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エピローグ

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アランは届いたばかりのビロードの箱の蓋を開けと、マロニアの為にオーダーした婚約指輪が現れる。

 ハートシェイプカットのダイヤモンド をセンターにして 、左右に支えるように 小ぶりのマーキュリースカッとの ダイヤモンドが二つ ついている。
合計3カラットの婚約指輪。
歯が浮くほどロマンチックなデザイン。しかし、こういうのが 彼女の趣味だ。
(これも全て男爵のおかげだな)

 一月遅れで 婚約指輪を送ることにしたのは、結婚の収支決算がプラスになったからだ。
男爵に丸投げしたから、キャンセル料も新しい披露宴のお金も、ほとんど払ってくれた。

そのまま貯金しても良いのだが、折角だから指輪を買うことにした。
こうすれば、二人を同時に喜ばせる事が出来る。
それに、この指輪がラングスフォードの家から持ち出されることはない。
 いい 先行投資になったと改めて指輪を見る。
デザイン的にはマイナスだが、宝石としての価値は変わらないから、まぁ、良いだろう。

 マロニアは、すでに式を あげてしまったから もらえるとは思っていない。だから、私からのサプライズに泣くほど喜ぶだろう。アランは、それを想像して微かに口角をあげる。

コンコン。
しかし、ノックの音に真顔になると指輪を引き出しに隠す。
「入れ 」
「旦那様。奥様が」
使用人の報告にアランは、慌てて立ち上がる。

****

マロニアは、1月前と何も変わらない夫人部屋の中央に立って、ぐるりと見渡す。

前の婚約者の為に用意した部屋だからと彼に使用を止められた。
だから、今は彼と同じ部屋で同じベッドで寝起きを共にしている。
別に、それは構わないんだけど・・。

部屋の内装に鼻にしわを寄せる。 
モスグリーンの小花の壁紙。木目調の茶色の家具。お母様の部屋見たいに地味で、ちっとも楽しくない。 
清潔だけがとりえの部屋だ。
「う~ん」
 これが 夫人の部屋なの?

シャーロットの趣味は分からないけど、この部屋を見る限り 何一つ愛情を感じられない。
 二人は恋愛中だと聞いたけど・・。
実は 政略結婚?
シャーロットと面識は無いし、共通の知人に居ないから知りようが無いけど、本当のところは、どうなんだろう。
この1ヶ月、毎日。彼の顔が見て、 声が聞けて、 キスしてくれて、 デートしてるみたで浮かれてた。
あんなに泣き暮らしていた日々が 嘘だったみたいに幸せだ。

アラン以外目に入らなかったけど 改めて部屋を見ると 色々と考えてしまう。
彼は、結婚以来彼女の事は口にしない。私としては その方が嬉しいけど、 なんとなく 違和感が拭いきれない・・。

二人の婚約には 何か私の知らない裏があるのかしら? 
あの女に嫉妬したのは間違い?
アランに 騙された?
「う~ん」
聞いてみる?
今さら蒸し返すのも・・。

でも、どうして アランはシャーロットに会うために ティアスの家に来たんだろう?家探し?
それに、あの夜、シャーロットが来た気配がなかった。・・来たけれど、入れなかったから帰った?
 もしかして、彼は来ないと言ってた。「う~ん」

マロニアは答えを見つけようと腕組みして首を何度もひねる。
しかし、どれも決め手にかける。
「う~ん」
そんなことを考えていると ノックもなしにドアが開いてアランが入ってくる。 その姿にマロニアは微笑む。
「アラン!」

 問いただすのは、やめよう。
 今、彼が一番愛しているのは私なのだから。つまらぬ嫉妬で喧嘩したくない。

*****

ドアを開けると 振り向いたらマロニア
が嬉しそうに近づいてくる。
「あのね」 
それ以上喋らせないと アランは自分の指でマロニアの唇を押さえる。
 マロニアが、この部屋に居ることを考えれば言いたいことは予想がつく。 

(何を考えているのか手に取るようにわかる。本心を隠す伯爵令嬢たちとは大違いだ 。だからこそ、厄介だ)
しかし、大金をかけてリフォームしたんだ。 あと5年はこのままだ。

マロニアが驚いたように目を丸くする。
「探したよ。私の奥様」
「っ」
そう言うとパッと花が咲いたように マロニアが笑う。裏があると思わないで信じ切っている。 
 アランは、マロニアを引き寄せると 頭のてっぺんに自分の頬を押し付ける。こんな愚かしい者を守れるのは私だけだ 。

