願えば初恋

わいあーる

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◇私とアイツ◇

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「はぁぁぁ~。もー、やだぁ」

 
同じコーナーだったにしても、ずっと一緒にいる訳じゃないし、仕事に専念していればアイツに関わる事も少ないはず。

自分にそう思い込ませ、気持ちを上手く切り替え仕事に専念したいのに、私の耳には、聞きたくもないアイツの名前が先程からムカつくほど連呼され、どんどん仕事への意欲は失われていく一方だ。

<砂東フロア長ぉ~。昨日のお客様が砂東フロア長を訪ねてご来店されてますぅ~>

遠藤ちゃんの、いつも以上に甘ったるい声も絶好調。

<砂東フロア長、またお客様ですぅ~>

<砂東フロア長、またまたお客様ですぅ~>

<砂東フロア長……。お客様が砂東フロア長をご指名でぇ~す!>

砂東フロア長の接客が終わるたび、それを見計らったように、次々と砂東フロア長目当てのお客様がやってくる有り様。

平岡くんから聞いた話では、どうやら、昨日も同じ状態だったようで。

砂東フロア長に接客についてもらいたいお客様が、順番待ちをしているらしい。


「ご指名って、ここはホストクラブかっ!」

声に出すまいと思っていたが、我慢出来ず飛び出した私のデカイ独り言。

「ホストクラブとは上手いこと言ったねー!さすが、甘味ちゃん!」

その独り言に、近くにいたらしい裏切り者の熊野フロア長が呑気に爆笑している。

「あー!熊野フロア長!なんで急にいなくなっちゃったんですかー!同じコーナーで長年一緒に働いた私に何の断りもなく酷いですよー!」

「そんな事言ってくれたのは甘味ちゃんだけだよ。他の子なんて、砂東フロア長にメロメロだから誰も僕が移動した事なんて気にも止めてくれなくてさ。どーせ僕なんか、この歳にしてゲームデビューした中年親父さ」

そう悲しげに言うその姿は、哀愁すら漂う。

「私には、51歳!二児の父親!休みの日の楽しみは奥さんに内緒で行くゴルフの打ちっぱなし!でも実はすごく愛妻家!座右の銘は成すがまま!の熊野フロア長が必要なんですよ!勝手に売り場を変わっちゃうとか酷いじゃないですかー!」

白物コーナーにお客様がいないのをいい事に、ここぞとばかりに理不尽な八つ当たりをする私にさえ、"鉄壁の微笑み"の異名をもつ熊野フロア長は優しく接してくれる。

「だから甘味ちゃん…。大声で僕の個人情報言わないでって、いつも言ってるでしょ?それに、店長指示だから仕方がないの。元々エンタメコーナーは長い間管理職がいなかったし、それに彼は新任だからフロア長としての場数を踏ませたいんだよ。何かあったら、ちゃんと僕もフォローに入るからさ」

「本当ですかー??!クレームが入ったら絶対呼びますからね!……でもなぁ、やっぱ嫌だなぁ。あんな、顔だけでお客様を呼んでる奴なんかの下で働くなんて…」

こっちはお客様にどう話しかけて、いかに売上をあげようか躍起なのにと、ブツブツブツブツ不満を漏らす。

「どうしたの?甘味ちゃん。今日はいつにも増して口が悪いね。砂東フロア長になんか恨みでもあるの?」

「い、いや、別に何もないですけど。砂東フロア長とは一昨日挨拶に来た時に初めて会ったばっかだしっ。えーと、本社から来たんなら商品知識とかないはずでしょ?それなのに、あんなお客様がひっきりなしに来ておかしいなーって。それだったら、やっぱあの顔のおかげなのかなーなんて」

ここで働き出して2日で、あんな頻繁にお客様がくるなんて、長年働いているベテラン社員でもある事じゃない。

そうなると、きっと今来ているお客様も、アイツのあの顔面に目がくらんで、物珍しさで来ているに違いない。

鼻息荒く自分勝手な持論を導き出した私の後ろを見て、鉄壁の微笑みの熊野フロア長の顔が何故か歪んでいる。

6年間の付き合いの中で、こんなに何かに怯えている表情をしている熊野フロア長を初めて見た。

「あ……後ろ…」

「えっ…。何ですか、もぉ~。そんなベタな反応して~。止めてくださいよぉ。まるで後ろに砂東フロア長がいるみたいな。そんな古臭い手には引っかかりませんよ」

「いや、いるんだよね。ちゃんと自分の目で確かめてご覧よ」

実はそんな予感はしていた。
後ろから感じる圧が、ヒシヒシと背中に伝わっていて、熊野フロア長に無言で助けを求めるしか手段はない。

「甘味」

「…」

「甘味っ」

「……」

「仕事だろ!無視すんなっつの!」

「…はい」

私は、ゆっくり後ろを振り返る。

「近っ!!」

あんなに流行ったソーシャルディスタンスという言葉をもう忘れてしまったのであろう。

パーソナルスペース全く無視な砂東フロア長は、真上から私を睨み付ける。

「砂東フロア長、居たんですね~。えーと。どこら辺から聞いてました?」

「全部」

「あーーー。そぉーーーですか」

それは困ったなと、砂東フロア長からあからさまに目をそらす。

「お前。いま、絶対暇だよな?」

その声は、忙しさのあまりか不機嫌極まりなく。

「あのーーー。私がそんな暇してるように見えます?こう見えて私、色んな仕事を任されてるんですよ?ね、熊野フロア長?」

口では強がる私だが、内心怯む私は、ヘルプミー!熊野!また目で訴える。

「うん。そうだね。甘味ちゃんは頼りになるからね。でも今は、僕とおしゃべりできるくらい暇してたよ」

あっさり裏切る元私の上司の熊野フロア長と、今日私の上司になりたての呆れ顔の砂東フロア長の背の高い2人の間に挟まれて、これ以上なす術なしだ。

「あっ…、砂東フロア長。私、ちょうど今暇だったみたいです」

「じゃあ、ついてこい!」

顎でクイッと指示され、私はスゴスゴと砂東フロア長の後に続く。そんな私の背中に熊野フロア長は声を掛ける。

「それじゃあ、甘味ちゃん。これからは白物コーナーは砂東フロア長に任せたから。甘味ちゃんもしっかりね。僕は自分の持ち場に戻るから(^^)d」

そう言い残し、熊野フロア長はそそくさと立ち去っていく。

熊野フロア長。
あっさり裏切られたけど、私の癒しだよ。
いや、癒しだったの間違いだ。

そして私は、熊野フロア長の背中に永遠の別れを告げた。
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