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第一章 夜に昇る宴
06 東方より彼女を思う
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06
時は、深夜。
夜が更けて尚、カーテンも閉めぬまま、窓辺に寄りかかる男が1人。
城の2階に構えた自室には、雲一つ無いおかげで、煌々とした月明りが差し込んでいる。
そんな、切ない明かりを頼りに。
手にした紙の束を1枚1枚丁寧に捲り、読んでいく。
男は若かった。
人間からした、見た目の上では。
後ろに綺麗に撫でつけた漆黒の髪。
月に照らされれば、色白と言えるような、いや、不健康で不機嫌そうな――それでも端正な顔立ちが映し出される。
黒を基調にしたモノトーンの様相を身にした彼は、ゆっくりと綴られた文字に目を通した。
1枚。そして、また1枚。
一言一句、漏らさぬ様に。
几帳面で丁寧な字で綴られた文字を無言で目で追い、時間をかけて、全ての頁を読み終える。
――生真面目にも、程がある。
書簡を目にする彼はそう思うが、何しろ、書き手が書き手だ。彼にしては珍しく、許容してやる事にした。
紙の束を揃えて、男は部屋の扉口に立つ1人の老人を静かに呼ぶ。
「ロドメ」
名を呼ばれれば、長年彼に仕える老齢の執事長が、髭をたくわえおっとりとした笑みで近くに寄る。
「ご用でしょうか」と、柔らかい声で、主の元へと。
「カステルからの書簡だ。お前も読んでおけ」
そう告げられ、老人は手渡された紙面に、確かに『カステル=ジニア』の文字を見る。
ああ、その名は懐かしいーー
そう思いながら、ロドメは「宜しいので?」と再度確認を取る。
構わない。そう短く答えた後に、続けた。
「もう直だ。迎えはお前が行け。グロチウスは好きに馬舎から出して良い」
「畏まりました」
「書簡は、読んだら燃やせ」
周りに知られたら、面倒だ。
そう言う主に、ロドメは「本当に燃やしてしまっても?」と、不思議そうに問いかける。
「俺は全部覚えた」
ああ、成程――
確かに、この地を統べるのは彼であり。
彼が1度把握し覚え尽くしているのならば、その痕跡は消してしまっても、それは一向に構わないのだろう。
ロドメは深く深く頭を下げ、それでは手筈を整えますと、部屋を立ち去ろうとした。
そんな執事長を、男はふと引き留める。
「あれは、何だ」
あれ、と申しますと。
主人の言葉に首を傾げるロドメに、彼は続けた。
「最近、城下の灯りが煩い」
窓から覗くのは、東方魔族が住まう街ト・ノドロ。
確かに最近、平生の深夜にしては、灯の数が増して多い。
ああ、あれは。とロドメは応える。
「あれは、領民の混乱と昂りにございます」
「何故だ」
「このト・ノドロに人間が来るのは、100年ぶりでございましょうから」
この地に。この街に。
あの、忌まわしい人間が、と。
「そうか」と、呟いて、男はそれ以上何も言わなかった。
だから、老齢の執事長も、何も言わず、深く頭を下げ、部屋からそっと出て行った。
残された男は、たった1人で窓の外を見つめ続ける。
ソルディス=ジェノファリス。
100歳をゆうに超える彼は、城下街の灯りを見ては、聴こえる筈の無い幻聴を聴く。
(ああ!人間がやってくる!)
(領主様は、きっと再び気を違える!)
(魔族を狂わす、忌々しい人間が!)
