身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

文字の大きさ
上 下
53 / 59

愛惜

しおりを挟む
 フィアナは、自分が この世界から消えるとき、少しでも皆が幸せになってほしいと願っていた。こんな気持ち、妖精の時は知らなかった。あの頃、大切なのはお母さんだけだった。でも、人間になって、結婚して、沢山の人と出会い、大切な人も増えた。一番幸せになって欲しいのはアルだ。
だからこそ、私との出会いが 不幸ではなく、幸せだったと思ってほしい。そして、明日へと歩んで欲しい。その為には私の遺言を伝えておきたい。
「私が死んだら……」
「この話は終わりだ!」
アルが 私の言葉を厳しい声で遮る。
「アル……」
それでも話しかけようとした。すると、強引に終わらせようと 乱暴にカップを置いて席を立った。
アルの性格からして素直に受け入れることも、その場しのぎの嘘を言ってごまかす事も出来ない。
不器用な人だ。だからこそ、ここで引き下がる訳には行かない。
「お願い。最後まで聞いて。これはアルのためなのよ」
部屋を出て行こうとするのアルを引き止める。部屋を出たからといって、逃げられる問題じゃない。(アルだって分かっ
 ているのに……)
「私のためを思うなら、何も言わないでくれ」
背を向けたまま、こちらを見ようともしない。考えたくないことなのだろう。私だってそうだ。

 フィアナは悲しみを深呼吸して飲み込む。私まだで、感情的になっては駄目だ。現実的なことを話そう。
「跡継ぎが欲しいと言っていたでしょ」
「気が変わった。養子をもらう」
にべもなく即答する。本人はそうでも、周りがそれを許さないだろう。まだ若いから再婚を勧められる。貴族にとって跡継ぎの問題は重要だ。使用人たちも私が妊娠することを期待している。話題が上がるたび、申し訳ない気持ちになった。それだけ使用人たちは 赤ちゃんを望んでいる。
「アル、私の事は良いの。だなら」
「それ以上言うな!」
私を怒鳴りつけるアルの声音には余りにも痛みが混じっている。
(ごめんなさい……)
私の寿命長かったら、こんな思いをさせないのに……。そのことが悔しい。だけど、私にはどうにもならない。だから 私の代わりに、アルを幸せにしてくることを 他の人に託したい 。その人と幸せになってほしい。
だって、私が死んだ後もアルは五十年以上生きなくてはならない。そんな長い時間を 思い出だけで暮らすなんて可哀想だ。
アルにはベッドを温めて、傷に寄り添ってくれる人が必要だ。

 約束させないと、そうなってしまう。フィアナは 逃げないでとアルの腕に縋りつく。
「アルに幸せになって欲しいの。だから、私の事は忘れて」
「忘れるなんて無理だ。いいや、絶対忘れない。フィアナに いくら言われても忘れない。ここに一生刻み込む!」
私の手を振りほどくと、アルが自分の胸を叩いて叫ぶ。
私を睨みつけるアルの瞳からは、はっきりとした拒否を感じる。 
そこまで私のこと思ってくれているのかと思うと嬉しくなる。 だけど、嬉しくなる自分の気持ちを抑え込む。
 (アルだけを考えて、アルの未来を守るのよ)
アルの両腕をギュッとつかんで首を振る。
「わっ、私は忘れて欲しいの」
すると、急にアルの顔に笑みが浮かぶ。
「嘘つきだな……。ならどうして泣いている」
「えっ?」
「泣いてしまうほど、辛いことなのに。何故自分を追い込む。そんなこと言う必要はないよ」
フィアナはアルに言われて、初めて自分が泣いている事に気付いた。涙のついた まつ毛が視界をぼやかす。
(泣いては駄目。笑顔にならないと)
追い払うように瞬きしても、目が熱くなる。本心を隠したつもりだったのに、勝手に涙が溢れる。
アルが私の肩を掴むと覗き込むように思いを伝えてくる。
「無理して言わなくていい。今、目の前で泣いているフィアナが大好きなんだ。その先の事など考えられない」
「アル。だって、だって……」
私だって辛い。だけど、ここで甘えてしまって、私が消えた後 アル
が立ち直れなかったらと 思うと従えない。
「私は、私は、私は……」
だけど、その次の言葉が続けられなかった。自分の口から消えるとは言えない。言ってしまったら 別れを直視しなくてはいけなくなる『もう』じゃなくて、『まだ』で生きていたい。
「だったら、死ぬな。私を幸せにしたいなら死ぬな!」
そう言うと罰のようにアルに激しく唇を奪われる。フィアナは それは拒めない。心の奥底では アルを一生独占したいから。その気持ちがくすぶって、手離せない。
想いが深くなればなるほど、どろどろした気持ちが溜まり。
誰にも渡したくない気持ちでいっぱいになる。嫉妬は悪い事では無いとアルが言うけど……。
こんなに心がアルでいっぱいなら、死んでからも嫉妬で苦しみそうだ。


