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2 新年度スタート
平井の本質
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4時間目の授業を終えて、職員室に戻ったら、平井が高野先生に怒鳴られている。
意外だ。
平井はそもそもめったにヘマをしない。そんな平井が、どうやら叱られているらしいことも意外だが。何より謝る気がないような、むしろ、何が悪いんだとでも言いたげな態度をとっていることの方が意外だ。自分が悪くなくたって、頭を下げるくらいの小芝居をしてみせるような、小器用な奴じゃなかったのか。
「高野先生、わたしの指導が至らず申し訳ない。平井先生は、わたしから指導し直しますから、この辺で収めてはもらえないか」
年下の高野先生に頭を下げてみせる。
「鈴木先生、ではよろしくお願いします」
ようやく席に戻っていく。
「平井、ちょっと来い」
高野先生に聞こえるように、わざと大きな声で呼び、平井を連れ出す。どこか2人になれるところを探して、会議室に入る。
「まあ、座れ」
平井は素直に椅子に座る。先ほどの勢いはどうしたのか、すっかりしょげている。
「なにがあったのか、話してくれるか」
「すみませんでした」
「謝らなくていい。なんで高野先生に叱られていたのか、説明が聞きたい」
正直な気持ちだった。平井が、急に俺の知らない人物になってしまった、とさえ感じる。
「俺、今日2年5組で、絵本読んだんです」
「え?数学の授業で、か?」
「『ウラパンオコサ』っていう絵本って、知ってます?」
何年か前のうちの娘のお気に入りだ。一時期うんざりするほど、毎晩読まされた。知ってるぞ、と頷いて先を促す。
「5組って、文系じゃないですか。数学が嫌だから文系行くっていうような子もいるし、少しでも数学に興味持ってもらえたらな、っていつも思ってたんで『ウラパンオコサ』やってみたんです」
この絵本は、1を「ウラパン」2を「オコサ」、3を「ウラパンオコサ」と呼ぶ。「ウラパン」「オコサ」という言葉で数を表すところが、二進法っぽいな、と思っていた。
「今日、ちょうど二進法の話に入ったんで、ちょうどいいと思って」
「お前、すげーな。良いよ。グッドアイデアだよ。よく、そんな絵本知ってたな」
「ゼミの先輩に司書課程とってて、絵本に詳しい人がいて、教えてもらったんです。で、今日はまず、この本を読んで、みんなでウラパンオコサゲームをします、って言ったら教室がすげー沸いちゃって」
「だろうな。数学の授業沸かすなんて、たぶん、史上初なんじゃないか」
「はい。ウラパンオコサゲーム、めちゃくちゃ盛り上がって」
「平井、それ、すごいよ。すごい。お前すごい」
つい、平井の頭をグリグリ撫で回す。
「なんか、自分でも、良い授業だったなーって、浮かれた気持ちで職員室戻ったら、隣の教室で授業してた高野先生に、さっきの授業うるさかったぞ、って叱られて」
「で?」
「うるさくしてすみません、って謝ったんですけど」
謝ったのか。なんで、じゃあ、あんな態度だったんだ?
「大体お前はいつも、ちゃらちゃらしやがって。大方生徒と同レベルの低俗なギャグとやらでもかまして、笑いを取ったんだろうが、って言われて」
それはひどい。高野が言い過ぎだ。
「俺、俺が怒られるのは良いんですけど、生徒がひどく言われてるのが、どうしても納得行かなくて、高野先生にそんなんじゃねーよ、って言っちゃって。
そもそもお前は、言葉遣いがなってないって、説教が始まったんですけど、もうどうしても謝りたくなくなっちゃって」
「そこへ俺が入ってきたんだな」
「そうです」
平井はもっとクールなやつだと勝手に決めつけていた。平井が、絵本を授業に取り入れるような、定石にない工夫をしてくるなんて、正直予想外だ。さらに、自分のことではなく、生徒がバカにされたのが許せない、なんて思考の持ち主だったとは。
「お前、もっと俺、早く職員室戻ってやれば良かったな」
で?なんで今、わかりやすく落ち込んでるんだ?