頭に響く有りもしないそれらを全て、振り切るよう、彼は、静かに目を伏せた。
そうして、束の間に。
彼は、やがて来る、1人の少女を瞼の裏に思い浮かべる。
淡いブロンド。緋色の瞳。幼い声。
低い背丈で、子供の様に笑うその姿。
「ーーティナ」
珍しく、感情のこもった己の声色に。
ソルディスは自身で、それを不快に思う。
胸元から、煙草を取り出し1本咥える。
北方から仕入れた質のいいそれに火をつけ、ゆっくりと煙を吸って、ゆっくりと吐いた。
「茶番だな、カステル」
その呟きは、誰に聞かれることも無く。
ただ、煙と共に暗闇へと消えていった。
時は、深夜。
夜が更けて尚、カーテンも閉めぬまま、窓辺に寄りかかる男が1人。
城の2階に構えた自室には、雲一つ無いおかげで、煌々とした月明りが差し込んでいる。
そんな、切ない明かりを頼りに。
手にした紙の束を1枚1枚丁寧に捲り、読んでいく。
男は若かった。
人間からした、見た目の上では。
後ろに綺麗に撫でつけた漆黒の髪。
月に照らされれば、色白と言えるような、いや、不健康で不機嫌そうな――それでも端正な顔立ちが映し出される。
黒を基調にしたモノトーンの様相を身にした彼は、ゆっくりと綴られた文字に目を通した。
1枚。そして、また1枚。
一言一句、漏らさぬ様に。
几帳面で丁寧な字で綴られた文字を無言で目で追い、時間をかけて、全ての頁を読み終える。
――生真面目にも、程がある。
書簡を目にする彼はそう思うが、何しろ、書き手が書き手だ。彼にしては珍しく、許容してやる事にした。
紙の束を揃えて、男は部屋の扉口に立つ1人の老人を静かに呼ぶ。
「ロドメ」
名を呼ばれれば、長年彼に仕える老齢の執事長が、髭をたくわえおっとりとした笑みで近くに寄る。
「ご用でしょうか」と、柔らかい声で、主の元へと。
「カステルからの書簡だ。お前も読んでおけ」
そう告げられ、老人は手渡された紙面に、確かに『カステル=ジニア』の文字を見る。
ああ、その名は懐かしいーー
そう思いながら、ロドメは「宜しいので?」と再度確認を取る。
構わない。そう短く答えた後に、続けた。
「もう直だ。迎えはお前が行け。グロチウスは好きに馬舎から出して良い」
「畏まりました」
「書簡は、読んだら燃やせ」
周りに知られたら、面倒だ。
そう言う主に、ロドメは「本当に燃やしてしまっても?」と、不思議そうに問いかける。
「俺は全部覚えた」
ああ、成程――
確かに、この地を統べるのは彼であり。
彼が1度把握し覚え尽くしているのならば、その痕跡は消してしまっても、それは一向に構わないのだろう。
ロドメは深く深く頭を下げ、それでは手筈を整えますと、部屋を立ち去ろうとした。
そんな執事長を、男はふと引き留める。
「あれは、何だ」
あれ、と申しますと。
主人の言葉に首を傾げるロドメに、彼は続けた。
「最近、城下の灯りが煩い」
窓から覗くのは、東方魔族が住まう街ト・ノドロ。
確かに最近、平生の深夜にしては、灯の数が増して多い。
ああ、あれは。とロドメは応える。
「あれは、領民の混乱と昂りにございます」
「何故だ」
「このト・ノドロに人間が来るのは、100年ぶりでございましょうから」
この地に。この街に。
あの、忌まわしい人間が、と。
「そうか」と、呟いて、男はそれ以上何も言わなかった。
だから、老齢の執事長も、何も言わず、深く頭を下げ、部屋からそっと出て行った。
残された男は、たった1人で窓の外を見つめ続ける。
ソルディス=ジェノファリス。
100歳をゆうに超える彼は、城下街の灯りを見ては、聴こえる筈の無い幻聴を聴く。
(ああ!人間がやってくる!)
(領主様は、きっと再び気を違える!)
(魔族を狂わす、忌々しい人間が!)
頭に響く有りもしないそれらを全て、振り切るよう、彼は、静かに目を伏せた。
そうして、束の間に。
彼は、やがて来る、1人の少女を瞼の裏に思い浮かべる。
淡いブロンド。緋色の瞳。幼い声。
低い背丈で、子供の様に笑うその姿。
「ーーティナ」
珍しく、感情のこもった己の声色に。
ソルディスは自身で、それを不快に思う。
胸元から、煙草を取り出し1本咥える。
北方から仕入れた質のいいそれに火をつけ、ゆっくりと煙を吸って、ゆっくりと吐いた。
「茶番だな、カステル」
その呟きは、誰に聞かれることも無く。
ただ、煙と共に暗闇へと消えていった。
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