身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
7 / 59

家移

しおりを挟む
人間のアルと結婚してしまったフィアナは、ビビアンが来るまでは 花嫁として過ごすと決めた。
この機会に人間の世界のことを知りたい。

馬車のスピードがゆっくりになった。アイアンゲートが重い音を立てて開かれる。到着したらしい。
どんな家かと、窓ガラスに手をついて外を見る。
「 うわぁ~」
レンガ積みの壁に、露出している柱や筋交い。それに高い煙突。チューダー様式の家。
(だったら、中庭もあるかも)
教会の周りにも貴族の家があるけれど、この家はとても素敵。静かで暖かい風が屋敷を包んでいる。
(きっとアルの性格が表れているのね)
確かめるようにアルを見ると、アルも私を見ていた。
「着いたよ」
ドアが開いてアルが先に降りると、私に向かって手を差し出す。

その手に自分の手を乗せて歩き出した。しかし、痛みに歩みが止まる。
少し歩いただけで足が痛い。
「痛っ」
原因は靴だ。 
靴など妖精の私には無縁の物だ。靴など履いたことが無かったけど。こんなに痛い物だったとは……。よく人間は平気で履けるものだ。
そうは思っても、今の私の人間。
靴を脱いで歩いたら変に思われる。
(ううっ…… あとどれぐらい歩くんだろう……)
怪しまれないためにも、我慢するしかない。アルと歩調を合わせて歩こうとしても、痛みに足がひょこっとなる。
ちょこちょこと、歩幅を小さくても痛い。かといって、歩幅を大きくして歩いても痛い。
それでも頑張ったが、 ついていけず手を離す。
無理。痛くてたまらない。だけど置き去りにされたら困る。
ビビアンが来るまではアルのところに居ないと、すれ違いになってしまう。
追いかけようとする前に、アルがクルリと振り返ると戻って来た。

その視線が私の足元へ行く。
足を引きずっているのをアルに見かってしまった。いつも靴を履いているのに、今日に限って痛いなんて、おかしいと思われる。フィアナは平気な振りをしようと、こちらに向かって来るアルを止めるように手を突き出す
「アッ、アル。だっ、大丈夫だから」
それでも向かってくる。歩けることを証明しようとしたが、いきなり抱き上げられてビックリした。
「あっ、ちょっと」
「良いから」
「 ……… 」
迷惑をかけたくない。そう思いながらも、内心もう歩かなくていいのかとホッとして甘える事にした。
しかし、玄関の扉は閉まったままだ。扉を開けるなら 一旦下りようともぞもぞすると、アルが下ろさないと言うように抱き直す。
(えっ?)
両手がふさがってるのに、どうやって扉を開けるの?そう思っていると扉が勝手に内側から開く。
(魔法みたい)

そう思ったが、扉の内側に人が居た。
中から開けたんだ。階段に向かってズラリと両側に三十人くらいの人間が並んでいるのが見える。また 何か投げられるのかと、アルの首に手を回して見構えた。しかし、並んでいる人間たちが
「ご結婚おめでとう御座います」
と口をそろえて言って頭を下げた。
見知らぬ人からお祝いの言葉を言われて、目をぱちくりする。
しかし、アルは驚くでもなく鷹揚に頷くだけで通り過ぎる。
この人たちは、同じような服を着ているから使用人らしいけど……私も無視して良いの?
何も言わないのは申し訳なくて微かに会釈する。すると、使用人達のオーラがオレンジ色一色になる。
(  ?  )
よく分からないが喜んでくれて良かった。

そんな事を考えているうちに部屋の中に入っていた。初めて入る人間の部屋。外から見たのと変わらない。
部屋に入って最初に感じたのは、その匂いだ。フィアナはクンクンと匂いを嗅ぐ。洗濯物の匂いと家具を磨き上げるワックスの匂い。清潔な匂いだ。
アルが部屋の中央にあるベッドにそっと私を降ろす。
(座り心地か良い)
葉っぱや花みたいに不安定でも無い。
感心していると、アルが跪いて靴を脱がす。
(やっぱり原因が、気付いてたんだ)
靴を脱いでも痛みは治まらない。それでも、解放感に息を吐いた。
「ふーっ」
私の足首を見たアルが顔をしかめる。つられて自分も見ると踵の上が赤くなっている。それを見て自分も顔をしかめる。血は出てないけど痛い。もう二度と履きたく無い。
「赤くなっているな。……ちょっと待っていて」
アルが、そう言うと部屋を出て行ってしまった。一人になったフィアナはキョロキョロと辺りを見渡した。

