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第1章王子の多忙な日々
12 この人が僕の理想です。
しおりを挟む活気にあふれた城下町を、子供がまるっと入るくらい大きな木箱が突き進む。鼻歌を口ずさみ上機嫌に木箱が小刻みに揺れる。どうも、木箱こと僕です。入っているんじゃありませんよ、背負っているんです。某菓子パンなヒーローのテーマソングの歌詞は、ちゃんと聞くと結構重い。でもって、以外と孤独な存在だったりする。この世界の人は誰も知らないけどね。
本日は週に一度の市政調査という名の情報収集にやってきましたー。国民の生活を直に見て聞いて、各地から商売のため集まってくる、商人や旅人からの話を集めるんです。噂話一つにも真実が混じってたりしますからね、バカには出来ません。
王子の仕事じゃないだろ?いえいえ。王子なのは今だけです。いつか、王籍を抜けた時のための社会勉強も兼ねているんです。フードを目深に被らねばなりませんが、人混みに紛れるこのモブ感がたまりません。ビバッ、通行人A!!(木箱のせいで充分目立っていますが、本人の感覚がマヒしているため気づいてません)
商店街にやって来た僕は、その片隅にある一軒の薬屋の扉を勢いよく開けた。
「こんにちはー」
「いらっしゃー、…なんだ、ルトか」
「なんだはヒドイよ」
「ああ、悪い悪い。つい、な」
むくれる僕に、この店の店主であるおっちゃんが大きな身体を揺らし、悪びれずに笑う。確か五十代後半だったか。年相応の見た目のおっちゃんは今日も安定のおっちゃんである。
「今日も色々な薬と素材を持って来たよ」
「おう。こっちにもって来てくれ」
「はいよー」
案内された店の奥の倉庫兼休憩室の床に木箱を下ろし、中身から小瓶や五角形に折られた薬包紙等を、休憩用の小さなテーブルに所狭しと並べていく。
「これが鎮痛剤で、これが火傷の薬、これが煎じて飲む喉にいい薬草でー」
「今日も沢山だな。ルトの持ってくる薬は良く効くってんで、飛ぶように売れるからな有難い」
僕はここへ薬を卸すために通っている。普段は王都に近い森で暮らしていて、生活のために作った薬や素材をこうして売りに来るという設定だ。実際は薬は城で研究がてらに、素材は魔物討伐時に獲得したものである。
「褒めてもまけないからね」
「だははっ、そりゃあ残念だ」
脂肪のたっぷりついた腹を揺らし、全く残念がっていないおっちゃんは、僕の持ってきた薬や素材を、一つ一つ丁寧に確認していく。
「…次来る時でいいから、腹痛に効く薬を多めにもって来てくれねぇか?最近腹痛訴える奴が多くてな」
「そうなの?」
尋ねれば、おっちゃんは神妙な顔つきで頷いた。流行病か何かだろうか?そういった報告はこちらには届いていないが。
「北の奴らが使っている川にどこからか悪いもんが混じっちまったみたいでな。その水を飲んじまった奴が次々腹壊してるんだよ」
「お医者さんはなんて?」
「医者なんて金取るばかり役に立たねぇ。生水に当たったんだろうと、それだけさ。実際、川の水飲むのを止めると改善されるから、文句を言う奴は少なねぇがな。でもな川が使えねぇとなるとわざわざ遠くの井戸まで水を汲みに行かなけりゃならん。年取ったじいさんばあさんには重労働だ」
「役人には?」
「それが大した被害じゃないからって、まともに取り合ってもくれないんだとよ。これだから役人てヤツはっ」
おっちゃんは語尾を苦々しげに吐き捨てた。温厚なおっちゃんがこんなに怒りを露わにするとは。この件を担当している役人はかなり腰が重いみたいだ。上の立場の人間として申し訳ない。城に戻ったらすぐに現状を確認して対応策を立てよう。生活用水が使えないのは住民にとって深刻だ。
「…分かった。次に来る時多めに作って来るよ。後は何か必要な薬ある?」
「あ?あー…」
僕の言葉におっちゃんは今までの怒りから一転、らしくなく言い淀んで明後日の方向に視線をそらした。どしたのおっちゃん?
「……実は」
怪訝におっちゃんを見つめることしばし、観念して漸く口を開いたおっちゃんに、今度は僕が閉口した。
「お前さんを名指しで、惚れ薬か媚薬を作って欲しいと依頼があってな」
「………」
「薬の評判を効いた金持ちがー」
「無理、ヤダ。絶対お断りぃ!!!」
我に返った僕は、思わずおっちゃんの声を遮り喚いていまった。
薬作っているいとたまーに妙なモン作って欲しいって、アホがいるんだよなぁ。 若返りとか毛生え薬とか、そっちはまだ可愛いもんだ。惚れ薬に媚薬なんて相手の心を無視して、無理矢理ものにしたいって事だろ。誰が作るか。そこん家の全財産出されたってお断りだ。
息巻く僕に、おっちゃんもだよなぁと肩の力を抜いた。
「最初から無理だと先方には伝えたんだがな。それでもしつこくてなぁ…。仕方なく聞くだけ聞いて断られたら諦めるよう、先方に約束させたんだ。これできっぱり断れる」
「さすがおっちゃん」
「あったりめぇだっ。その手の薬は通常の店では取り扱いご法度なのは常識だぞ。頼む方がバカだなんだ!」
俺は真っ当な商売で平穏に暮らしたいんだと、しみじみ語るおっちゃんは、僕の理想を絵に描いたような存在だ。おっちゃんを見ていると、失った何かを思い出して安心させられるんだよね。
いつも周囲にいる大人の方々はクセが強過ぎて参るよ(泣)。
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