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プロローグ
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僕のいる教室の黒板はいつもと同じだけれど、そこに書かれている内容は1年前とは全く違う。
いつもはクラスの中に数人はいる机に突っ伏すか、必死に起きようとしているけど頭が前後に揺れているやつのような、そんなグループの一員だ。
ただ、今の時間だけは大抵目を覚まし、チョークの描く文章という模様を真面目に追いかけていた。
「……で、あるからして大規模な異変が起こった3ヶ月後に政府は『交代制度』という極めて特殊な法律を制定した。そして地方公共団体ではなく、国から派遣された専門家たちが……」
「……ただし気をつけなければならないのは、『交代』する時に各部位をきちんと身体に付けておくことだ。ほら、そこ! テストにも出るし非常に重要なとこだぞ! 命に関わるからな」
「例えば『交代』する時に足がなかったら、人間に戻った後に悲惨なことになるんだぞ。君たちもしっかりと頭に刻み込んでおくように!」
1年前にそれが起こった時は、人間に戻った後に苦痛で転げ回ったり、緊急入院したりと大変な騒ぎになった。さすがに今は、『交代』場所で厳重にチェックされているけど。
半年ほどで急遽用意された教科書は、しばしば説明がとんだり、高校1年生には覚えづらい専門用語が並んでいたりすることがある。
だから、以前と変わらず眠っている生徒や――暇を持て余して話しかけてくるヤツもいる。
「おいおい、ガチかよ。やっぱりバイオメ発売禁止だってさ」
横の席の男子が教科書で顔を隠しながら、話しかけてくる。この手のヤツは結構しつこいので、話を合わせて早々に追い払うに限る。
「……当たり前だろ。そもそも、すぐに発禁になっておかしくないレベルじゃないか」
「だってさあ。俺が中学の時に凄え昔のアーカイブズをやってハマったゲームなのにさ」
「じゃあ、このクラスメイトの誰かの頭に弾丸撃ち込むことできるの?」
「い、いやそれは……」
男子は気まずそうに僕から離れ、また別の人間に声をかけ始める。
教室の中を見回してみる。多くはない。多くはないけど、そこにはベタに言えば、洗いたての真っ白なシーツのような制服を着ている生徒がいる。
日光を遮断する特別性だ。
彼らは時々、スプレーを取り出して身体に吹き掛ける。それでも腐臭は完全には消えないのだけど、皆の鼻も慣れてしまったので特に文句が出ることもない。
つまり何というか……僕のクラスの2割弱は昔『ゾンビ』と呼ばれていた存在に極めて近い。
――その光景が何故見られるようになったかというと……。
「――それでは、今日の『人類変化学』に関する授業はこれで終了だ。最後に、くれぐれもいじめ、差別は行わないように」
考えているうちに、授業が終わってしまった。聴き逃したが……まあ、先に読み込んでいる情報以上はなさそうだったからいいか。
休み時間を挟み、何事もなく放課後になる。本当に何事もなく――。強いて言えば、『交代』して戻ってきた女子が自宅学習で溜まったものを滔々と語り尽くしていたぐらいだ。
そう言えば、あの女子の交代は何回目だっただろうか? 授業で教師が言ったように変化は危険性を伴っている。けれど、交代を何度も繰り返すものもいる。
それは、ある噂のためだ。ゾンビに変化をすれば、吸血鬼のように見た目の若さを保ち続けることが出来る可能性がある。根も葉もない噂は、美貌をとどめておきたい人間を、甘美な香りで惹き寄せる。
僕にはまるでわからない気持ちだけれど、ゾンビへの変化を求める人も意外といるのだ。
部活に入ってないので、そのまま帰路についた。
帰りに食材を買っていく。今日は鍋がいいかな? 一昨日もそうだったけど何しろ楽だから。
「あら、今日もお買い物してるのね。偉いのねえ」
いつものように近所のおばさんが話しかけてくる。この人も、時々スプレーを吹き掛けているものの、買い物に来れるぐらいには腐敗状態が酷くない。
一応食料を扱っているものだから、スーパーや飲食店は、腐敗が酷いと入り口で止められてしまう。
差別ではなく、区別。まあ、仕方がないことだと思う。僕もぬるっとしたキャベツを買いたくはない。
買い物を終えて、商店街の大通りへ出る。豆腐や白菜は冷蔵庫に残っているので、豚肉とキムチを買った。あとは残っている野菜を入れてキムチ鍋にしようと思う。
大通りは夕方なのでさすがに人が多い。
この大通りは黒板と同じように変化がなく――と言うわけではなく、それなりの対応策を取っている。
今出てきたスーパーは見た目はそのままだった。けれど、商店街の花壇に沿いには荷重に耐えきれずに腐って落ちてしまった腕を持って帰るための袋が設置されている。
腕や足は余程のことがない限り、しばらく断面を合わせていると癒着する。袋を使う人もいるし、そのままベンチで腕が治るのを待つ人もいる。備え付けの針を使えば、その場で応急処置もできる。
