だから王子は静かに暮らしたい。

天(ソラ)

文字の大きさ
17 / 58
第1章王子の多忙な日々

10 眠れる王子は過去に惑う。

しおりを挟む



 ーーー遠くで、誰かが泣いている。

 雑踏の中、行き交うモノトーンの人波。これは夢だ。遠い記憶に刻まれた風景を目にし、僕はすぐに理解した。
 うんざりした心持ちで適当に歩いていると、どこからともなく慟哭が聞こえてきた。耳を塞ぎ知らぬふりをしたくなるそれに、自身の意思に反し足はゆるゆると導かれるように動き出す。たどり着いた薄暗い場所には黒髪のどこにでもいる平凡な顔立ちの青年がいた。前世の僕、だ。

 悔しい、悲しい、苦しい。絵の具の色彩をごちゃ混ぜにした感情を剥き出しにして、蹲り泣き叫んでいる過去の残像。記憶の中よりも見苦しい無様な姿に、僕の唇が冷笑に歪な弧を描いた。

 愛されていると盲目に信じた末路がこれだ。愚かだね。愛なんて目に見えないあやふやな幻想に踊らされて。その上、自業自得のくせにこんな悲劇のヒロインぶって醜態晒して泣くなんて、みっともないったらありゃしない。泣いてても誰も君を助けてはくれないのは知っているだろう?いい加減、黒歴史を見せつけるのをやめてくれないかな。

 同調した心が悲鳴を上げ、ぽろぽろと僕の眼からも涙を溢れ出す。泣きたくなんかないのに、拭っても拭っても頰伝う雫が止まらない。本当になんて恨めしい。こんな煩わしい過去に一体自分はいつまで縛られなければならないんだ。

 躍起になって手の甲で涙を拭っていると、いつのまにか慟哭は潜み、前世の僕がじっと僕を見つめていた。絶望に暗く澱んだ瞳と目が合い身体が一瞬で凍りつく。
 彼はこちらに向かって何かを必死になって声無き声で訴えていた。けれど、何を言っているのか僕のはずの彼の言葉が分からない。 

 前世の僕は何を言っているんだ?今の僕に何を求めてるんだ?

 答えを求め無意識に手を伸ばす。が、一歩も動いていないはずの彼が急激に遠ざかる。

 待って、と叫ぶ悲痛な声がした。それが自分が発したのものか彼のものか。もしくは二人のものだったのか…。真相は薄れゆく夢の底へとかき消えてしまった。










 浅い眠りから意識が一気に浮上する。目覚めたそこは寝室のベッドの上だった。起きがけだというのに神経が異様に昂ぶっていて、鼓動が全力疾走した時のように、心臓が脈打つ音が大きく耳に響いている。

「お目覚めになりましたか?」

 見知った顔が心配そうに僕を窺っていた。
  
「…リヒター」

 気遣う言葉に応える自身の声音が思ったより掠れて、眉尻が下がる。

 彼が室内にいるという事は朝なのかと、一瞬、勘違いしそうになったが、あたりはまだ暗かった。では何故リヒターが室内にいるのか?不思議に思い、とりあえず起き上がろうとしたら、やんわり止められ、濡れたタオルで目元や頬を優しい手付きで拭われた。

「…あ…」

 どうやら、僕は寝ながら泣いていたらしい。涙の残滓が残るまつ毛に触れ漸く気づく。そして、彼が何故深夜にここにいるのか理解した。

「申し訳ありません。随分とうなされてらっしゃいましたので、勝手に入室させて頂きました。…また例の夢を見てらっしゃったんですね」

「うん」

 蜂蜜色の瞳を痛々しげに歪めるリヒターに、僕は苦笑いを返す。

 そう。あの夢を見るのは初めてじゃない。幼い時分から繰り返し見ている前世の僕が泣いている夢だ。細かい差異はあれど、いつも決まって夢の中の過去の自分は泣いているのだ。なんであんな夢を見てしまうのか、自分で自分が腹立たしい。
 あまりにリヒターが心配するので、彼には前世云々は控え、もう一人の僕が泣いている夢だと伝えてある。以来、僕の変化に目敏く、何かあるとすぐこうやって心配してくれる。たまに度が過ぎる時もあるが、主従というより僕にとって兄ような存在だ。

「忌々しい夢だ。手出しが叶うなら部下共々全力で排除しますのに…」

  そして、侍従であると同時に、彼は『影』の若き頭領でもある。

 叶うなら前世の僕に何するつもりなんだい?僕の精神の安寧のために、怖いから絶対口に出して聞かないからね。今必要なのは不穏じゃなくて安眠です。

「リヒター。いつもの薬と水を用意して持ってきてくれない?」

「分かりました。お持ち致します」

 僕が頼むとリヒターは一旦室外に行き、すぐ様、銀のトレイに水差しとグラス、それに小さな白い紙袋を乗せ戻って来た。自分に自分で睡眠魔法をかける事は出来ないからこういう時は睡眠薬に頼るしかない。上半身を起こし、リヒターからグラスと紙袋に入っていた錠剤を二錠貰い、服用する。

「これでうなされる事はないから、リヒターもう下がっていいよ」

  昂ぶった精神も薬の効果で落ち着くだろう。ベッドに横になり上掛けをかけてくれるリヒターに下がって休むように命じるが、彼は一向に出て行こうとはしなかった。

「リヒター?」

「アルヴィン様が寝付くまで、お傍いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「いや、今薬飲んだから大丈夫だって」

「この目で確認したいのです。お願いします」

 彼の中の何がそこまで言わせるのか。食い下がるリヒターに根負けした僕は短息し、最後に寝たら必ず退出するよう言ってから、本格的に寝入る姿勢を取った。

 程なく、薬のおかげで今度は夢を見ることもない深い眠りが訪れた。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...