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七日目・論破してやる

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 開けてはいけない箱に入っていた物の怪に、一方的にダメ出しされることに 我慢ならなくなった春花は、竹簡を二
つ重石として乗せて黙らせた。
これに懲りて ちょっかいをかけて来ないだろうと 思ったのに……。

七日目

 仕事部屋に足を踏み入れた途端 のっぺりが声をかけてきた。
『 おはよう。 今日もいい天気だな』
「 ……… 」
朝も早くから何が楽しいのか 上機嫌だ。無視したのに のっぺりは まるで 昨日のことが無かったように気にしてない。その事がなんとなく 腹立たしい。どこまで図太いんだ。
( これは 一筋縄ではいかないかも)

書棚の下を見ると 昨日同様竹簡が落ちている。しかし、春花は一瞥しただけで そのまま仕事に取り掛かる。また竹簡をのせても無駄だ。自力で落とせるとしてるところを見ると 大人しくさせられても 長くは続かないだろう。
それでは、イタチ ごっこで 終わりそうだ。 そう言う事なら 無駄な労力を使わない。そう割り切る。

『ねぇ、ねぇ。どうして この箱を開けないの?』
「 ……… 」
勝手に出入りできるのに 今更出して欲しいという意味がわからない。
『 普通気になるよね。何が入ってるのかなって』
「 ……… 」
 気はなる。でも、それほどじゃない。 すでに姿を見たし、名前などを知りたくない。と言うか今すぐ黙れ!
こっちは仕事中だ。

『開けなよ。開けちゃいなよ』
「 ……… 」
人が、せっせと働いているのに のっぺりのヤツやったらと話し掛けてくる。しかし、どこまで馬鹿なの?ちょっと考えれば自分が相手にされないと分かるのに。のっぺりの考えることは 理解できないと首を振る。
『香玉が言ってだろう、「 開けちゃダメ」って。ということは開けろったことでしょ。 フラグだよ。フラグ。 そうするのが普通だよ 。それなりに、どうして開けないの?ノリ悪すぎでしょ」
「 ……… 」

全く、人が黙っていれば好き勝手言ってくれる。何がプラグた。
何がノリが悪いだ。お前に私の何がわかる。のっぺりを 無視すると決めたけど、このまま言われっぱなしは性に合わない 。こうなったら、コテンパンに論破するしかない。そうすれば 私にその気がない と分かるだろう。
『 蓋を開ければ、めくるめくる冒険の旅が待ってるかもしれないよ。仙人になったり、英雄 になったりするかもよ』

 言うにことかいて そんな事?
まるで三文小説の設定だ。
想像力のなさが伺える。
「 私は、今の人生が気に入っています。トラブルに巻き込まれると分かってて 誰が好き好んで 痛い思いや辛い目に会いたいと思うの」
馬鹿も休み休み言えと 冷めた視線を送ると、のっぺりが身を乗り出して 私を見つめる。私が返事をしたことが嬉しいらしい。
そんな、のっぺりを見て鼻で笑う。 嬉しがってられるのも今のうちだ。

「私は平凡な人間です。世界平和も魔王退治もする気はありません」
いくら甘い言葉で誘っても、その手には乗らない。
旦那様が言っていた。この世にうまい話はないと。コイツだって、思惑があるから 私を唆そうとしてるんだ。
『でも、一生楽に暮らせるぐらい がっぽがっぽ お金が手に入るかもしれないんだよ。この箱の中には夢と希望が詰まってるんだ』
何が夢や希望だ。詰まってるような嘘と軽薄だ。

 そもそも、のっぺりの言うとおり そんな力がある箱なら 誰も私に預けなきで大事に抱えているはずだ。んっ?
ちょっと待って! 
確か香玉が、借金の方にもらったと言っていた。のっぺりの話が本当なら 前の持ち主は金持ちになってないとおかしいじゃない。 
こりゃ完全に嘘だ。

「 贅沢はしません。三度の飯と寝床があって 絵がかければいいんです」
『えー!!』
 信じられないとのっぺりが声を上げる。楽して稼ごうと一攫千金を求める人間もいる。だが、その人の末路はどうだ。 賭博にはまる人間と 一緒だ。夢ばかり見て一文無し。酷ければ 借金まみれだ。
そんなの愚か者のすることだ。

