最後は一人、穴の中

豆丸

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 落ちていく穴の中、どちらが上か下か右か左かもうわからない。ペンダントに蓄積した全ての聖なる力を解放した今、穴が縮小していることだけはわかる。 

 キラリと視界の端、遥か遠くが光った気がした。ゴミのように小さな白い点が、どんどん大きく鮮明になる。轟音とともに風が巻き起こり、それはカスミの前に姿を表した。純白の一対の翼、尖った嘴、鋭い鉤づめ。目を見張るほど美しい白隼だった。 

 隼は背中の翼の間にカスミを乗せ、ぐんと猛スピードで上昇した。 


「カスミ!しっかり捕まれ落ちるぞ!」 

「ヨナ!あなた隼の半獣だったの?」カスミはヨナの背中にしがみついた。 

「俺は、怒っているんですからね!!初めから俺を置いて死ぬ気だったんですね!!」 

「……ごめん…なさい。穴が広がり過ぎて、中から力を使うしなかったの」涙が盛り上がり頬を伝う。 

「最後まで一緒に行くと言ったでしょう!」 

「一緒に死んでなんて言えないわ。ヨナには、生きてほしかったの!」カスミは泣き叫んだ。 

「一人残され生きて何になるんですか?生きるなら、カスミも一緒だ!!」ヨナも負けじと叫んだ。 

「……うん、ヨナ。私……私も!ヨナと一緒に生きたい!」我慢していた気持ちが、ぶわっと溢れた。 

「それに、カスミは俺の獣化を見たんだ!嫁さんになるしか有りませんよ。俺は獲物を逃がしません!」猛禽類の獰猛な瞳に捉えられた。

「よ、嫁さん?」 

 ヨナのプロポーズとも言える言葉に、カスミは耳まで真っ赤になった。 

「穴を抜けたら、遠慮なく抱き潰しますから覚悟して下さい!絶対カスミから『好き』って言わせますからねー!」 

 ヨナは、更に速度をあげた。風の音で何も聞こえなくなる。白い鳥は一筋の光のように深い穴の中、どこまでもどこまでも飛んでいく―――。 




 王宮離宮の更に奥、花が咲き誇る東屋に眉目秀麗の男が護衛を遠ざけ一人。ホウダイ国王ソンタイ二世だった。彼は紅茶を飲みため息をつく。悪魔の穴がナルシア大陸から消滅して、半年経った。彼の優秀な密偵をもってしても、二人の安否は不明だ。 

(ヨナならと思ったのだが、二人とも死んでしまったのか?) 

 穴を塞ぐためだけに生きてきた、連れて帰ってと帰り道を望めなかった妹。せめて最後に大陸中の観光がしたいと望んだ妹。本当は、幸せになって欲しかった。ぐっと涙がこみ上げ泣きまいと空を仰いだ。 

 彼の頭上を白いヒラヒラした物が舞った。 

(雪か?いや違う!!) 

 手のひらにそっと載せた――それは、美しい純白の大きな羽。 

 人の気配を感じ振り向く、彼の頬に流れたのは嬉し涙だった。
  
 
終わり
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