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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌
7 新緑のブレスレット ⑤
しおりを挟むお届けものって。ここ、何気なく選んだ、なんの所縁もない宿屋なんですけど。どうやってここに泊まっているって知ったの?それに探し当てたんだとしても、こんな時間に直接部屋まで来ないでしょう!?
コケた勢いで、危うく壁に頭を打ち付けそうになったのを、持ち前の運動神経で回避し、改めて扉の向こうにいるであろう、宅配屋さん(?)と対峙する。
「あのう。失礼ですが、部屋をお間違えじゃありませんか?」
「え?ここって、王子なアルヴィン君のお部屋じゃないの!?」
「いえ、その通りです…」
見えないけど、扉一枚隔てた先で、宅配屋さんがオーバーリアクションとってる気がする。
僕がこの街にいるのを知り、なおかつ僕の正体を知っているってことは、城でも神殿でも限られた極一部のみ。声からして若い女性みたいだけど、該当する人物は…、ダメだ、思いつかない。
「ああ、よかった。なら、早く開けて開けて。開けてくれなきゃ、イタズラするぞ☆」
「………」
どうしよう。凄く、開けたくない。
…そうだ、回避ルート。どなたかお客様の中に、回避ルートをご存知のお客様はいらっしゃいませんかー!!(風邪熱のせいで、混乱が当社比一.五倍になっております)
「アルヴィン君ー?」
「あ、あのっ。僕今、風邪ひいちゃってて。移したら悪いんで、荷物は扉の前に置いててください」
よっし。咄嗟にしては上出来な断り文句だぞ、自分。病人相手なら向こうもおとなしく引き下がるだろう。内心ガッツポーズをかますが、敵は自分の予想の遥か斜め上を反応な示す。
「え?風邪!?上気した頬と潤んだ瞳で荒い息!?開けて、是非とも開けてー!!」
なんか知らんが、食い付きました。
… 何、この人。新手のホラーなキャラですか?やめてっ、ドアノブをガチャガチャするのやめてーー!!
結局、精神力をゴリゴリ削られた僕は扉を開けてしまいました。
「お邪魔しまーす」
そして、入ってきたのは飴色の髪と瞳のお姉さんでした。外見は実の兄と同じくらい。吊り上がった瞳が悪役令嬢っぽい、すらっとした美人さんです。黙っていればとても扉越しにハッスルしていた方と、同一人物とは思えません。
「きゃー!念願の生王子ー!」
おい。生ってなんだ、生って。点をつけたら生玉子になるぞ。本当に黙っててくれないかなぁ…。
瞳をキラッキラさせて、シェイクハンドを求めるお姉さんのなんてパワフルなこと。忘れているみたいだから主張しよう、僕は病人です。
「すいま、せんっ、具合、わるい、んで」
「そうよね。風邪を引いているのよね。ごめんなさいね、私ったらはしゃいじゃって。はい、じゃあベッドに行きましょう」
「ええっ!?」
荷物渡して、はいさようならだと思っていたぼくは、お姉さんに部屋の奥へと引きずられていく。
本当に、なんなんだこの人は!?
「ささっ、ベッドに入って入って。薬飲んだ?吐き気は?食欲あるの?んー、ちょっと顔が赤いわね」
たじろぐ僕を問答無用にベッドに突っ込む、お姉さんの勢いは弾丸そのもの。簡易テーブルにリヒターが用意してくれた果物を見つけ、上機嫌で果物ナイフと一緒に手にする。
「お姉さんが果物を剥いてあげよう♪」
「あのー」
「ん?ウサギさんのカタチにする?」
「いえ、結構です。それよりも、貴女は一体、どこのどなたなんですか?」
漸く、尋ねることが出来た。これを聞くのにどれだけ労力をかけてんだか…。
お姉さんは果物を剥くのを止めて、きょとんとした顔をした。次にあらやだと、口元を押さえ、わざとらしいお嬢様笑いをする。
「アルヴィン君に直に会えるたのが嬉しくて、お姉さん舞い上がっちゃってたわ。…初めまして、私は魔王であるギルフィス様の側近が一人で、名はノワールよ。気安くノワさんて呼んで頂戴」
茶目っ気たっぷりにそう、ノワールさんはウィンクした。
「ギルフィス、さんの部下」
ということは、この人も魔族なのか。
「そうよ。いつも魔王様がお世話になってます」
「ギルフィスさんは、魔族の国に帰ったんですよね?」
僕の問いかけに、ノワールさんはあっさり首を横に振る。
「いやねぇ。討伐が終わってないんだから、帰るわけないじゃない。目的も達成してないのに帰ってきたら、盛大に失恋パーティー開いてやるわよ」
「………」
側近なんですよね、貴女。物言いがサバサバし過ぎてて、上に対する敬意がほぼ皆無な気がするんですが。リヒターが陰でこんな調子で僕のこと言ってたら、凹むなぁ。
「じゃあ、ギルフィスさんはどこに?」
魔族の国に帰ってないなら、どこに行方をくらましたんだ?
「んー、実はね…」
僕の疑問に、ノワールさんは眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべて説明をしてくれた。
ちなみに、説明を終えた彼女は、本当に果物をウサギの形にカットしてくれました。果物の皮でうさ耳を模したヤツではなく、ガチのリアルなウサギで。食べるのを拒否したら、残念そうに自分で頭からかじってました…。
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