母校に就職したら指導教官が大好きだった先生でした

風花鳴海

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1 はじまり

研修最終日

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今日は研修最終日。今からわたしの研究授業。
午前中には、平井先生の研究授業があり、あっちは予想通り、素晴らしい授業を展開。いつもは、そこまでひねり出さなくても、っていうようなネタでダメ出しする鈴木先生も、今日の反省会でのダメ出しはなし。とにかく上手い、良い授業だった。
もうすぐ始まるのに、水谷先生は相変わらず難しい顔をしている。怖い。足が震え出す。すると、教壇のわたしの方へ水谷先生が歩み寄り、耳元でささやく。
「里見先生、いつもの調子で大丈夫です。今のあなたは、もうちゃんと授業が出来ますから、とにかく落ち着いて」
急に柔らかい笑顔になった水谷先生を、ちょっとビックリして二度見する。深呼吸して、もう一度水谷先生を見る。たしかに微笑んでる。
研究授業は、理事長、教頭を筆頭に、国語科の教員全員と、この時間授業中でない教員が教室に入って行われる。このあとの、反省会までがセット。チャイムが鳴り、全員が席に着く。
「それでは、授業を始めます」
昨日リハーサルとして、同じ授業を水谷先生に見てもらっている。ちゃんと授業が出来ますなんて、初めて言ってもらえた。嬉しくて、体中の血の巡りが良くなっていく気がする。
研修の一ヶ月間、本当にあっと言う間だった。明日にはもう、新年度が始まる。
研究授業も無事終わり、反省会。
「なかなか良い授業でした」
と概ねお褒めの言葉をいただく。まあ、細かいダメ出しはもちろんあって、それは、本当の授業のときには、しっかり直そうと思う。
「これで研究授業および反省会を終わります。御出席の先生方、貴重なお時間ありがとうございました」
水谷先生があいさつし、一旦解散する。
「平井先生、里見先生、荷物をまとめて、職員室に来てください」
なんだろう?と思いつつ、自分の荷物をまとめて、一ヶ月間の研修期間を過ごした視聴覚室を2人でざっと掃除する。
職員室に入ると、先生方の席替えの真っ最中。
「里見先生、こっち!」
廣瀬先生に呼ばれて行く。わたしの席は、右隣が水谷先生、左隣が廣瀬先生。指導教官とシスターの2人に囲まれた席だ。
同じように平井先生も、ブラザー榊先生と、指導教官鈴木先生の間に挟まれた席に着く。
「ここが明日から一年間、里見先生の席です。机の上、引き出しのなかは常に整理整頓につとめること、机に書類が置かれたら、その日のうちに処理すること、わからないことがあったら、僕か、廣瀬先生にすぐに聞くこと。いいですね」
「はい」
「それから、ここは生徒指導部の島です。校務分掌はまだ持ちませんが、今年一年間は見習い期間です。回覧文書などは目をとおして、来年度からは自分の仕事として出来るように、理解を深めていってください」
「はい」
「水谷先生、ちょっと良いですか?」
「はい」
鈴木先生が来て、水谷先生が連れて行かれてしまうと、廣瀬先生が
「一年目はね、わからなくて当然なんだから、遠慮しないでなんでも聞いてね」
と声をかけてくれる。
「里見先生、今日の終業後、御予定がありますか?」
「特にないです」
「じゃ、平井先生と里見先生の打ち上げ会をささやかながら開きたいので、出席していただけませんか」
「はい。ありがとうございます。あ、でも寮・・・」
「寮長には、僕からお願いしておきます」
そういって教頭席に行ってしまう。
「いいなあ。水谷、鈴木、平井のイケメントリオに囲まれて、何食べるんだろなあ」
廣瀬先生が小さい声で言う。イケメントリオ。意識したことなかったけど、たしかにそうかも。と、思わず顔が赤くなる。
「寮長から許可を得ました。門限は21時、僕が寮まで里見先生を送ることが条件だそうです」
「それは頼もしい。では、水谷先生、わが妹をよろしくお願いします」
廣瀬先生が確実にふざけている。
「じゃ、5時半に学校を出ます」
そういって、水谷先生は自分の机の片付けを始める。手持ち無沙汰になり、自分の机の引き出しを開けると、
里見愛莉、と名入りのゴム印、新しい鉛筆、赤ペン、消しゴムなどの文房具と、教諭 里見愛莉の名刺が入っている。
