贖罪の篝火

ねりうむ

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第五話

◆4/救う手・払いのける手

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 篝は廊下を走りながら通信機に指を添える。
「状況は?」
『K県F町にて同時多発的にオニが発生。現在、他の支部も総出で対処へ向かっています。当支部は第9区を担当』
「了解」
 篝は短く答えると、屋上へと階段を駆け上がり、待機していたヘリに乗り込んだ。

 K県東部。ヘリのメインローターが、焦げ臭い空気を切り裂いている。眼下の校庭まで、およそ20メートル。
 「明松毘、降ります」
 「え? ちょっ……!」
 操縦士が慌てた声を上げる。さらに何かを言おうとしていたが、それを無視してヘリから飛び出した。
 一瞬の無重力。そして、重力に従い落下が始まる。風切り音を上げながら、黒い稲妻のように地面を目指す。
 傍らには銀色の金属製の柩。

「黒斧――解放」

 篝と一緒に落下していた柩が、音を立てて弾け跳ぶ。
「行こう、黒斧」
 白煙の向こうに声をかけ、柄を強く握る。以前は冷たいだけだった感触が、ほんの少しだけ優しく感じた。

 迫る地面。
 残り数メートル。
 身を捻り、両手で黒斧を構える。

「――ッ!」

 鋭く吐き出した息とともに、黒斧を地面へ叩きつけた。
 雷鳴のような音とともに、地面から突き上げてくる反動。
 また一瞬の無重力。
 相殺してもなお余るエネルギーを、地面を滑るように着地していなす。
 篝は勢いそのまま、町に向かって駆け出した。


 平凡な暮らしを享受してきた小さな田舎町は、今や瘴気と悲鳴に包み込まれていた。
 いくつもの遺体が転がっている。同時多発的なオニの発生に、どうしても対応が後手に回っていた。現場の特定、封鎖は一向に間に合わず、索敵して討伐するという原始的な対応をせざるを得なかった。
 篝は強い焦燥感にかられながら町を走り回る。辻を曲がり、路地を抜けた。町を埋めつくすように蔓延る瘴気が、足元を不鮮明にして走り辛かった。

 どこからか、女性の悲鳴が聞こえた気がして、篝は耳を澄ます――。
「……けて! 誰か……」
 この先だ。そう思うより先に体は動いていた。
「誰か助けて! ケンジ! やめて、こっちにこないで!」
 幹線道路を渡り、五階建てのハイツの駐車場へと入る。
 そこには、へたり込み両手を前に出し、必死の抵抗をしている女性と、今まさに爪を振り下ろそうとしているオニがいた。

「ケンジ、やめてよ! ユカだよ! わかんないの⁉」
 呼吸が止まり、瞬きを忘れる。急激に体温が上昇したように体が熱い。
 ブーツが地面を蹴り、篝の体を強烈に押し出した。

「伏せて‼」
 叫ぶと同時に、黒斧を水平に振り払う。
 刃を伝う柔らかい感触とともに、オニの鳩尾から上が消えた。
 青い血液が噴水のように噴き出し、女性へと降り注ぐ。彼女は「ひぃっ……」と短い声を出し、ひきつった表情を浮かべていた。

「大丈夫……ですか?」
 女性に声をかけると呆然としていた顔が、徐々に憎悪に歪んでいく。
「人殺しっ‼」――幾度となく投げつけられた言葉に、ズキリと篝の胸が痛んだ。
「このっ……人殺し! 何でケンジを殺したの! 元に戻れたかもしれないのに!」
 オニとなった人間は、もう元には戻らない。けれど、そんなことを伝えても、彼女の心の痛みは消せないだろう。その事が篝には悲しく、やるせなかった。
「あちらに避難誘導の職員がいます。この場に留まっていると、瘴気であなたの体がもちません。早く避難をお願いします」
 それだけを伝えると、篝はまた走り出す。黒斧を握る手は、青くぬめった血で汚れていた。

『血で汚れた救いの手』

 倉橋の言葉を思い出す。
「わたしも、そうありたい……。そうするって決めたんだ」
 胸の痛みごと、黒斧をさらに強く握る。刃が微かに光を帯びた気がした。


 あれから、さらに五体のオニを討伐した。終わりが見えない戦いは、篝を着実に疲弊させていく。
 肩で息をしながら、それでも町を駆け抜ける。
「ママ! ママ!」
 母を呼ぶ男の子の声。篝は急ブレーキをかける。通り過ぎようとした公園の中から、その声は聞こえてくる。
 入口の車止めアーチを飛び越え、公園の中へ駆けていく。
 木立のベンチにふたつの人影が見えた。

 小さな影と大きな影。
「こっちに……来たら、だ……め……!」
「なんで!? いやだよ、ママ!」
 男の子が近づこうとするのを、母親が振り払うようにして拒んでいた。男の子は、拒絶されたと思い、ボロボロと涙をこぼしている。

 子供から逃げるように距離を取る母親には、地面から湧き上がる瘴気が絡み付いていた。
 驚愕が電流のように全身を駆け巡る。
 瘴気が能動的に人を襲っている。こんな事は今までなかったはずだ。


 ――違う。


「あの時の……。調査員たちの……」
 廃工場での記憶が視界に広がる。その衝撃に体が一瞬固まった。
 すぐに我を取り戻し、ふたりの方に向き直ると、瘴気が蕾のように母親を包んでいる。
「――しまった!」
 一瞬の躊躇が事態を悪化させていた。胸にどろりとした悔しさが広がる。

「いやあああああああああああああ!!」
 母親の叫び声が耳を貫く。
 脳裏に走る最悪の予想に、篝の背中に冷たい汗が流れた。
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