母校に就職したら指導教官が大好きだった先生でした

風花鳴海

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2 新年度スタート

慣れたころ、が一番危ない

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漢文の授業は、割と好きだ。
文法の説明が主になるから、答えが決まっていて、そこがとてもやりやすい。
一ヶ月間の研修期間の間に、作りだめをした指導案はすでに消化してしまい、先週から、研修後に作った指導案に基づいて授業をしている。今日までは、順調だった。
「では、この文を深山さん、訳してください」
このクラスの生徒は、真面目に予習してきてくれるので、指名してもきちんと正解してくれる。すごくやりやすい。はずだったが?
「んと、今なんて?」
もう一度答えてもらうが、やっぱり違う。
「今のところ、深山さんと同じように訳した人、どのくらいいますか?手を挙げてください」
えっ、ええっ?そんなに?
「残念ながら、そこはそうは訳しません」
正解を伝えて次に進む。背中が汗ばんできた。あれ?間違えてるのはわたしの方かなあ。自信なくなってきた。
あとの時間は指導案の棒読みになってしまう。どうしよう。どうしよう。とにかく早く時間にならないかな。
指導案を指で押さえて、読み飛ばしをしないように気をつけながら、なんとか、なんとかチャイムが鳴るとほぼ同時にその授業を終える。
ほっ。とにかく、終わった。
廊下に出たところで、なんで?水谷先生と目が合う。
「あーやれやれ。やっと時間が来た。終わった終わった。という顔ですね」
図星。なぜ?なぜこのタイミングで?という疑問が頭をグルグル回って声が出ない。出たとしても、何も言うべき言葉が見つからない。
「授業研究からやり直しましょう。今日は、次の授業の指導案が出来るまで居残りです。寮長先生には、僕から許可、取ってきます」
そのままスタスタと職員室に行ってしまう。
どうして?なんで?水谷先生、この授業見てたの?
職員室に戻ると
「どうしたの?顔色悪いよ」
廣瀬先生が眉を寄せながら聞いてくる。
「すみません。ちょっと動揺してて」
水谷先生は、教頭兼寮長先生と何か話している。わたしの居残りの許可を取っているのだろう。
「廣瀬先生、今日わたし、寮の閉門当番なんですけど、かわっていただけませんか?」
「良いけど、ねえ、何かあったの?」
「今日は居残りです、って水谷先生に言われてて」
「あ、なんかやらかした?いいよ、当番くらい、いくらでもかわってあげる」
「ありがとうございます」
廣瀬先生のニッコリ笑顔に少し和む。でもすぐに、水谷先生の怖い顔が目に入り、心がざわつく。
「今日のあの授業は、本当にひどかったですね。自分ではどう思っているのですか?」
意外にも言葉には棘がない。
「はい」
「正解を、これが答えだ、って示してましたが、生徒はそれで納得しているように見えましたか」
生徒が納得しているかどうか。自分が思っていたのと違う訳し方をされて、動揺して、答えを言うのが精一杯になってしまった。生徒の様子を観察するような余裕など皆無。
水谷先生は何も答えないわたしの顔から目をそらし、ひとつ溜め息をつくと、目を閉じて何やら長考に入る。
どのくらい、時間が経っただろう。
「すみません。僕の事前チェックが甘かったせいで、まずい授業になったのに、里見先生ばかり責めるようなことを言ってしまいました。
あの文章は、何時代のものか、事前に調べてありましたか?どういう国があって、この文章がどこの国をさしていて、人民がどんな暮らしをしていて。そういうことを調べてありましたか?」
「・・・調べてません」
もう怒った顔ではなくなった水谷先生が優しく言う。
「このあと、授業はありますか?」
「今日は、もうないです」
「じゃ、図書室で、さっき僕が言ったこと、調べてきてください」
「はい」
ノートとペンケースを持って、図書室に向かう。今日の授業の指導案は、研修後に作ったもので、水谷先生のチェックは受けていない。チェックを受けていれば、もっと良い授業が出来ていたのだろうか。
次の時間のチャイムが鳴り、校舎が静かになる。図書室のカウンターでは司書の木村先生が何やら作業をしている。
「失礼します。授業研究に使わせていただきます」
「あーお疲れ様です」
ニコッと笑ってまた手元の作業に集中する。本にフィルムをかける作業のようだ。
中国史の棚を探す。そもそもあの教材は何時代のものか、自分でもわかっていなかったことに今さらながら気付く。
「里見先生、調べ物だったら、こっちのパソコン使えますよ。あと、司書室に各教科の指導書あるのは、知ってました?」
「知りませんでした。国語古典の一年生なんですけど、お借りできますか?」
「じゃ、とってきまーす。ちょいとお待ちを」
指導書は、教員版教科書ガイド、みたいなもの。教科書で教えるべきポイントが書かれている本だ。
「ありがとうございます」
「見終わったときにもしわたしがいなかったら、ここ」
と言いながら、カウンターの内側を指差す。
「ここ、入れといてください」
「はい、了解です」
指導書にはやはり、時代がきちんと書かれていた。それをもとに、中国史の本を見てみる。
時代背景がわかると、会話文もなぜこんなことを言うのかが自然にわかってくる。そんなことも知らないまま、授業をしていたなんて、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。
ノートに、時代背景、国同士の関係などをまとめていると、授業終了のチャイムが鳴った。
昼休みの時間になり、生徒がひとり、またひとりと図書室に入ってくる。
「先生、こないだ借りた本、面白かったんだけど、ああいう感じのってもうないの?」
「あるよ、そうだな、こんなのどう?」
木村先生と生徒の会話。わたしや水谷先生とのときと違ってぐんと親しい感じ。
「生徒と仲良いんですね」
なにげなく聞いてみる。
「うんとね、わたしはここであんまり先生っぽくしないから。そもそも教師じゃないし。」
「え?違うんですか」
「司書だから。学校のなかにいる、先生じゃない大人だから」
そう言ってまたニッコリ笑う。この人の笑顔は見ててなんか、嬉しくなる。
「里見先生も、先生じゃない大人に会いたくなったらいつでも来ていいんだよ」
ふと言われた言葉に胸をギュッと締め付けられて、涙が出て来てしまう。
「あ、みどりちゃん、予約してたの、来たよ」
入ってきた生徒に声をかけながら、木村先生はパタパタと司書室のなかに入っていく。良かった。泣いたの、見られてなさそう。
ノートをまとめ終えて、職員室に戻ろうとするところに、水谷先生と出くわす。
「調べられましたか?」
「はい」
木村先生からちょっと元気をもらった。今日は、ビシビシしごかれても、乗り切れそうだ。
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