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リストの3番目 * 残り10日

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アランは 探偵たちから延々と苦労話という名の報告を 辛抱強く聞いた。
しかし、シャーロットが匿われている家が同じでは 無かった。何故だ?
そう突っ込むと その家だと判断した理由も探偵たち それぞれ 違っていて どれが正解かアラン自身にも分からなかった。それで 仕方なく自分でリストを作り探偵達が、そうだという屋敷を訪ね回っている。

***

はずれ だったと屋敷から出てきたアランは、荒々しく 腹立ち紛れに馬車のドアを閉めると 馬車を出せと 御者に伝えるために前の座席を  蹴り上げる。
全く、 1日中つまらない 話を聞き続けて  手に入れたリストなのに。 役に立たなさすぎる。

そう怒っていたが、ある考えが頭に浮かぶ。
(もしかして・・・ シャーロットは 場所を転々としているのか?)
それなら探偵たちの報告が違っていたのも納得できる。
アランは、手元のリストを見る。自信の推測が正しかったら、 これは ただの紙くずになる。
(・・・)
これは あくまで私の推測だ。
ここで止めたら、 これまで行ったことも 金も時間もすべて無駄になる。

アランは、 自分の考えを頭から払うと 気持ちを切り替える。
「・・次だ。次!」
アランは、 ポケットからペンを出して リストの2番目に線を引く。

そころが 肝心の馬車が まだ動いていない。 
そのことに苛立って 怒鳴り付ける。
「さっさと次の家に行け!」
 スムーズに探せるようにリストを渡してあるのに 、全く気が利かない。

*****

アランは、勝手に 門を開けて リスト の3番目の家に入ると 家の周りの状態を確認する。
 人の気配もなく 手入れもされていない。 雑草まみれの庭を見て  この家は違うと 見切りをつけようとした時、 風に乗って どこからともなく 甘い香りが漂ってくる 。

アランは クンクンと香りを嗅ぐ。 
 女が居る。 しかも、 香水からして 裕福な女だ。
(どこかで嗅いだ事が ある匂いだ。・・何処だったかな?)
・・多分シャーロットだ。
アランは とうとう見つけたとニヤリと笑う。
( これで チェックメイトだ)

***

 家の中に足を踏み入れてみるが、 外同様に 片付いていないし 静かで生活音が 全くしない。
 (本当に、ここか?)
 部屋の中をぐるりと見渡してみる。
家出から随分 日にちが 経っているのに 私物らしいものが 何一つない。 しかし、香水の残り香がある。 ここに いたのは間違いない。
( 行き違いになったのか?)

それでも 香水の香りの後を追ってドアを次々と開けて、家の奥へと進んでいく。
追いかければ 追いかけるほど 甘かったるい香水の匂いが 私に絡みついてくる。
男を惑わす香り。悪い女だ。
 そこまでしてティアスに、 媚びているのかと思うと 反吐が出る。
(私より 使用人の方がいいと言うのか!)

 だんだんと香りが強くなってきた。 もう傍まで近づいている。
 わずかに開いているドアを見つけたアランは 忍び足で近づくとドアの裏に隠れる。 そっと覗くと 薄いピンク色のスカートが見えた 。
(見つけた!)
 ドアを大きく開けると もう二度と逃すものかと
有無を言わせず 腕を掴んで自分の方を向かせる。
「来い!」
「キャッ」
シャーロットがスカートを 踊らせて 自分の腕の中に  収まる。
柔らかく、しなやかな体に 違和感を感じる。
(んっ?こんなに背が高かったか? 胸も育ったようだ ・・。シャーロットじゃないのか?)

 掴んでいる腕から顔へと視線を動かしていくと はしばみ色の大きな瞳が 自分を見つめている。
ふと前にもこんな事があったと思い出す。
(マロニア?)
シャーロットでは 無い。
 香水の持ち主は この娘だ。 
どうりで覚えがあったわけだ。
 離してくれと言うようにマロニアの胸が 私の胸を押し返してくる。
「 はっ、離しなさいよ!」

 マロニアが私の手を振り払って 逃げるように 距離をとると 自分を守るように手を組む。
いつもと様子が違う。前は子犬のように 私にまとわりついていたのに・・。 内心 マロニアの態度が 不満だった。
その理由を問いただしたいところだが、 聞けば自分が気にしていると勘違いされる。だからと言って 見逃せない。仕方なく 次に気になることを聞いて 自分の気持ちを満たす。

「ここで、何をしている?」
「あなたこそ、 ここで何をしているの?」
質問を質問で返して来た。返事をしたくない時の典型的な方法だ。
マロニアの反抗的な態度に不愉快になる。
 どうしたと言うんだ。あの頃の素直な娘は どこへ行った。
 何か知られたくない理由でも あるのか?
自分に対して よそよそしいマロニアを見ているとなぜか傷つく。
「先に質問したのは 私だ」

