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『へぇ、利臣は受験生なんだ。大学は何処に行くの?』
『一応、東京』
『凄いね! 頑張って』
他愛ない会話は、驚くほど早く時を進めて行く。私が彼の質問に答える度、隣で楽しそうに彼は笑う。そんな彼の姿が月の光で、キラキラと輝いているように見えるのはとても神秘的なもので。さらさらと柔らかな茶色の髪は、月の光を受けて金に近い色を放つ。色素の薄い真っ白な肌と、線の細い男性とは思えない体。まるで素晴らしい美術品のようなその姿に、思わず目を奪われ見とれてしまった。
『……利臣?』
ふと、雲が月の光を遮った。
光の消えた闇の中で、儚い『カイリ』という存在がとけ込み消えてしまいそうになる錯覚。その不安からか、私は慌てて手を伸ばし、その白い肌に触れてみる。
予想に反して、指先にはちゃんと伝わる弾力。彼は確かに、私の目の前に居るようだ。
『どうしたの?』
何故、そうしようかと思ったのかは今でも分からない。
まるで何かに支配されたように、体は勝手に動き出す。
理屈なんていらない。
ただ、目の前の存在がほしい。
その理由は幾ら考えても答えが見つからなかったが、気が付けば私は、獣のように彼のことを抱いていた。
意外なことに、彼は全く抵抗をしなかった。
驚いて体を震わせはしたものの、すぐに目を伏せおとなしく従う。乱暴にするつもりはなかったが、初体験で勝手が分からず勢いに任せてぶつける欲望。それでも、全く痛がる素振りを見せないカイリに、彼の初めての相手が私ではないと気付かされ、名前も顔も知らない相手とそいつに抱かれて喜ぶ彼に嫉妬を覚える。
そのせいで行為は乱暴なものになってしまった。たが、それくらいの激しさが心地よいとでも言うように、カイリは私の下で甘く啼いたのだ。
囚われたのは自分。
酔わされ、狂わされ、そして……惑わされる。
初めて会った名前しか知らない相手。でも、そんなことは気にならなくなるほど、欲しくて欲しくてたまらなかった。
「気にしてないよ」
「え?」
あの時の記憶を思い出すように瞼を伏せていたら、ふと髪に冷たく柔らかなものが触れた。
「だって、嬉しかったから」
瞼を開くと、カイリの手が優しく、私の頭を撫でている。
「利臣に抱かれたこと、後悔はしてない」
彼の手が私の頬に移動し、軽く撫でた後、顎に添えられ自分を見てくれと誘われる。
「一目惚れ……ってやつなのかな? 多分」
そっと触れるだけのキス。
「利臣、凄く僕のこと欲しがってくれたから」
恥ずかしそうに笑う彼の頬に、うっすらと紅が差す。
あぁ……何だ……
「そうか」
私の方が一方的に彼の事を欲しているのかと思っていた。だが、それは勘違いだったようで、彼も私と同じように、私の事を欲しいんだと。そう思ってくれていたことが、とても嬉しく思える。
目の間に広がる海は、いつの間にかまた、柔らかな月の光でと輝く。その波はただ、同じ動きを繰り返し、穏やかな旋律を奏でるだけ。耳に届く潮騒と、それに重なるカイリの声だけが響く静かな時。
「ねぇ。海、入ろうか」
「カイリ!」
止める間もなく彼は既に駆けだしていた。
小さな音を立てて飛び込んだ大きな水の中で、彼は楽しそうにはしゃいでいる。海に入る季節なんてとっくに過ぎ去ってしまったのに、そんなことはお構いなしと水に濡れる体。手で作った小さな駕籠で掬っては宙に投げた雫が、小さな光を反射し宝石のように輝いた。
「利臣ー!」
先ほどとは違う無邪気な笑顔に、つられて私も笑顔になる。
あの時に知ることが出来なかった彼の様々な表情。それが今、こうして見ることができることを、嬉しいと感じてしまう。
「利臣」
カイリの手から逃れた大きな雫。それは『ぱしゃん』という音をたてて、勢いよく水面の上を跳ね飛び散る。
「何だ? かい……」
体に付いた水滴が光を反射し、彼の姿は眩く輝いた。
だが、それは酷く儚く、今直ぐにでも消えてしまいそうなほど不安定で。
まるで、おとぎ話の中で語られる『人魚の姫様』のように、泡になって消えてしまいそうな不安を覚える。
また出会えたことの奇跡を手放したくなどない。
「行くな」
だからだろう。あの時と同じように彼へと手を伸ばすと、その腕を掴み自分の方へと引き寄せたのだ。
「濡れるよ」
カイリの髪を伝う雫が私のシャツを濡らしたが、私は構うことなく冷えた体を抱き締める。
「どうしたの? 急に」
突然の抱擁に首を傾げ、私の事を見つめるカイリに、必死に取り繕う笑顔を見せ私はこう答える。
「カイリが消えてしまいかと思った」
こんな私を情けないと笑うだろうか?