今では見慣れた光景。けれど1年前には、こんなものは無かった。
いつもはクラスの中に数人はいる机に突っ伏すか、必死に起きようとしているけど頭が前後に揺れているやつのような、そんなグループの一員だ。
ただ、今の時間だけは大抵目を覚まし、チョークの描く文章という模様を真面目に追いかけていた。
「……で、あるからして大規模な異変が起こった3ヶ月後に政府は『交代制度』という極めて特殊な法律を制定した。そして地方公共団体ではなく、国から派遣された専門家たちが……」
「……ただし気をつけなければならないのは、『交代』する時に各部位をきちんと身体に付けておくことだ。ほら、そこ! テストにも出るし非常に重要なとこだぞ! 命に関わるからな」
「例えば『交代』する時に足がなかったら、人間に戻った後に悲惨なことになるんだぞ。君たちもしっかりと頭に刻み込んでおくように!」
1年前にそれが起こった時は、人間に戻った後に苦痛で転げ回ったり、緊急入院したりと大変な騒ぎになった。さすがに今は、『交代』場所で厳重にチェックされているけど。
半年ほどで急遽用意された教科書は、しばしば説明がとんだり、高校1年生には覚えづらい専門用語が並んでいたりすることがある。
だから、以前と変わらず眠っている生徒や――暇を持て余して話しかけてくるヤツもいる。
「おいおい、ガチかよ。やっぱりバイオメ発売禁止だってさ」
横の席の男子が教科書で顔を隠しながら、話しかけてくる。この手のヤツは結構しつこいので、話を合わせて早々に追い払うに限る。
「……当たり前だろ。そもそも、すぐに発禁になっておかしくないレベルじゃないか」
「だってさあ。俺が中学の時に凄え昔のアーカイブズをやってハマったゲームなのにさ」
「じゃあ、このクラスメイトの誰かの頭に弾丸撃ち込むことできるの?」
「い、いやそれは……」
男子は気まずそうに僕から離れ、また別の人間に声をかけ始める。
教室の中を見回してみる。多くはない。多くはないけど、そこにはベタに言えば、洗いたての真っ白なシーツのような制服を着ている生徒がいる。
日光を遮断する特別性だ。
彼らは時々、スプレーを取り出して身体に吹き掛ける。それでも腐臭は完全には消えないのだけど、皆の鼻も慣れてしまったので特に文句が出ることもない。
つまり何というか……僕のクラスの2割弱は昔『ゾンビ』と呼ばれていた存在に極めて近い。
――その光景が何故見られるようになったかというと……。
「――それでは、今日の『人類変化学』に関する授業はこれで終了だ。最後に、くれぐれもいじめ、差別は行わないように」
考えているうちに、授業が終わってしまった。聴き逃したが……まあ、先に読み込んでいる情報以上はなさそうだったからいいか。
休み時間を挟み、何事もなく放課後になる。本当に何事もなく――。強いて言えば、『交代』して戻ってきた女子が自宅学習で溜まったものを滔々と語り尽くしていたぐらいだ。
そう言えば、あの女子の交代は何回目だっただろうか? 授業で教師が言ったように変化は危険性を伴っている。けれど、交代を何度も繰り返すものもいる。
それは、ある噂のためだ。ゾンビに変化をすれば、吸血鬼のように見た目の若さを保ち続けることが出来る可能性がある。根も葉もない噂は、美貌をとどめておきたい人間を、甘美な香りで惹き寄せる。
僕にはまるでわからない気持ちだけれど、ゾンビへの変化を求める人も意外といるのだ。
部活に入ってないので、そのまま帰路についた。
帰りに食材を買っていく。今日は鍋がいいかな? 一昨日もそうだったけど何しろ楽だから。
「あら、今日もお買い物してるのね。偉いのねえ」
いつものように近所のおばさんが話しかけてくる。この人も、時々スプレーを吹き掛けているものの、買い物に来れるぐらいには腐敗状態が酷くない。
一応食料を扱っているものだから、スーパーや飲食店は、腐敗が酷いと入り口で止められてしまう。
差別ではなく、区別。まあ、仕方がないことだと思う。僕もぬるっとしたキャベツを買いたくはない。
買い物を終えて、商店街の大通りへ出る。豆腐や白菜は冷蔵庫に残っているので、豚肉とキムチを買った。あとは残っている野菜を入れてキムチ鍋にしようと思う。
大通りは夕方なのでさすがに人が多い。
この大通りは黒板と同じように変化がなく――と言うわけではなく、それなりの対応策を取っている。
今出てきたスーパーは見た目はそのままだった。けれど、商店街の花壇に沿いには荷重に耐えきれずに腐って落ちてしまった腕を持って帰るための袋が設置されている。
腕や足は余程のことがない限り、しばらく断面を合わせていると癒着する。袋を使う人もいるし、そのままベンチで腕が治るのを待つ人もいる。備え付けの針を使えば、その場で応急処置もできる。
今では見慣れた光景。けれど1年前には、こんなものは無かった。
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