魔法使いは春に死ぬ

サクラハルカ

文字の大きさ
6 / 10

第6話

しおりを挟む
 春になって、僕は大学に進学し、彼は家業の手伝いに入った。
 大学は実家から自転車で通える距離にある。
 彼がいるパン屋までは歩いて行ける。

 僕の世界は、高校が大学という場所になりはしたけれど、彼との関係という意味においては、それほど変化がなかった。

 僕たちは、互いの時間が重なる時に、大学でもパン屋でもない場所で会って、他愛ない話をした。
 普通は学校の話や仕事の話をするんだろう。
 でも僕たちは、僕たちが重ならない部分の話はしなかった。相手に聞かれれば短く答える。ただそれだけ。
 あとは、読んだ本の話だとか、 テレビの話だとか。

 触れたくないことや触れられないことは、お互いなんとなくわかっていた。

 彼との秘密の場所にあったイチョウの木。
 高校を出てからずっと、それに代わるものがずっと見つからなくて。
 距離を縮めることもできずに、僕はいつまで彼と、こうやっているんだろう。表面ではうまく関係を保っていたが、それは上澄みだけで、すぐ下には泥が沈殿していた。


 そして、大学一年の大晦日の夜中。
 彼と一緒に初詣に行った。周りからは新年を迎えた特別感が伝わってくる。
 僕は彼と隣り合って歩きながら、全然違うことを考えていた。
 彼が妙に静かだ、と。
 一年前の冬、彼はお母さんを亡くしている。
 それを思い出しているのだろうか。いつもより口数が少ないように思えた。

 社の手前にはそれなりに人が集まっていた。高校の時の知り合いにも声をかけられたが、彼はやはり一言も喋らなかった。僕だけ、同級生に返答した。

 賽銭箱に握りしめた五円玉を投げ入れて、今年も無事に過ごせるように、と願った。彼も幾らか賽銭箱へ入れた。沢山の硬貨が賽銭箱の淵に当たって落ちていく音の中に、彼の硬貨の音も混ざった。硬貨が混じるように、彼の中での僕も、その他大勢に混ざっているのかと思うと、なんだか苦い。

 神社からの帰り道、彼がこっち、と来た時とは違う道を示す。
 それに僕は心地よい既視感を抱いた。
 廊下から見た秋のイチョウの木。それを思い出すような。

 街灯がとびとびに立つ、暗い道を並んで歩く。
 僕の肩のすぐそばで、彼の肩が小さく前後して、歩みの速度が同じくらいだとわかる。

 細い路地の垣根は、寒椿。
 ずらっと並んで、砂利が埋まった道の上に、花がぽたぽたと落ちていた。真っ暗と街灯の光の間に、点々と。口紅のようなねっとりとした赤が足元にいる。

 突然、彼がピタリと止まった。それに気づくのが遅れた僕は、何歩か先に進んで、彼の方を振り返った。

「さっき、何お願いした?」

 暗いところにいる彼が僕に聞く。
 わざわざ止まって聞くことでもないのに。

 家内安全と健康、と僕は答えた。

 そうか、と彼は僕の前に歩いてきた。
 身長が変わらないせいで、近くに立つと彼の目がよく見える。

「お前と俺って友達、なんだよな」

 その言葉に、僕の背が冷たくなる。
 着込んだはずのコートの中が一瞬で冷えた。

 彼との特別な関係を築きたい、というのがいわゆる男女間の恋愛と同等なのかどうか、僕には分かっていない。持て余した不安と彼への想い。
 それが彼に気づかれたのかと思ったのだ。

 どういう意味、とシラを切ろうとしたら、彼は目を苦しげに細めた。そして僕の左肩を痛いほど握った。毎日、パンを作っている手の平の強さ。

「好きだって言ったら、俺のこと嫌いになるか」

 思考が彼の言葉を精査するよりも早く、僕は首を横に振った。そうしたら彼の手の力が緩んで、僕の右足はバランスを取ろうと一歩後ろに下がった。
 靴の踵が、寒椿の首を踏む感触がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...