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第五報 松平 邦夫

身勝手なる理由(上)

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今回の登場人物

松平まつだいら 邦夫くにお
他……

 9月5日午後14時頃、立て籠もり事件が発生する。
  
 とある雑居ビルの4Fにある広告代理店に一人の男が訪れた。その男の名は松平邦夫。松平は右手に刃渡り21㎝の牛刀、左手にポリタンクを所持していた。
 
 松平は店舗に入るや否や、受付の20代前半の女性に刃物を突き付け脅した。その状況を見た30代半ばの男性社員の一人が松平に飛びつき制止しようとするが、直後に左腹部を刺され重傷を負いその場に倒れた。

 その状況に畏怖した社長と従業員を含む計11人は、松平の言いなりとなり奥の会議室へと移動する。この店舗は入り口側の部屋が受付及び事務所となっており、奥に12畳の会議室があった。

 10分後、近隣の住民からの通報により警察官二人が駆け付けた。警察官は事務所側から扉の閉まった会議室へ方に向かい、大声で呼びかけ説得を試みるもそれにまったく応じない松平は、ポリタンクに入ったガソリンを部屋中に撒き火を放った。
 
 この事件で松平を含む計5人が火傷による重傷及び重体で救急搬送され、5人は焼死した。また、男性のうち一人は熱さに耐え切れず手を縛られた状態まま、体に火を纏い4階の窓がら飛び降りた。その男性は頭を強く地面に打ちつけ死亡した。
 ビルの外で様子を見ていた者の証言によると、多くの悲鳴が聞こえるなかでただ一人だけ、高笑いをする男性の声を耳にしたと言う。


 ――ところ変わって『事務所』では

「今回の依頼者は意識を取り戻した二人と亡くなられた方のご遺族です」
 シヅクが今回の案件の説明をする。

 ……

「胸糞悪い話だな。バチ、もちろん受けるだろ?」

「ああ」
「シヅク、ちなみにその被疑者の現在は?」

「現在、重体で生死の境を彷徨ってるそうです。F病院のICU(集中治療室)に収容されています」

「そうか」
 バチは携帯を持ち、どこかへ電話しながら奥の部屋へと入って行った。

「アイツらの出番か……じゃあ、俺は別の準備をしてくるかな」
 ザイはバチとシヅクを事務所に残しその場から去って行く。

 奥の部屋から出て来たバチがシヅクに声を掛ける。
「シヅク、本部に受諾の連絡を頼む。あと、これから執行の準備をするが手伝ってくれる?」

「了解! 今夜、執行するのね」

「ああ、被疑者が死んでしまうと履行できなくなってしまうんでね」

 バチとシヅクは準備のために事務所を出る。シヅクは歩行速度が自分より速いバチと離れないように、少し駆け足でついて行く。


 そして……

 深夜0時を回った頃、バチとシヅクを乗せた車がF病院に到着した。駐車場に車を止めたバチとシヅクは夜間診療窓口のある裏口へと歩き出した。

「打ち合わせ通りに頼む」
「了解」
 
 裏口の曲がり角まで行ったバチはパーカーのフードを深く被り、途中で立ち止まる。すると横を歩いていたシヅクはマスクをつけ、バチを取り残し一人で裏口の扉より入っていく。

 F病院には夜間診療窓口に受付が一人在中しており、その向かいには守衛室が配置され警備員が二人体制で常駐している。
 しかし、22時以降は警備員は一人となり一時間ごとに各病棟への巡回が行われる。22時~23時巡回、23時~0時守衛室、0時~AM1時巡回という流れである。
 
 2Fから5Fにはナースステーションがあり一人ないし二人の非常勤看護師が在中する。夜間窓口のスタッフが休憩の際は、代わりにそのナースステーションから人員が補填される。

 バチ達は守衛室が不在となる0時~AM1時に照準を定めた。

「すいません!私の夫がひどく具合が悪くて車で連れて来たのですが、一人では運べそうにないんです。手伝って頂けませんか?」
 シヅクは取り乱したように夜間受付の男性スタッフに話しかけた。

「急患ですね、承知いたしました。すぐに上の階から応援を呼びますのでお待ち頂けますか?」
 シヅクはそのスタッフの手を取り懇願する。
「呼吸も苦しそうで、本当に具合が悪そうなんです。すぐそこまで車をつけてますので、来てもらえないですか?」

