身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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遭逢

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「奥様、出来上がりました」
ロージーの声に目を開けると、鏡の中に見知らぬ美しい娘が 深緑の瞳を見開いて私を見ていた。
髪は結い上げられ両サイドに 大きさの違う宝石でできた髪飾り。白い肌は透き通り、頬は桜色に染まり、唇はバラのつぼみのよう。
「凄い。これが私?」
「 そうです」
「ロージーは魔法使いね」
とても自分とは思えない。一体何をすれば、こんなに綺麗になるんだろう? 不思議だと鏡を見つめる。

「奥様、旦那様がお待ちです」
そうだった。今夜は私の社交界デビュー 。スッと立ち上がるとサラリとドレスが揺れる。デコルテがたっぷりと開いていて、華奢な首と肩を引き立てている。光沢のあるシルクで作られて 宝石をちりばめたみたいに 光を反射している。
「ええ、 行きましょう」
艶やかな笑みを浮かべるとロージーの手を借りて部屋を出る。

アルと結婚したことで、何通ものパーティーやお茶会の招待状が届いた。
見も知らぬ相手を招待する事に驚く。 山と積まれた手紙の数に目を丸くしていると、それが普通だと教えられた。みんなが私と仲良くなりたいので送ってきている。 そう言われても……。
家の者以外の人間に会うことに、一抹の不安があった。
妖精の常識が人間界では非常識かもしれないからだ。その後、ビビアンのスパルタ教育でダンスや 貴族社会の細かいルールを勉強した。覚えたら披露したいという気持ちになった。
(ビビアンに 及第点をもらったことで自信もついたことだし)
それに 途中で他の妖精に会えたら妖精王の情報収集が出来る。
そんな期待もある。



階段の所まで行くとロージーが下の階で待っているアルに声を掛けた。
「お待たせしました」
その声に私を待っていたアルがクルリと振り返る。フィアナは正装したアルの姿にドキリとする。 いつもと違ってなんだか落ち着かない。
アルが息を飲んで私を見ている。
(恥ずかしいけど、もっと見つめて欲しい)
そんな気持ちになる。

階段を降りて行く途中でアルが 何かに急かされたように階段を駆け上って来て、私の手を取ると手袋の上からキスしてきた。
「綺麗だよ」
「ありがとう」
アルの熱を帯びた声音にフィアナは頬を染める。その一言で 何時間もかけて
ドレスを着たかいがある。


ウィリアムズ邸に向かう馬車の中で、生まれて初めて夜の街を楽しんでいた。夜間の外出は駄目だと言われていたから、こんな風に出歩いていると悪い事をしているみたいでドキドキする。 夜は真っ暗なだけかと思っていたが、いたるところから明かりが漏れていて 歩いてる人も多い。
( 人間は夜も働いているのかな?)
そんなことを考えているとアルが謝る。
「フィアナすまない。このパーティーはどうしても出席しないといけないんだ」
出発してから頻りに言ってくる。
( これで何回目だろう)
フィアナも 同じ言葉を繰り返す。
「かまわないわ。アルと結婚したんだもの。それに一度出席して見たかったの」
人間の夜のパーティーを一度も見た事が無い。ロージーのの話ではデイドレスと違って、豪華なドレスを着て来るらしい。だから、楽しみだ。
みんな、どんなドレスを着て来るのかな?

仕立て屋が見せてくれたデザイン画を
思い出す。 どれも素敵で一つに決めるのに随分悩んだ。
頭の中はドレスの事でいっぱいだ。

***

楽しそうにしているフィアナを 見ていると罪悪感にも似た感情がこみ上げる。 パーティーなど華やかなのは見た目だけで、中身はいろんな人間の思惑が交差する汚い場所だ。妖精のフィアナに 見せるにはまだ早い。 徐々に人間に慣らそうと考えていたが、しがらみと言うものがある。今回出席すれば当分は欠席しても差し支えないだろう。 期待を裏切る形にならなければいいが……。

「……君が思うほど良いものじゃないんだけど……」
「ん? 何か言った」
ボソリと呟くと、フィアナが 聞き返してきた。とっさのことに言い訳が思いつかなかったが、丁度馬車が停まる。
内心ホッとする。楽しみにしているのに 水を差す事は言いたくない。
「さあ、行こう」
アルフォンは馬車を降りてフィアナに手を差し出す。