マロニアが、私の胸に頬をうずめる。
「 前から聞きたかったんだけど・・。 アランは私のどこが好きなの?」
「・・・」
マロニアが、ちょっと恥ずかしそうに 上目遣いで私を見る。 絶対に悪口が返ってくるとはないと 安心してる。だから、そんなことを素直に聞いてくる。 
「そうだなぁ~」

アランは マロニアの額、眉、鼻、 くちびると 指を滑らせながら心の中で言う。
(単純で、 お人好しで、 騙されやすく、 何とも愚かしい。だが とても)
「可愛い」 
「ふふっ」
子供のように口を隠して笑うマロニアの キラキラした目が私を見る。そのマロニアの瞳に 私が映る。そのことが一番私の自尊心をくすぐる。
 愚か者だからこそ良いのだ。
一生何も考えずに私の膝の上に座っていれば良い。

「マロニアは女優を辞めたこと 後悔していないのかい?」
 こちらから辞めてくれと言う前にマロニアの方から辞めると言い出した。
 願ってもないことだが、未練が残っていて 後で育児が一段落したから、もう一度やりたいと言い出されたら面倒だ。
私の妻は 家庭第一で考えて欲しい。

アランは、結婚して 髪を上げるようになって あらわになった美しいマロニアの首筋を見る。その細い首をマロニアが振る。
「 マリアベルが、女優は舞台を取るか、恋を取るか 選択を迫られる日が来ると言っていたの」
なるほど。それであっさりと決断したのか。
「 私は、あなたを取ったわ」
「そうだな」
「 それに・・一応脇役になれたことだし、満足かなって」
マロニアが私の前で指をふる。 成功したと言えないが、失敗したとも言えない。と言うところだろう。
才能のかけらもないと言ってたことを根に持ってるのか?

 アランは その指を掴んで止めさせると 顔を近づける。
「 では、そんな奥様に プレゼントがある」
「ありがとう。何をくれるの?」
 プレゼントと聞いてマロニアが喜ぶ。 本当に女プレゼントが好きだ。
アランはマロニアの手をとると 庭にある東屋へ連れて行く。
 せっかく、プレゼントを渡すなら贈る場所も こだわりたい。

エピローグ

アランは 食堂でレモンのスライスが出来上がるのを待ちながら朝刊を開く。
するとシャーロットとティアスの結婚の話が一般誌にデカデカと載っている。
「うっ」
 それを見て思わず吹き出しそうになる。
( なんと愚かな)
 婚約だけでなく親の反対を押し切って 結婚式まで挙げている。

 しかも、ご丁寧に 私と婚約する前から付き合っていたと書いてある。
 シャーロットの貞操を考えてのことだろうが、 そのことが最悪な結果をもたらすのに。
(可愛そうな二人)
 貴族社会というものを分かっていないと首を左右にふる。
 市井と貴族との結婚など、 妬みと反感を買うだけだ。

 これは・・ティアスの会社が倒産するかもしれない。 取引相手の多くは貴族だからな。 どこまで持ちこたえられるか見ものだな 。二人が苦労するのかと思うと笑いが止まらない。
 まあ、私としてはグッドニュースだ。 これで世間の矛先はシャーロット達に移るからマロニアへの風当たりも弱くなるだろう。

 男爵の娘が伯爵の娘から婚約者をねとった。と言う噂が巷では立っている。 その噂に心を痛めているマロニアに
今だけだけど慰めた。こればかりは、私の力ではどうにもならない。
時間だけしか解決出来ない。

「お待たせいたしました」
 使用人がそう言って薄くスライスされた レモンが乗った皿を受けとる。
使用人に部屋まで運ばせてもいいのだが、二人きりの世界に部外者が入ってくるようで 気分が良くない。それで毎朝早起きしている。

 早くこんな生活から解放されたいと思いながら、レモンを口に放り込む。
しかし、そのすっばさに顔をしかめる。




つわりで苦しむマロニア様のために
アラン様自らレモンを届ける姿に 使用人全員が微笑ましく見送る。

旦那様の性格からして 下級貴族と結婚すると言った時には 天地がひっくり返るほど驚いた。 何か弱みでも握られたのかと 戦々恐々としていたが、ずっとマロニア様をはべらせたり、マロニア様の 膝枕でうたた寝したり、 早々に寝室に向かわれる姿に 本気でマロニア
様を慕っていると理解した。

悪魔のような旦那様が 天使を娶って以来 すっかり丸くなられた。もちろんミスには容赦ないが 、八つ当たりされることも減った。 
 我々の事を使用人と言い出した時には みんなが驚いたものだ。
それほど、旦那様を変えたマロニア様に使用人全員が敬服する。
 
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