「いや、でも私では判断では・・・」
「お願い、そこのソファーでいいので寝かせてあげたいんです。運ぶのを手伝って貰えるだけでいいんです!」

 手を握ったまま離そうとしないシヅクに男性スタッフは仕方なく返事をする。
「分かりました。とりあえず、この手を離してください。そこに車を停めているんですね」

「はい」

 男性スタッフはシヅクと一緒に裏口を出て行った。

 シヅクが男性スタッフと話をする間に、バチは肩に大きめのカバンをかける黒づくめの男二人と合流していた。黒づくめの男達はストレッチャーを押しながらバチの後につく。
 連れ出した男性スタッフと歩くシヅクの姿を、物陰に隠れて見ていたバチ達は、二人が通り過ぎたのを見計らい入れ替わるように、足早に裏口から病院内へと侵入する。

 そしてバチと黒づくめ男達は、巡回の警備員と常駐の看護師を避けるようにひっそりと3FのICUを目指した。病院の間取りを完璧に記憶したバチにとって、目的地までの移動は容易かった。

 巡回の警備員や看護師達の目を掻い潜り、3FにあるICUの手前まで辿り着いたバチ達は通路の角から入り口方向を覗く。扉の前には一人の警察官が椅子に座り警備をしていた。この日、警察官も松平の監視のために交代で警備を行っていたのだ。

 もちろん、この情報もバチは予め入手済みである。

 通路の角でバチは患者衣に着替えると、普通に通路を歩き警察官に声をかけた。

「深夜までお疲れ様です」

 椅子に座っていた警察官は顔を見上げてバチと話す。

「どうされました?」

「いえ、ちょっと看護師さんを探していまして……」

「そうなんですね……ガッ……アアアァ」

 バチが、警察官の死角から左手に隠し持ったスタンガンを当てると、警察官はあっさりと気絶し、バチの体に寄りかかるように倒れた。ICUの入り口は二重扉となっており、その間は*2㎡程しかない。バチは外扉そととびらを開け、警察官を中に引きずり込むと外扉と内扉うちとびら間に一旦寝かせる。さらに内扉を開けICUへと侵入した。

「なんですか、あなたは? だ、誰か……」
 ICU内に常駐する女性看護師が大声を上げようとした瞬間、バチは早足で近付きまたもスタンガンで看護師も気絶させる。そして、気絶させた警察官と看護師の体を引きずり部屋の隅の方へ寝かせると、もう一度入り口へ戻る。

 外扉を顔を覗かせたバチが黒づくめの男達に合図を送ると、その合図を見て黒づくめの男達は急いでICUへと入っていく。

 ICUに入った黒づくめの男達は、押してきたストレッチャーに松平を素早く乗せ、担いでいたカバンからをチューブを伸ばし、酸素マスクと点滴を付け替えた。
 鞄の中には最低限の医療器具と簡易な酸素吸入器が入っていたのだった。
 
 バチ達は松平をストレッチャーに乗せたまま、すぐさま1Fに戻る。裏口へは行かず正面玄関の鍵を開け、そのまま外へと出て行く。

 玄関を出たバチ達の前に救急車一台が猛スピードで突っ込んで来ると、運転席から顔を出すのはザイ。
「早く乗せろ!」

 バチ達は素早く救急車の後ろ扉を開け、松平をストレッチャーごと運び込む。黒ずくめの男はそのまま後部へ乗り込み、バチが後ろ扉を閉めた。バチはすばやく助手席に乗りこむと「行こう」と、言った。

「飛ばすぜー!」
 ザイはハンドルを握り、アクセルを踏む。

 松平を乗せた救急車はスピードを上げ病院を出ていく。その救急車を追うようにさらに一台の車が病院から出ていく。
 運転席に乗るのはシヅク、初めにバチとシヅクが乗ってきた車だ。

「タイミングばっちりだろ?」
 
「ああ、いいタイミングだ」

 松平を乗せた救急車とそれを追うシヅクの車はとある廃施設へと入っていく。

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*2㎡=2m×1m ここでは通路の長さ2m 幅1m
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