷く。部屋に入り腰を下ろして、そこに兎を乗せて考える。国守はさっさと別室へ行ってしまった。

 一時間して、ようやく清仁が手を叩く。

「よし。兎ちゃん。君の名前は──」
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