桓武天皇に助言してうっかり京都を消滅させてしまったので、陰陽師のあやかしパワーで取り戻す

文字の大きさ
20 / 66
おはぎといっしょ

3

しおりを挟む
「おはぎ~、良い天気だね!」
『ぷ』

 翌日も清仁はおはぎと散歩に出た。このままだと散歩が趣味になりそうだ。実に健康的である。昨日は二十一時に寝たし、今日は四時半に起きた。実におじいちゃんである。

「雲一つ無い青空、輝く太陽。そしてもふもふのおはぎちゃん。なんて幸せな朝。これは良いことが起こりそうだ」

 満面の笑みで長岡京を歩いていたら、目の前に俯く男が立っていた。

「うおッ」

 早朝六時に道端に立ち竦む人間がいるとは思わず、清仁が小さい声を上げる。

 どんよりしたオーラ、落ち窪んだ目元、三徹ですかと尋ねたい隈に青白い肌。現代ならば確実に職質される。

 このまま通り過ぎよう。これ以上の面倒事にあったら、今度は奈良まで消滅させてしまう。

──まあ、奈良も良都って名前自体は変わっちゃってるけど。

 それでも都は存在したのだから、隣都よりはマシだろう。歴史改竄の罪を重ねたくない。
 こそこそ通り過ぎようとしたら、男から盛大なため息が聞こえてきた。

「はぁ~~~~」

──無視無視。

「はあ~~~~~~~~ッッ」

──もうそれ叫んでない?

 呪いのアピールに負けた清仁は、少し離れた場所から小声で声をかけた。

「あの、何かお困りごとでも?」

 男がのっそり振り向く。目が合っただけで不幸が移りそうな強さがある。そんな強さはいらない。彼が本当に不幸かは知らないけれども。

「…………です」
「声ちっっっさ!」

 話しかけたのはこちらだが、声をかけてほしそうな態度だったのだから、もう少し譲歩してくれてもいいのに。勝手な感想を抱きながら、清仁が一歩近づいた。

「申し訳ありません。少々お声が遠いようで」

 電話口の対応みたいな科白を吐いてみると、男の顔がさらに悪くなった。

──俺、そんな責めること言った?

「も……ッし訳ありません。死にます」
「死なないで!」

 急に布を取り出し首に巻いたので、清仁が慌てて男の元へ走り、その布を奪った。

「な、何故こんなことを」

 よく見れば、上等な服を着ている。貴族に違いない。庶民が大多数の世界で恵まれた地位にいても、死にたくなる悩みがあるらしい。もしかしたら、高い地位にいるために湧き出た悩みかもしれない。

「うう……僕なんかで見ず知らずの貴方に心配をかけさせてしまいました……死ぬしかありません」
「そのくらいで死なないで! 俺が勝手に心配しただけで貴方の所為じゃないですから。ね?」
「ううう~……ッ」
『ぷッ』

 おはぎまで二人の周りを回り出してしまった。ここでは目立つ。清仁は男を道の端に連れて行き、石の上に座ってもらう。

「僕は駄目な人間なのです。病弱だし、父上からは使えないと距離を置かれているし」
「あらら」

 想像以上に込み入った問題に入り込んでしまった。今すぐ帰りたい。

「勘違いじゃないですか? きっと、お父様も息子とどう接していいか分からないだけですよ」

──だからさっさとお家に帰ってください。俺も帰る。

 清仁は人の良い顔で男にそれらしいことをアドバイスする。

「ほほ、本当ですか……?」

 近くで見るとかなり若く、成人しているかどうかの青年だった。若いからいろいろ悩むのだろう。三十代になれば、たいていのことはどうでもよくなる。といっても、京都を消滅させたのはさすがにどうでもよくないので頑張らないといけないところだ。

「ごみ虫の私なんかにそのような温かいお言葉をくださるなんて、人の形をした神の化身なのでしょう。はッ……もしかして、僕はもう死んでいて、ここはあの世……?」
「死んでない、死んでないから」

 なんとなく、この悩みは病弱だからではなく、男の気質によるものだと感じた。きっと生まれつき後ろ向きなのだろう。

「とりあえず、大丈夫だから。今日にでも、お父様に思い切って話しかけてみたら?」
「え……そんなことしたら死にます、僕」
「死なないで! さすがにいきなりは無理だったね。ごめん。君のペースで、ゆっくり行こう」
「ぺえすとは……仏教用語でしょうか」

 何も考えず横文字を使ってしまった。日本語で説明するとなると、案外難しく、しどろもどろになる。

「ああ、ええと、速さ、君なりの速さで進んでいこう、そういうことだよ」

 どうにか相手に伝わるよう言い直してみると、男の顔が少しだけ和らいだ。

「分かりました。素晴らしいお言葉を有難う御座います」
「いやいや、ただの大人の独り言だよ。じゃあ、気を付けて帰るんだよ」
「はい」

 ようやく解放される。大人しく待っていたくれたおはぎに目配せして、清仁が立ち上がる。

「じゃあ、行くね」

 小さな子どもではないから、家まで送ることはしなくて平気だろう。かなり面倒だったが、一人の人間を死の淵から救ったと思えば、悪い出来事ではないと思った。

「よおし、散歩の続きだ」





「あのような素晴らしい方が世の中にいらっしゃったなんて……またお会いしたいから、もうちょっとだけ生きてみようかな」

「安殿親王、こちらにいらっしゃったのですね。探しましたよ。間もなくお仕事のお時間です」
「はい」

 男もとい安殿親王は、従者とともに長岡宮ながおかきゅうへと帰っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...