贖罪の篝火

ねりうむ

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第六話

◆3/壊れた世界

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 その夜、夕霧ゆうぎりは鬼へと成り果てる。
 まずは父親――喉笛を爪で切り裂く。豚のような悲鳴を上げた。
 何か言おうとしていたが、喉から漏れるゴボゴボという音にかき消され、その声は夕霧には届かなかった。

 次は母親。壁にたたきつけ、頭を潰した。
 最期まで、自分が殺される理由が分かっていない目をしていた。

 周りの家にも激しく争うような音が響いていたはずだ。けれど誰も来ないし、何も起こらない。
 それが、この家の日常だった。

 真っ赤に染まる部屋の中で残骸を見下ろす夕霧。
「うふっ……。うふふ……」
 堪えきれないとばかりに、抑えた口から吐息を漏らす。

 ――こんな簡単なことだったんだ。

 細胞全部が生まれ変わったような解放感が、夕霧の全身を包む。
 部屋に満ちる鉄錆の香りが脳髄を蕩けさせ、背筋を電流のような快感が駆け上る。
 それは脳まで一気に到達し、そして感情とともに弾けた。

 夕霧は狂ったように笑う――心の底から湧き出る歓喜を声に乗せて。
 白銀の双角と赤く燃える眼――彼女は鬼に成り果てた。


『まだだ。まだ……足りてない』
 体の内側で低く響いてくる声に、夕霧はぎくりと固まる。
『誰もお前を助けてくれなかった。……そうだろう?』
『父親も母親も親戚も隣人も友人も生徒も教師も警察も――誰もお前を救わなかった』
『ただただ、可哀想だと遠くから眺めていた』
『誰も手を伸ばさない。世界がお前を拒絶した』

「違う……篝は、篝だけは……わたしを拒絶しなかった」
 心の奥で、声の主が嬉しそうに目を細めた気がした。
『じゃあ、なんで――』


『お前は壊れたんだ?』


「うるさい! うるさいうるさい! 黙れ……黙れよっ! うるっさいんだよっ!」
 夕霧の身を、怒りと憎悪の炎が焦がす。
 体の内側から噴き出すような感情をぶつけるように、机を、壁を、目に付くものに拳を叩きつける。
 憎しみは消えるどころか、何かを破壊するたびに汚泥のように心の奥底へと堆積していく。

『認めろよ』
「うるさい!」
『憎いだろ? あいつが』
「違う!」
『お前は壊れたのに、あいつは綺麗なまま』
「――ッ!」

 ――わたしは汚れて、壊れてしまったのに。
 ――篝は無垢で、綺麗なまま。

 ――わたしとあの子、何が違うの? 何も違わないはずなのに……。

 床を見つめる夕霧に、自身の影が笑いかける。
『不公平だよなぁ……妬ましいよなぁ……。なぁんで、あいつは白いままなんだろうなぁ……』
「わたしはこんなに、汚れてしまっているのに……」
 夕霧は血で汚れた自らの手を握りしめる。ぬるりと滑らかな感触が手の内に感じられた。
『お前とあいつは違うなぁ……』
「違わない! 同じだ!」
『白と黒。無垢と穢れ。綺麗なあいつと、壊れたお前。どこが同じなんだ?』
 影がゲラゲラと馬鹿にするような笑い声を上げる。夕霧の心に行き場のない感情が渦巻き、それは自身の内から刺してくる鋭い針のようだった。
「だったら――」


「だったら、あいつも汚せばいいんだ……」
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