*****

パーティーは予想とは違い居心地が良い場所では無かった。
アルと腕を組んで サム・ウィリアムズに挨拶した時がピークだった。
会場は、お酒と香水と煙草の匂いにまみれだし、楽しみにしていたドレスは
アクセサリーがメインらしくて、がっかりした。地味な色ばかり。ドレスも最近流行だというデザインばかりだ。
( 同じデザインのドレスを着て何が楽しいんだろう?)
ちっとも楽しくない。
そうそう興味を失ってしまったが、直ぐには帰れない。

色んな人が結婚のお祝いの言葉と一緒に好奇な視線を私に向けて来る。
それも仕方ない。
式の途中で花嫁を替えたんだもの当たり前だ。黄色のオーラの人はまだいいが、負のオーラの人は おも苦しいくて苦手だ。 中には あからさまに嫌な態度で話しかけてくる人も居たが、そんな時はアルが隣にいて守ってくれていた。オーラが見える能力は役に立つが、これだけ人間が多いと見えすぎて頭が痛くなる。 

だけど、アルに頼まれたんだもの最後まで頑張らないと。
アルの隣で笑顔を絶やさずにいたが、
仕事の話になりアルが居なくなってしまった。一人になるのは心細いけど、この場所から離れられるのは嬉しい。ビビアンのアドバイス通りテラスに行って一息ついた。
喧騒から離れて静かな夜風に当たっていると気持ちが解放される。 月が綺麗だと、ぼんやり夜空を見上げていたが、 庭の池に同じように月が写っているのに気づいた。 そっちも綺麗そう。 

近くで見よう。そう思ってテラスを出て池に向かう。
しかし、建物を出た途端、誰かに腕を強引に掴まれた。
「ちょいと、顔、貸しな」
「!」
驚いて相手を見ると見知らぬ女だった。年のころは二十代半ば、着古した紺色のドレスを着ている。招待客とは全然違う服装だ。給仕の者たちとも違う。この人は誰? 嫌なオーラを出している。
ついて行っちゃ駄目な人だ。

腕を振りほどこうとするが、そんな事などお構いなしに引きずる。
「痛いわ。放して!」
声を荒げても、こちらを見ようともしない。抵抗すれば、するほど 腕を掴む力が強くなる。 痛みに顔をしかめる。 でも、怯んじゃだめだ。
こんな乱暴な人なんだから、私に会いたがってる人は、もっと乱暴な人に違いない。
何処まで行くの気なの? 何の目的で私を連れて行こうとしてるの?

途中、柱や木にしがみ付いて抵抗を試みたが力の前に手も足も出ない。こんな時、飛ぶ力があれば逃げられるのに……。
なすすべもなくついて行くと中庭にある噴水の場所まで着いた。
嫌な予感にキュッと心臓が縮みあがる。屋敷を出てはいないけど、パーティー会場からは離れている。
助けを呼ぼうにも、ここからでは大声を出しても聞こえない。


私を連れて来た女が突き飛ばすように腕を放す。その勢いのまま、その場に座り込む。フィアナは痛む腕を擦りながら、どうしてこんな乱暴な事をするんだと言いかけて声が消える。
「いった……」
何時の間にか女たちに見下ろす形で、ぐるりと囲まれていた。
四人の女が、ネズミを見る猫のようにゾッとする笑みを浮かべている。
完全に女たちが醸し出す雰囲気に飲み込まれた。自分がピンチだと言う事以外何も分からない。

フィアナはオロオロしながら、女たちを見上げて唾を飲み込む。会った事も、見たことも無い女達だ。それでもその女達が自分の敵だと言う事はオーラで分かる。女たちの悪意に満ちた視線に自分を守るように背中を丸める。
「あんたが、アルフォンの新しい女なのか?」
女たちの背後から別の女の声が聞こえた。リーダーらしく女たちが場所を譲る。 出てきた女は、他の女たちと年のころは同じだが、着ているドレスも、態度も堂々としている。

会場から漏れる明かりに照らされて、女の顔が露わになった。 黒髪で茶色い目。 仲間を引き連れている。
ベスだ!
ドクドクと心臓が五月蝿くなる。
ビビアンから会ったら逃げろと忠告されていた人だ。 赤黒いをローラが、燃えているように全身から出ている。
常に怒りを抱えている人だ。
周りの女達のオーラの色が、期待を意味するオレンジ色に変わる。
私が酷い目に会うのが楽しみなんだ。 逃げなきゃ。 生存本能で立ち上がろうとしたが、 仲間の女に肩を押さえつけられる。
「 逃がさないよ」
仲間の女の言葉に、全身から血の気が引く。
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