連れて来られた部屋は広く。壁は腰のあたりまでは板でその上の部分は蔦の絵の壁紙が貼られている。チェストに鏡台、ローテーブルなどが置いてあって温かい印象を与える居心地の良い場所になっていた。
見て回りたいけど、足が痛い。仕方なくアルが来るのを 待つことにした。
フィアナは足をぶらぶらさせながら、
なんとはなしにベッドを撫でなると、布団に手が触れる。
(柔らかい。人間はこんないいもので寝ているのね。羨ましい)
自分がいつも寝ている木の幹とは大違い。その柔らかさに、如何に自分が酷い場所で寝ていたのかと思うと悲しくなる。
しかも、四方が囲まれているから雨が降っても雪が降っても平気だ。
住むには完璧な場所だ。

天気の酷い日は教会に身を寄せていたけど、石造りだから、寝心地が悪かった。
(このままベッドで寝る日が続いたら戻れなくなるかも)
今夜このベッドで寝れるのかと思うと楽しみだ。 枕をつかんで 匂いを嗅いでいると、アルが桶とタオルを持って戻って来た。
「この中に足を入れて、痛みが和らぐから」
言われるがまま持って来てくれた水の入った桶に足を浸す。アルの言う通り
水の冷たさが痛みを和らげてくれる。
「ふぅ~」
気持ち良いと目を閉じていたが、何かが、擦れる音に目を開けるとアルが私の靴の踵の所に石鹸を擦り付ける。
「何しているんですか?」
「知らないのか? こうすると」
ドン。ドン。ドン。ドン。
しかし、荒々しいノックの音が、
アルの言葉を遮る。

誰か来た。しかも、ノックの感じこら怒っているのがオーラを見なくても伝わって来る。
アルが渋い顔をして立ち上がった。
「済まない。ちょっと出て来る。フィアナはゆっくり休んでれば良いから」
「アル?」
どうしたのかと声を掛けようとすると、アルが大丈夫と言う様に片手を軽く振って部屋を出て行った。
だけど、フィアナはアルが眉間に皺をよせ、真一文字の口をしている事を
見逃さなかった。きっと嫌な事が待っているのね。

*****

「いったい、どうなっているのよ! 」
ビビアンは大声で文句を言いながら、椅子替わりにしている垣根の葉っぱを叩いて八つ当たりする。

二人を追いかけてから、もうずいぶん経つのに、未だにアルフォンの家にたどり着かない。
教会からアルフォンの家まで馬車ですぐの距離なのに、日が傾き始めた。
(一秒で早く彼女に会わないといけないのに)
そう思って羽を必死に動かしているのに、気ばかり焦ってノロノロとしか進まない。
中々進まないのは、この小さな体が原因だと言う事は分かっている。

飛ぶのが遅いならと、思い切って歩いてみたが裸足なので足が痛い。
しかも、逆方向の馬車が調通り過ぎる風で押しもどされる。それならばと、同じ方向の馬車を探してしがみ付いたが、馬車のスピードに耐えられなくて手が外れた。いずれも失敗に終わった。その上、白い猫に追い掛け回された。そのせいで、 道がわからなくなって、結局、教会に一度戻る羽目になってしまった。
散々な目に会っている。
絵本で見る妖精は素敵だ。可愛くて魔法が使えたりする。だけど、現実の妖精は小さい、非力、飛ぶのが遅い。妖精がこれ程不便な生き物だとは予想外だ。魔法が使えない。と言うより、どうやって使うのか分からない。
元人間だし、妖精になって1日目だから、何も知らない。
ちっとも良い事が無い。
( ……… )

アルフォンとの結婚を阻止しようとしたのに、彼女は結婚してしまった。
『私の身代わりになる必要は無い』
と、言おうとしたけれど、周りの者に突き飛ばされたり(早い身振りの風圧)、行く手を遮られたり(移動しただけ)、目隠しされたり(花びらが顔に張り付いただけ)、撃ち落とされたり(米がぶつかっただけ)と度重なる妨害に遭い、全然近づけなかった。せめてもの救いは最後に彼女と目が合った事だ。
早くしないと夜になる。

アルフォンは、本気であの娘と結婚
する気なの?
しおりを挟む

処理中です...