「でも、俺、今わかりました。隣の授業邪魔するほどうるさくしたらダメだったし、鈴木先生にいつも言葉遣い直せって言われてたのに直してなかったし、俺がちゃんとしてなかったから、生徒まで悪く言われるんだって。俺が悪いんだって」
「平井、お前の全部が悪いんじゃないんだからな」
平井は、もしかしたら泣いてるのかもしれない。うつむいて、俺の顔を見てくれない。
「ゲームで二進法を生徒に体感させるって授業の工夫は素晴らしい。生徒に数学に興味を持ってもらいたいっていうお前の意欲も素晴らしい。今回は、ただちょっと配慮が足りなかっただけだ。それにな」
平井の頭頂部に向けて話をする。平然とした顔をしていない平井なんて、平井じゃない。
「お前の中身はチャラチャラしてないことは、俺が保証する。でもな、俺はお前と1ヶ月膝つきあわせてじっくり研修したから、それがわかったけど、他の人にはそこまで見えない。人は、外に見える、お前の行動か言動でお前を評価するしかないんだ。だから、これを機に、言葉遣い本気で直せ」
平井は、泣いてはいなかった。顔をあげて
「俺、高野先生に謝ってきます。やっぱり俺が悪かったです」
小器用だと思ってた。平井って意外に、意外に、ピュアで面食らう。
意外だ。
平井はそもそもめったにヘマをしない。そんな平井が、どうやら叱られているらしいことも意外だが。何より謝る気がないような、むしろ、何が悪いんだとでも言いたげな態度をとっていることの方が意外だ。自分が悪くなくたって、頭を下げるくらいの小芝居をしてみせるような、小器用な奴じゃなかったのか。
「高野先生、わたしの指導が至らず申し訳ない。平井先生は、わたしから指導し直しますから、この辺で収めてはもらえないか」
年下の高野先生に頭を下げてみせる。
「鈴木先生、ではよろしくお願いします」
ようやく席に戻っていく。
「平井、ちょっと来い」
高野先生に聞こえるように、わざと大きな声で呼び、平井を連れ出す。どこか2人になれるところを探して、会議室に入る。
「まあ、座れ」
平井は素直に椅子に座る。先ほどの勢いはどうしたのか、すっかりしょげている。
「なにがあったのか、話してくれるか」
「すみませんでした」
「謝らなくていい。なんで高野先生に叱られていたのか、説明が聞きたい」
正直な気持ちだった。平井が、急に俺の知らない人物になってしまった、とさえ感じる。
「俺、今日2年5組で、絵本読んだんです」
「え?数学の授業で、か?」
「『ウラパンオコサ』っていう絵本って、知ってます?」
何年か前のうちの娘のお気に入りだ。一時期うんざりするほど、毎晩読まされた。知ってるぞ、と頷いて先を促す。
「5組って、文系じゃないですか。数学が嫌だから文系行くっていうような子もいるし、少しでも数学に興味持ってもらえたらな、っていつも思ってたんで『ウラパンオコサ』やってみたんです」
この絵本は、1を「ウラパン」2を「オコサ」、3を「ウラパンオコサ」と呼ぶ。「ウラパン」「オコサ」という言葉で数を表すところが、二進法っぽいな、と思っていた。
「今日、ちょうど二進法の話に入ったんで、ちょうどいいと思って」
「お前、すげーな。良いよ。グッドアイデアだよ。よく、そんな絵本知ってたな」
「ゼミの先輩に司書課程とってて、絵本に詳しい人がいて、教えてもらったんです。で、今日はまず、この本を読んで、みんなでウラパンオコサゲームをします、って言ったら教室がすげー沸いちゃって」
「だろうな。数学の授業沸かすなんて、たぶん、史上初なんじゃないか」
「はい。ウラパンオコサゲーム、めちゃくちゃ盛り上がって」
「平井、それ、すごいよ。すごい。お前すごい」
つい、平井の頭をグリグリ撫で回す。
「なんか、自分でも、良い授業だったなーって、浮かれた気持ちで職員室戻ったら、隣の教室で授業してた高野先生に、さっきの授業うるさかったぞ、って叱られて」
「で?」
「うるさくしてすみません、って謝ったんですけど」
謝ったのか。なんで、じゃあ、あんな態度だったんだ?
「大体お前はいつも、ちゃらちゃらしやがって。大方生徒と同レベルの低俗なギャグとやらでもかまして、笑いを取ったんだろうが、って言われて」
それはひどい。高野が言い過ぎだ。
「俺、俺が怒られるのは良いんですけど、生徒がひどく言われてるのが、どうしても納得行かなくて、高野先生にそんなんじゃねーよ、って言っちゃって。
そもそもお前は、言葉遣いがなってないって、説教が始まったんですけど、もうどうしても謝りたくなくなっちゃって」
「そこへ俺が入ってきたんだな」
「そうです」
平井はもっとクールなやつだと勝手に決めつけていた。平井が、絵本を授業に取り入れるような、定石にない工夫をしてくるなんて、正直予想外だ。さらに、自分のことではなく、生徒がバカにされたのが許せない、なんて思考の持ち主だったとは。
「お前、もっと俺、早く職員室戻ってやれば良かったな」
で?なんで今、わかりやすく落ち込んでるんだ?
「でも、俺、今わかりました。隣の授業邪魔するほどうるさくしたらダメだったし、鈴木先生にいつも言葉遣い直せって言われてたのに直してなかったし、俺がちゃんとしてなかったから、生徒まで悪く言われるんだって。俺が悪いんだって」
「平井、お前の全部が悪いんじゃないんだからな」
平井は、もしかしたら泣いてるのかもしれない。うつむいて、俺の顔を見てくれない。
「ゲームで二進法を生徒に体感させるって授業の工夫は素晴らしい。生徒に数学に興味を持ってもらいたいっていうお前の意欲も素晴らしい。今回は、ただちょっと配慮が足りなかっただけだ。それにな」
平井の頭頂部に向けて話をする。平然とした顔をしていない平井なんて、平井じゃない。
「お前の中身はチャラチャラしてないことは、俺が保証する。でもな、俺はお前と1ヶ月膝つきあわせてじっくり研修したから、それがわかったけど、他の人にはそこまで見えない。人は、外に見える、お前の行動か言動でお前を評価するしかないんだ。だから、これを機に、言葉遣い本気で直せ」
平井は、泣いてはいなかった。顔をあげて
「俺、高野先生に謝ってきます。やっぱり俺が悪かったです」
小器用だと思ってた。平井って意外に、意外に、ピュアで面食らう。
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