 アルが唇を放すと私の額に自分の額を押し付ける。
「馬鹿だな~。自分が大変な時に私の心配などしないで、我儘を言えばいいのに」
「 ……… 」
我儘ならいくらでも言いたい。
あなたは私に甘いから、私の我儘を叶えてしまうと分かっているから言えない。
それに、私の本当の我慢は、言っはいけない。呪いの言葉だから、胸にしまって誰にも知られないように鍵をかけよう。
だって、あなたが私を分かる様に、私もあなたが分かるから……。
「どうして、私を嫌いにならないの?」 
私の全てをあっさりと受け入れてしまうアルの寛容さには 困ってしまう。嫌いなってくれた方が、私だって楽だ。こんな哀しみしか与えられない女のどこが良いのか分からない。
アルが微笑みなから、私の頬を指の背で撫でる。
「存在自体が 私を幸せにしてくれるのに どうして嫌いになるんだい」
「っ」
あまりにも馬鹿げた言葉に小さく首を振る。その言い方では、そのうちお茶を飲んだだけでも喜びそうだ。
「私は真剣に聞いているの!」
「私だって、真剣に答えている」
「 ……… 」
どうしても、この話題を避けたいらしい。だから、煙にまこうとしている。まったく、どうしたものかと考えていると、頭上からアルの言葉が降ってくる。
「どんな結末を迎えても、一生君を愛する」
その告白にハッとして、見上げるとアルが笑っている。
三日月の形をしているアルの瞳を、見てフィアナは心の中でため息をつく。
(この頑固者!)
自分の意思を曲げないんだから。今回私が折れてあげる。だけど、次は絶対勝つんだから。

 アルの弧を描いた唇にフィアナは背伸びして口づけする。すると、アルが返して来た。私がまた返す。繰り返される口づけの中 フィアナは何度も囁き続ける。心を込めて。
『one‘s beloved parther(最愛の人)』
私は忘れない。 
天使の梯子のグレーの瞳。怒った時は氷の様に冷たく、嬉しいきは金色の虹彩が煌く。夜の闇のように黒くて柔らかい髪。身体から立ちのぼる男らしいムスク香り。
そして、その瞳に私が映る笑顔。

 私を本物の人間として 花嫁にしてくれた人。出会って一年にも満たないほど短い。けれど、一生分の思い出が詰まっている。
最初は妖精で恋に堕ち、最後は人として愛した人。愛しい、恋しい、人間の感情は複雑で疲れる事もあるけれど、その中で知る喜びと悲しみ。後悔は無い。出逢えたことは運命。私はアルを愛するために人間になったんだから。
腕を回してアルを抱きしめると、心臓の音を聞こうと耳を、押し付ける。その規則正しい音を聞いていると落ち着く。

*****

 ビビアンは、帰りの馬車の中でぼーっと外を眺めていた。
(疲れた……)
結局、あの後 更に2回同じ話を聞いてやっと解放された。計4回も。老夫人以上に 詳しくなってる気がする。

 無事羽を奪いかえせていたようで、レイの機嫌が良い。全て私のおかげだ。凝り固まった首を動かしながられ、話しかけた。
「それで、 羽ってどこにあったの?」
「金庫の中に入ってた」
「金庫?」
どうやって開けたの? まさか泥棒の才能を持ち合わせていたの?
驚いて聞き返すと、レイが片眉を上げる。

しおりを挟む

処理中です...