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元使用人

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マーティンに、アリバイ工作を頼まれて 劇場に来ていたアランは 三文芝居に興味はないと 早々に寝ていた。
 しかし、何かに起こされて目を覚ます。
 芝居が終わったのかと 目を開けて 辺りの様子を伺う。 しかし まだ薄暗く芝居が終わっていないし、 マーティンが来たわけでもない。
「何だ?」
 起き上がると首を回して コリをほぐしながら、どうして目を覚ましただと考えあぐねたが すぐに止めた。
( まあ、いい。きっと何か 大きな音でもしたんだろう)

 もう一眠りしようと目を閉じかけたが、 聞き覚えのある声に舞台を見る。 その声に すぐにマロニアだと分かる。 声は初夏の風のように爽やかだが 棒読みで、全く感情移入できない。
 動作も無駄にオーバーだ。 よくこれで、恥ずかしげもなく舞台に立てるものだ。 呆れながらも、その図太さに喝采を送る。
 だが、気づくとアランは 夢中で その姿を追っていた。

 マロニアは話の途中で殺されてしまい 。
あっという間に出番が終わった。
 舞台からマロニアの姿が消えると アランは、 やっと終わったと肩の力を抜く。 
「ふぅ~」
マロニアが 失敗しそうで 気が気でなかった。 
そういう理由なら、この芝居が成功している。
 しかし、なんで私が家族でもないのに、 こんな思いをしなくてはいけないんだ。
ハラハラしたせいか脈が早い。 こんな苦労 二度としたくない。 金輪際マロニアの出ている舞台を見ない。 そう決めた。

「アラン。ありがとう」
肩を叩かれて目を向けると 酔っ払ったマーティンが 立っている。 交代の時間だ。
表情から楽しかったようだ。立ち上がるとマーティンが 金の入った封筒を差し出す。その封筒の厚みに マーティンの羽振りの良さが 伺える。
軽く頷いて今夜のギャラを懐にしまう。
 長居は無用だと 帰ろうとして、 すれ違いざまに女物の香水の匂いが鼻につく。 年配の女が好きそうな香りだ。 今夜も媚びへつらって 相手をしていたんだろう。
本人は それが楽しいのだろうが、 私は女の顔色を伺って生きる人生など まっぴらごめんだ 。

女は 御してこそだ。

*****

 舞台袖にはけたマロニアは ドキドキしながらアラン本人か どうか確かめようと ボックス席を見る。
 間違いない。彼だ! しかも一人。 婚約者連れじゃない。 結婚前の一か月。 二人とも楽しくて仕方ない時期なのに・・。
 もしかして婚約者に内緒で 私の芝居を見に来たの? 
(それほど私のことを・・)
マロニアは頭に浮かんだ考えを否定する。
 まさか、そんな事ないわ 。

でも、私が出演するのは今晩だけだ。 わざわざこの日を選んだ事を考えると 彼が私に好意を持っているのは間違いない。 
(そうなのか?)
 完全に片思いだと思っていたのに、 わずかに希望を見つけてしまった。 
(どうしよう・・)
「ふふっ」
すっかり浮かれてしまったマロニアは、くるくると踊りながら楽屋へ向かう。

 彼を忘れると決めたことなど すっかり忘れて、あれや これやと、 とりとめのない想像して楽しんでいた。
『 君の演技は最高だ』 
「ありがとう」
 『絶対主役になるべきだ』 
「本当に?そう言ってくれるのは貴方だけよ」 
『君の良さが分からないとは残念だ』 
「私もそう思うわ」 なんてね。

 自分の想像に 恥ずかしいと両頬を押さて身悶えする。しかし、大事な事に気づいて、ハタと立ち止る。
彼は 女優の私が好きなの?
 それとも・・男爵令嬢の私が好きなの?

*****

 アランは執務室で 弁護士のブランドから渡された調査票を見ながら結果報告を聞いていた。
「宝石店は極東商会が所有するもので 社長がティアス・カークランド と言う男で」
グランドの口から出た人物の名前に 驚愕して目を見開く。
まさか アイツが、あの宝石店の経営者なのか?
 渡された書類を見ると 確かにその名前が 書いてある。 

ティアス・ カークランド
極東商会といえば 誰もが知っている大手の貿易会社だが、経営者が 貴族嫌いで上流階級との付き合いを 断っていてその正体は、謎に包まれていた。
「本当に 経営者は この男なのか?」
にわかには 信じられず、 確かめずにはいられない。 そんな偶然があり得るのか?
 「ああ、間違いない」
 最悪の組み合わせに、 思わず目を閉じる。
 だが、これで ティアスがシャーロットを匿っていることは確定した。 後は 匿っている場所を見つけるだけだ。

しかし、なんでこうなる?宝石店など山のようにあるのに どうして、よりによってアイツの店なんだ。 忌々しい記憶が甦り不快になる。

***

 父が下働きにと 銀貨3枚で男の子を買ってきた。 聞けば 親が死に 農場を叔父に奪われたと言う 。まるで悲劇の主人公だ。 かわいそうに思ったし、自分と同じ年頃の市井の者に興味があった 。
それまで 接した事が あるのは 大人だけだったからだ。 しかし、私に対する 男の子の態度は、素っ気ないものだった。
 それだけなら良かったが、私のやる事なす事を 両親でもないのに諌めてくる 。
 
市井の者が 少しばかり年上だからと 貴族の私に注意? あり得ない。
ムカついたから 殴りつけると あっけなく倒れてしまった。 本人は田舎育ちで 体格も体力にも 自信が あったんだろう。 そんな少年が 貴族のひょろい 年下の子供に 一発で KO された。
 その事実に、アイツは 打ちのめされ、それ以来歯向かわなくなった 。そればかりか 怯えるよくに、なった。 その姿にマーティンたちが 調子に乗って、 しつけと称して体罰を与えていた。