 身寄りのない私が仕事をもらって、ご飯が食べられるだけでありがたい。これ以上望むことはない。この世には身分不相応という言葉がある。ふと その言葉に父に言われたこと思い出した。
 香玉と仲良くなるのを心配した父が、帰って来るたび私に言った。
「お前は私の娘、劉の家の娘ではないんだよ」だから身の程をわきまえるように。私だって馬鹿じゃない 。住む世界が違うのは会ったその日にわかった。

「女の子でしょ。きれいな衣とか 宝石とか入らないの?』
「いりません。 身の丈以上のものは持たない主義です」
 身につけて行く場所もないし、 好きな男の一人もいないんだから 着飾っても意味がない。追い剥ぎに合うか、箪笥の肥やしになるかの、どちらからだ。

『だったら、復習は?』
「復讐?」
これはまた物騒な話を持ち出してきた。
『 そうだ。貧乏そうだし、恨みの一つや二つはあるだろう』
 まるで貧乏人は全員 不当な扱いを受けていると 決めつけているようだ。そんな、のっぺりの考えに呆れる。貧乏人だって幸せな人は大勢いる。私もその一人だ。

 春花は自分の身なりを改めて見る。確かに裕福とは言えない。だけど、清潔だし、繕ったも無い。
まったく人を見た目で判断するのなど、偏見甚だしい。いくら話しても知性の欠片も感じない。
「両親は死んでいますが、普通に病死です。真面目に生きてきた貧乏な親を
殺して何になるんです」
『 本当に?病死かな?もしかしたら毒殺かも。それとも……。呪いかも』
 疑わしいと煽ってくるのっぴりに、イラつく。殴れることなら、殴りたい。

「別にいいです。復讐する気はさらさらありません。これも定めたと諦めます」
生き返るわけでもないのに、ばかばかしい。しつこく言って来るけど、どうせ口先だけだ。
『それでいいのかな?草葉の陰で敵をうってくれとは泣いてるかも』
 かも、かも、うるさい。 ここはひとつ話し終わらせるためにも脅かそう。春花は 筆を止めると ひたと、のっぺりを見据えて冷たく言い放つ。
「あなたが犯人なら、箱ごと燃やします」
『なっ、ちっ、違う。違う。僕にそんな力はない』

 慌てて、のっぺりが首?顔?体?とにかくフルフルと体ごと動かす。
「大して力が、無いのなら、おとなしく していてください」
『うっ、……うん』
のっぺりが体が少しだけ曲がる。
あれって頷いてるの?   
『 ……… 』
「 ……… 」
 何も言わなくなったとこを見ると ネタ切れらしい。ふん。言い負かしてやった。これで静かになる。

『 じゃあ、結構は? 結婚したいでしょ。 この部屋からでないと見つけられないよ』
「 ……… 」
そう思ったのに、すぐにまた話しかけてくる。 うんざりだ。箱を開けるという話が、いつのまにか 部屋を出る話にすり替わっている。このまま相手をしていたら いつまでたっても話が終わらない。春花は論破するのは諦めた。もともとの話が下らないんだから、論破するなど無理なんだ。

『仕事ばっかしてないで、出かけろよ。外はいいぜ』
自分こそ、箱に入ってるくせに。のっぺりが戯言ばかり言い続ける。やはり、こういう輩には口より力だ。
『綺麗な景色に美味しいご飯に うまい酒。そして、美女。 最高だね』
「はい。はい。続きは夢の中で見なさい」
『えっ?』
「 はい。おやすみ」
 春花は、のっぺりが一晩かけて落とした竹簡を乗せる。
(さあ、仕事、仕事)



 夕食を食べに行こうと部屋を出るだになって、のっぺりをどう対処したものかと考える。 朝、竹簡を乗せてからずっと静かにしている。自分で落とせるのに、そのままだ。
( ……… )
軽口ばかり言ってたのに、改心したんだろうか? 私の経験上、おしゃべりの人は ずっとおしゃべりなんだけど……。信用して竹簡を取り除いていいんだろうか?
でも……。おとなしくしているところを見ると反省したんだろう。 
そう思って竹間を二つともつかんだ。 

『隙あり!』
すると、のっぺりの叫び声と同時に箱の蓋がぐんと浮く。
「なっ」
 蓋と入れ物の隙間から、のっぺりが飛び出してくる。 しかし、縛ってある紐でつかえてそれ以上開かない。 行き場を失った力が、そのまま箱に伝わり、 スローモーションのように目の前で箱が傾く。 落ちる! 思わず竹簡を捨てて助けようと手を伸ばしたが、その前に ガッターン。 棚から派手な音を立てて、のっぺりが箱と転がり落ちた。
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