「名刺だ」
「初めて?名刺持つの」
「はい。わー、社会人って感じです」
感激してウルウルしていると、
「感じ、ではなくて、あなたはもう、社会人です。いつまでも学生気分でいないでください」
釘を刺されてしまった。
五時半きっかりに席を立ち、平井先生たちと合流して向かったのは、焼き肉屋。
「お疲れ様でしたー」
の声で乾杯する。三人は生ビールだけど、お酒が苦手なわたしは、一人だけサイダーで。
「嫌いなものはありますか?」
水谷先生が聞いてくれる。
「ホルモンは食べられないです。あと、カルビも」
「カルビがダメか。じゃ焼き肉屋は悪かったかなあ」
鈴木先生が頭をかく。
「赤身は食べられるので問題ないです」
「子どもか」
平井先生がツッコミを入れる。子どもかもしれない。
「里見ちゃんは、なんで教師になろうと思ったの?」
鈴木先生がいきなり聞く。水谷先生みたいに、生徒が国語好きになるような授業がしたくて、と、水谷先生の前ではさすがに恥ずかしくて言えない。
「平井は、暇そうだからとぬかしやがった」
「違いますよ。自分の研究時間が少しでも取れそうだと思ったから、ですよ」
「同じこったろうが」
「言い方!」
2人はすごく打ち解けてて、息ぴったりの会話が聞いてて楽しい。
「で、里見先生はなんで?」
「わたしは、その。国語が好きなので」
「まあ、好きを仕事に出来るのは幸せなことですよね」
「そういう水谷ちゃんはどうなの」
学校を出ると、鈴木先生は年下の教師はみんなちゃん付けになるようだ。
「僕は、文学や言葉の美しさ、素晴らしさをひとりでも多くの若い人に伝えたくて」
「らしいなー。水谷ちゃんらしいなー」
結局、そのあとは、ほとんど鈴木平井コンビの漫才ショーのような会話が続き、20時にはお開きに。来週また学校で!と別れて、あ、そうだ。水谷先生に寮まで送ってもらうんだった。
二人きりになると、シンとしてしまう。緊張して、うまく話せない。
「里見先生、研修お疲れ様でした」
「先生、御指導ありがとうございました」
「僕、里見先生に謝らなければ、とおもっていて」
なんで?何を?
「新年度に入ったら、嫌でも里見先生は、教壇にひとりで上がらなくてはいけません。そのときにしっかり、授業が出来るように、そう思って」
しばらく無言のまま歩く。何か言った方がいいんだろうか。
「最初から本当は出来てました。指導案も、模擬授業も、合格レベルに達していたと思います。さすが里見先生だなと最初から思っていました。でも、最初から誉めて、ああこんなんで良いんだなって思われたくないなって。もっともっと良くなってもらいたいなと思って、あえて厳しく叱りました」
しまった。涙が出てきて止まらない。
「もう泣かれても、逃げませんから。高校のとき、泣かせて、そのまま教頭に任せて手を離してしまってすみませんでした。あれからずっと、ずっと、里見さんをもう一度ちゃんと指導したかった。指導教官になれて、また、あなたを指導するチャンスをもらえて。嬉しかったんです。それで、張り切り過ぎて、その、叱りすぎました」
声に出して泣くのをずっと我慢してたけど、どうやら限界。声が漏れてしまう。
「でも、一ヶ月間ちゃんと頑張り続けてくれて、ありがとうございました。もう心配せずに、あなたを教壇に立たせられます。成長しましたね」
水谷先生が笑っている。優しく穏やかな微笑みで。今日までの頑張りが一気に報われて、ほっとして、嬉しくて、涙が止まらない。
「寮長先生、水谷です」
インターホンを水谷先生が押して、寮長先生にあいさつしている。泣きやまなくちゃと思えば思うほど涙があふれてくる。
「ガチャ」
オートロックが外れる音がして、水谷先生が扉を開ける。寮長先生が玄関先から、履き物をつっかけて出て来られる。
「水谷先生、またあなたは」
「すみません。でも、今日の涙はセクハラでもパワハラでもないと誓えます。里見さん、じゃ、また月曜日に」
「はい。ありがとうございました」
寮長先生が背中に手を当てながら寮の中へ入れてくれる。
「里見先生、今日のは、嬉し泣きでいいのね」
「はい」
寮長先生にもちゃんと伝わっていたようだ。



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