 ところが、あの日その現場をシャーロットに見られた。 確かに 少々やりすぎたと思う 。マーティン達は喧嘩慣れしていないから 手加減と言う 物を知らない。 だから、私が気付いた時には ボコボコにしてしまった。

 死にかけている少年を前にして父は、 シャーロットの祖母であるスチュワート伯爵夫人からの 責任追及を恐れて 言われるがまま アイツをシャーロットに譲ってしまった。
 その事で面子を潰されたと父にひどく叱責された。 後にも先にも それが一番の大きなミスだ。 それ以来 アイツの事は、すっかり忘れていた。

ここまで成功するなど 夢にも思っていなかった。 飼い犬に手を噛まれた気分だ。
「アラン。 どうした?」
想い出にふけっていると心配して グランドが声をかけてきた。 アランは 心配ないと手を突き出して 気付かれないように 感情を殺す。
「 大丈夫だ。 何でも無い」
「 そうか」
「 話を続けてくれ」
「 問題は そのカークランドの自宅が ハッキリしない事だ。これを見てくれ」
その証拠だとグランドが、手帳を見せる。
 そこには、びっしりと沢山の住所を書かれている。

「何なんだ 。これは?」
「 それが原因だ 。全部所有している家だ。 最後の6軒は 事件の後に購入したもので、 郊外にも 数軒 持っている」
言わんとしている事が分からず 並んだ住所を見て 眉間にしわを寄せる。
 金持ちなんだから 持ち家が複数あってもおかしくない 。 投資目的とか 借金の方で手に入れたとも考えられる。
「それは分かった。 私が知りたいのは 自宅だ」 
こんなリストラでは無いと アランは、手帳を押し戻す。

「 そんな事は分かっている。だが、 ここに書いてある家全部に  使用人がいて特定が難しいんだよ」
使用人?しかも、全ての家に?
そんなの金の無駄遣いだ。
「それでも自宅は一つだろう」
 「何度 尾行しても巻かれるし、 どの家の使用人たちも口が堅いんだよ。はぁ~」
グランドが手こずっているようで、ため息をつく 。

何故?グランドが自宅を見つけられない。何故?自分が住むわけでもないのに、使用人を雇う。 
アイツの事だ。無意味なことはしない。
そして、その行動は全て シャーロットを助ける為だ。その理由は何だ?
・・・ そうか! 偽装だ。
 シャーロットの居場所を知っているのはアイツだけだ。だから、自宅を突き止められないようにして、 シャーロットを見つけさせないための時間稼ぎをしてるだ。
なるほど、そういう事か。

シャーロットに 恩義のあるアイツが、簡単に尻尾を出すはずがない。 
市井の者は情に弱いから、 どこまで忠義を尽くすか見当もつかない。
だからと言って 諦めたら、これまでの苦労が水の泡だ。何としても 探しだす。ここで 負けるなどプライドが 許さない。
「 とにかく 至急断定してくれ。 金ならいくらでも払う」

「・・・やれるだけの事はやる」
「 やれるんじゃない 。やるんだ!」
返事をするまで間がった様子からして、気乗りしないんだろうと察する。
しかし、今回の計画を思いついたのは グランドが遺言状の内容を漏らしたからだ。 でなければ、こんな事になっていない。
 それなのに 少し上手くいかなかったからと、 すぐ弱気になる。
 私が 一言 言うだけで弁護士資格だって、剥奪され、かねないのに。私の言うことが 聞けないというのか?

 「お前だって 金が欲しくて、私を引き入れたんだろう」
「・・・」
私の視線を避けるように グランドが苦悩の表情で俯く。 そんなブランドに腹が立って 脅すように返事を求める。
「違うか!」
びくりと体を強張らせて グランドが私を見る。
アランは、今更抜けようなどと虫のいい話だと、
その目は真正面から受け止める。
「・・分かった」
「頼んだぞ」
ひきつった顔でグランドが 部屋を出て行く。


ドアが 閉まってグランドの足音が聞こえなくなると アランは溜まっていた怒りを 吐き出すように調査書類を床に投げつける。
「 くそがっ!」
グランドの手前 平静を装っていたが、内心は運を味方につけた シャーロットに激しく怒っていた。
 そんな私をあざ笑うように 書類が舞い上がる。
 アランは邪魔だと書類を叩き落とす。

あの死に損ないのティアスが、極東商会の社長になっていた。 野良犬風情が私と戦う気か?
図らずも出し抜かれた結果になった。 その事実が気に入らないと立ち上がると調査表を踏みつけて床に擦り付ける。
「 くそっ、くそっ、くそっ」
 しかし、頭は冷静だった。
 どうして10年や そこらで、ここまで急成長したんだ。 おかしいだろ。 一文無しの ただの小僧だった。 頼れる大人など居なかった。

納得が いかないアランは、チャンスを与えた人物は誰だと、 その場を言ったり来たりしながら、考える。
 誰がアイツに手を差し伸べた?
何の為に?
それは何だ?
 金か、権力か?
 アイツを救って得をするのは誰だ?
 考えろ、考えるんだ。

 普通に考えればチャンスを与えられるのは貴族しかいない。 だがアイツは 貴族に嫌いだ 。
もしかして・・私を嫌いだから、貴族が嫌い?
それで折角の商売のチャンスを棒に振っているのか? 短絡的すぎる。 貴族だって色々・・。
 そこまで考えて、ハッとする。
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