地球侵略後記

松葉正宗

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最終話 約束

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 文書を読み終わった後、レイは妙に落ち着いていた。目の前の文章が本当にあった出来事であると、思えなかったのだ。自分がきっかけで侵略が起こったというのも、そのきっかけがクレイヤが作為的に起こしたものであるというのもどちらも信じがたい話であったし、決して事実であると思いたくもなかった。それも、ただパソコンに入力されただけの乱雑な文書で。

 少しの放心状態を経て、レイははっとした。

「そうだ、エーディオは」

 彼なら、まだ生きているかもしれない。そんな考えが俄かに浮かんできた。レイは無人となっていた建物内を漁り、食料や武器、地図をはじめとするあらゆるデータ等、使えるものは全て回収した。
 名簿に書かれた地名を頼りに、レイは建物を飛び出した。

 それから何カ月かの月日が経った。エーディオの場所は、レイが元いた場所から陸続きであったものの、かなり離れた所にあった。数多くの遺された兵器との戦いを乗り越え傷だらけになった身体と、最後の一つの携帯食を片手に、レイはようやくそこにたどり着いた。

「あった!」

 電子の地図が示した場所には、あの日見つけたような白いドーム状の小さな建物があった。しかし近づいてみると、壁は朽ちていて、地上の階は崩壊に等しい状態になっている。それでもとレイは建物の瓦礫を除け、地下へとつなぐ梯子を見つけるとすぐさま降りて行った。

 地下は相変わらず暗かった。長く感じた梯子をおりきっても電気が点灯することなく、レイは小型のライトを仕方なくつけた。光を当てた先に現れたのは、一体のN9であった。

「どうしてここに……」

 N9がレイの疑問に答えるなんてことはなく、頭部についていた一つ目を赤く光らすと、すぐさまレイに向けて砲弾を放った。

「うぐっ」

 今のレイに攻撃を瞬時によけられるほどの力は残ってなく、N9の攻撃をもろに受けると、壁に身体を大きく打ち付けた。

 レイはなんとか武器を構えようとしたが、うまく身体に力を入れることができない。一歩ずつゆっくりと近づいてくるN9の周囲には既に動きを停止した兵器が数台倒れており、床には赤と青の血が垂れ、紫色に混ざりあっている。

 N9は右手を振りかざした。レイはその攻撃に応えるべく、力を振り絞って両手で銃を握りしめる。手の震えが止まらないレイは、無我夢中で発砲した。レイの決死の銃撃が決まったのか、N9は右手を大きくあげたまま、膝から崩れ落ちた。

 レイは呼吸を整えると、銃から小型のライトに持ち替えN9を照らした。最後の一体であっただろうN9は、既に半壊していたのだった。

 何度も起き上がろうとしたN9の動きは徐々に弱まり、やがて動かなくなった。その様子を見ると、レイも意識を手放した。


 レイが再び目を覚ますと、部屋にはうっすらと明かりがともされていて、横に倒れていたN9の後ろには、何かが光に照らされているのがわかった。

「あれは……」

 光に包まれたそれは、緑の葉を茂らせた一本の若木であった。レイは近づくために起き上がろうとしたが、足の激痛に耐え兼ねふらふらとまた倒れてしまった。
 木の葉を見上げながら、レイは青い血にまみれた身体を木の下まで引きずる。そして木の傍に置かれていた手紙の存在に気が付いた。

 レイはその手紙を震える手で開く。そこに書かれた文字の筆跡は懐かしいものであった。

『この手紙を誰かが読むころには、もう僕はこの世にはいないだろう。僕は親友を信じなかった。親友を裏切った。その罰なのかもしれない。僕にはもう時間が無い。せめて、僕は彼との約束を守りたかった。手紙を読むあなたへ、どうかこの苗木を守ってください。お願いします』

 レイは苗から成長したのであろう若木にそっと額をつけた。そしてひたすらに大声で泣いた。自分への悔悟、クレイヤへの憎悪、そして親友を失った悲しみ。堪えてきた感情が、絶え間なく溢れ出る。額から伝わる木の温もりがただ優しくて、レイはなんとしても約束を果たすのだと心に誓ったのだった。
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