それでもいい。
ただ、目の前の存在が眩しくて……恋しくて……もっと触れていたいと、そう願ってしまったのだ。
『一応、東京』
『凄いね! 頑張って』
他愛ない会話は、驚くほど早く時を進めて行く。私が彼の質問に答える度、隣で楽しそうに彼は笑う。そんな彼の姿が月の光で、キラキラと輝いているように見えるのはとても神秘的なもので。さらさらと柔らかな茶色の髪は、月の光を受けて金に近い色を放つ。色素の薄い真っ白な肌と、線の細い男性とは思えない体。まるで素晴らしい美術品のようなその姿に、思わず目を奪われ見とれてしまった。
『……利臣?』
ふと、雲が月の光を遮った。
光の消えた闇の中で、儚い『カイリ』という存在がとけ込み消えてしまいそうになる錯覚。その不安からか、私は慌てて手を伸ばし、その白い肌に触れてみる。
予想に反して、指先にはちゃんと伝わる弾力。彼は確かに、私の目の前に居るようだ。
『どうしたの?』
何故、そうしようかと思ったのかは今でも分からない。
まるで何かに支配されたように、体は勝手に動き出す。
理屈なんていらない。
ただ、目の前の存在がほしい。
その理由は幾ら考えても答えが見つからなかったが、気が付けば私は、獣のように彼のことを抱いていた。
意外なことに、彼は全く抵抗をしなかった。
驚いて体を震わせはしたものの、すぐに目を伏せおとなしく従う。乱暴にするつもりはなかったが、初体験で勝手が分からず勢いに任せてぶつける欲望。それでも、全く痛がる素振りを見せないカイリに、彼の初めての相手が私ではないと気付かされ、名前も顔も知らない相手とそいつに抱かれて喜ぶ彼に嫉妬を覚える。
そのせいで行為は乱暴なものになってしまった。たが、それくらいの激しさが心地よいとでも言うように、カイリは私の下で甘く啼いたのだ。
囚われたのは自分。
酔わされ、狂わされ、そして……惑わされる。
初めて会った名前しか知らない相手。でも、そんなことは気にならなくなるほど、欲しくて欲しくてたまらなかった。
「気にしてないよ」
「え?」
あの時の記憶を思い出すように瞼を伏せていたら、ふと髪に冷たく柔らかなものが触れた。
「だって、嬉しかったから」
瞼を開くと、カイリの手が優しく、私の頭を撫でている。
「利臣に抱かれたこと、後悔はしてない」
彼の手が私の頬に移動し、軽く撫でた後、顎に添えられ自分を見てくれと誘われる。
「一目惚れ……ってやつなのかな? 多分」
そっと触れるだけのキス。
「利臣、凄く僕のこと欲しがってくれたから」
恥ずかしそうに笑う彼の頬に、うっすらと紅が差す。
あぁ……何だ……
「そうか」
私の方が一方的に彼の事を欲しているのかと思っていた。だが、それは勘違いだったようで、彼も私と同じように、私の事を欲しいんだと。そう思ってくれていたことが、とても嬉しく思える。
目の間に広がる海は、いつの間にかまた、柔らかな月の光でと輝く。その波はただ、同じ動きを繰り返し、穏やかな旋律を奏でるだけ。耳に届く潮騒と、それに重なるカイリの声だけが響く静かな時。
「ねぇ。海、入ろうか」
「カイリ!」
止める間もなく彼は既に駆けだしていた。
小さな音を立てて飛び込んだ大きな水の中で、彼は楽しそうにはしゃいでいる。海に入る季節なんてとっくに過ぎ去ってしまったのに、そんなことはお構いなしと水に濡れる体。手で作った小さな駕籠で掬っては宙に投げた雫が、小さな光を反射し宝石のように輝いた。
「利臣ー!」
先ほどとは違う無邪気な笑顔に、つられて私も笑顔になる。
あの時に知ることが出来なかった彼の様々な表情。それが今、こうして見ることができることを、嬉しいと感じてしまう。
「利臣」
カイリの手から逃れた大きな雫。それは『ぱしゃん』という音をたてて、勢いよく水面の上を跳ね飛び散る。
「何だ? かい……」
体に付いた水滴が光を反射し、彼の姿は眩く輝いた。
だが、それは酷く儚く、今直ぐにでも消えてしまいそうなほど不安定で。
まるで、おとぎ話の中で語られる『人魚の姫様』のように、泡になって消えてしまいそうな不安を覚える。
また出会えたことの奇跡を手放したくなどない。
「行くな」
だからだろう。あの時と同じように彼へと手を伸ばすと、その腕を掴み自分の方へと引き寄せたのだ。
「濡れるよ」
カイリの髪を伝う雫が私のシャツを濡らしたが、私は構うことなく冷えた体を抱き締める。
「どうしたの? 急に」
突然の抱擁に首を傾げ、私の事を見つめるカイリに、必死に取り繕う笑顔を見せ私はこう答える。
「カイリが消えてしまいかと思った」
こんな私を情けないと笑うだろうか?
それでもいい。
ただ、目の前の存在が眩しくて……恋しくて……もっと触れていたいと、そう願ってしまったのだ。
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