贖罪の篝火

ねりうむ

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第二話

◆1/過去の痕

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 赤い回転灯が家々の壁を赤く照らしている。現場の付近一帯は、式礼《しきれい》部の呪符により、既に封鎖が完了されていた。
 周囲に野次馬のたぐいはなく、警察官と陰陽庁《おんみょうちょう》の職員だけが、淡々と業務を遂行していた。
「お疲れ様です」
 式礼部の男性職員が声をかけてくる。
「現場はあの家です。現在、建物内へのオニの封じ込めに成功しています」一軒の建物を指差しながら、彼は状況の説明を続ける。
「ありがとうございます」
 篝《かがり》はそれに答え、示された方向を見る。
 青い屋根の、どこにでもある一軒家だった。

 事件現場となった家を前に、篝は空間に投射された『立ち入り禁止』の文字をくぐり抜ける。
 玄関の引き戸から、黒い瘴気が漏れ出している。それは地面を這うように流れ、庭に植えられた紫陽花の葉を、茶色く枯死させていた。

 引き手に手をかけ、徐々に力をかける。カラカラという乾いた音とともに、ドアが右にスライドし、照明の落ちた玄関ホールが現れる。
 鼻を突く血の臭いが、事態の重さを実感させる。
 廊下の奥から唸るような声が聞こえてきた。

 中へと一歩、足を踏み入れる。
 肌にビリビリとした感覚が走り、神経が鋭敏になっていく。内部の空気が、重くまとわりつく。

 ――暗闇の中で気配が動いた。

 瞬時に反応し、黒斧の一撃を振り下ろす。
 その刃は、飛びかかる影を切り裂き、床板を破壊する。
 事態は一瞬で終わりを迎えた。
 縦に両断されたオニの遺体が、斧に一歩遅れて地面に落ちる。重く鈍い音が廊下の空気を揺らし、漏れ出た内臓が湿った音を立てる。
 床に青い血液がどろりと広がり、大きな水たまりを作り出していた。

 篝は細く長い息を吐く。
 遺体に向かって静かに手を合わせる。
 その間も警戒は解かず、神経を張り巡らせていた。
 短い供養を終え、すぐさま他の部屋を確認していくと、リビングに女性の遺体を見つけた。
 足を投げ出し、壁に寄りかかるように座るそれは、腹部に惨たらしい爪痕が残り、顔は右半分が潰れている。
 心中に悲しみの影が差す。やりきれない思いを無理やり沈めるように、彼女へ短い祈りを捧げた。

 部屋から引き返し、ギシギシと軋む床板を踏みながら、2階への階段を登る。
 登りきった先に、部屋が見えた。
 子供部屋だろうか。幼い文字で名前が書かれたプレートが、ドアに下げられている。

 ドアのレバーを下げ、足を踏み入れる。
 部屋中が真っ赤に染まり、血の臭いが充満している。
 その部屋の隅に、幼い女の子――だったものが倒れている。損壊が激しい。一目で、命の火が消えていると分かった。
 彼女の短い生涯が、篝の胸を締め付ける。
「助けられなくて、ごめんね……」
 間に合わなかった無力感が、一筋の涙となってこぼれた。

 祈りを終えた篝が、ふと学習机の上の何かに気付いた。
 風鈴だった。元々は、デスクライトに吊り下げられていたのだろう。けれど、今は机に落ちて割れてしまっている。
 青く澄んだそれは、水風船をモチーフにしているようだった。

「風……鈴……。夕霧《ゆうぎり》……あっ……」
 篝の目が大きく見開かれ、視線が固まる。
 ――お祭り、楽しいねぇ。はしゃぐ親友。
 汗が噴き出し、寒気が全身を包む。
 ――チョコバナナの甘い香り。夕霧の笑顔。
 膝がガクガクと震え、力が抜けていく。
 ――連れ去られる、彼女の背中。
 断片的な映像が、頭の中を駆け巡る。
 こみ上げる嘔気に、思わず口を押さえた。

 視界は歪んで、世界が揺れている。
 ――壁の血痕。
 平衡感覚が乱れ、倒れ込むように部屋を出た。
 ――割れた風鈴。
 手すりに寄りかかりながら、辛うじて階段を降り、玄関ホールから外に出る。
 薄膜に包まれたような感覚。胸を焼く過去への後悔だけが、くっきりとした輪郭を持っていた。

 向かいの家のコンクリート塀に背中を預け、荒い呼吸を繰り返す。何度も空気を吸い込むが、息苦しさが消えない。
 視界が徐々に狭くなっていく。
 遠くから、誰かが呼ぶ声がする。何枚も重ねた布を通して聞いているように曖昧だった。
 体は冷たく冷え切っている。
「寒い……」
 視界が黒く染まり、アスファルトの硬い感触が頬を打った。
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