「・・ 帰るわ」
 何も答えず 通り過ぎようとする マロニアの腕を掴んで 、もう一度自分の腕の中に抱く。
このまま行かせたくない。 なぜ冷たくなったのか 、やはりその理由を知りたい。
「 まだ 話は終わってない 」
「・・・」
そう言ってもマロニアは怒ったように私を睨むだけ。何が原因なのか アランは答えを探すように、はしばみ色の瞳を覗き込む。 すると花が咲くように 冷たい瞳の色が暖かく優しい色の変わってゆく。 可愛い私のはしばみ色の瞳。 その瞳を見つめながら宥めようと無意識に マロニアの背中を 摩る 。生地越しに、ぬくもりを感じる。
瞳と同じく暖かい。
「っ」
マロニアが ハッとしたように息を詰める。
アランは そこで初めて自分がしたことに 気づく。何で こんな事を? しかし、何故か 分からないが、マロニアの機嫌を直すのには これが有効だとわかる。

「はっ、 離しなさいよ」
 上ずった声で私を 突き飛ばして 逃げて行くマロニアの頬はリンゴのように赤くなっていた。 その顔にアランは 満足して、その後ろ姿を見送る。
 機嫌が直ったようだ。 そう思った自分にドキリとする。
( 何を考えてる?)
機嫌をとるならシャーロットの方なのに・・。

マロニアを見送りながら アランは震える手で髪を撫で付ける。

****

会ってしまった!
遇っては いけない人に、逢ってしまった!
話しては いけない人と、 話しかけられてしまった!見つめてはいけない人に、 見つめられてしまった!
アロニアは そんな事を考えながら 弾む足取りで馬車へと向かう。

彼に逢えた喜びに 体の芯が震える。
アロニアは立ち止まると彼がしてくれたように自分の腕で自分を抱きしめる。
 息が かかるほど間近で、 暖かさを感じるほど強く 抱きしめられてしまった。
彼の腕に収まった私は、まるで 彼のために作られたみたいに ぴったりだった。
彼に覗き込まれて 口から心臓が 飛び出てしまいそうだった。あのまま 逃げなかったら 気を失ってたかも。

思い出すだけでドキドキして、頬が熱くなる。 
このまま 時間が止まればいいのに・・。
 でも、あの金色の瞳に映るのは 私じゃない。
 逢えた時のトキメキが、時間が経つにつれて切なさに変わっていく。 

彼に私の気持ちを知られてはいけない。
 もし私が婚約者がいるのに 恋していると知られてら、 なんてモラルのない娘なんだと軽蔑される。そうなったら、もう二度とお芝居を見に来てくれない。
 今の私にとって唯一その姿を見る事が出来るのは 舞台の上からだもの。 それさえなく無くなって
しまったら・・。 いつのまにか重くなってしまった足を引きずるように 馬車に乗り込む。

*****

帰ってきたアランは 組んだ指の上に 額を乗せて ため息をつく。
「はぁ~」
探偵まで雇ったのに 未だにシャーロットを見つけ出せないでいる。 完全にシャーロットたちに翻弄されている。このままでは 式は中止だ。
 一刻も早くシャーロットを連れ戻さないと 一人で祭壇に立つことになる。
しかし、アランは正直 自分でティアスの自宅を探すことにジレンマを感じていた。 

シャーロットを探しに家を訪ねているのに 気づけばマロニアに 会えるんじゃないかと期待している自分が、どこかにいる。 
そんな矛盾する何かが自分の中に芽生えたことに戸惑っていた 。
そのくせ 会うと困惑する。
会いたいのか、会いたくないのか、自分でも分からない。 それに、自分を律する自信がない。
そんな優柔不断な自分に腹が立つ。

 いい加減 自分の気持ちに けじめをつけろ!
 そんな自分の迷いを吹っ切るために、自分の置かれている現状を積み重ねていく。
お前の婚約とは誰だ? シャーロットだ。
 結婚まで、あと何日だ? 10日だ。
いったい今まで いくらかかってると思ってる。 大金をドブに捨ててまでマロニアを選ぶ価値があるか? 
その通りだ。これは気の迷いだ。
 だいたい相手は下級貴族だ。 美人だけど、大根役者だし 自分に相応しくない。
迷う時間は、とうに過ぎている。
考えるな。考えるんじゃない。自分の人生を無駄にするな。

いくら そう言い聞かせても、また 会ってしまう。そう言う予感がする。
ああ、 どうか頼むから私の前に現れないでくれ。
 そうでないと・・そうでないと・・愛人などと言う 金食い虫を作りたくなってしまう。
 無駄なことも 愚かなことも嫌いなのに・・。
 どうしても揺れ動く自分の気持ちを持て余してしまう。
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