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2章 転売ギルド
ゲルド
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「どうぞ入ってくれ」
「失礼します」
カッツ姐さんと夕食後に別れて2時間後。私は呼ばれた通りに商人ギルドの組合長室に来ていた。
ノックの後、返事を確認してから入室。どうやら世界は違えども、相手を慮り創意工夫した礼節は似たような所に落ち着くらしい。
ドアの向こうには壁一面に並べられた本。それらに囲まれながら、積み上げられた書類を前に淡々とサインを書き込む老人の姿。この人がトリスキン王国商人ギルドのマスターだ。
「お取込み中でしょうか。であれば出直しますが」
「いいや、すぐに終わらせる。これだけ書かせてくれ」
そう言って書類に目を通し、羽ペンにインクをつけるが、すぐに手を止めてしまった。そして豊かに蓄えた顎髭をひとなぞりすると、その書類をこちらに差し出した。
「この取引、この書面通りでいいと思うかの?相手国も我らと同じ通貨、G(ゲルト)を使っておるから為替は考えなくともよい。一先ず運送費や人件費などの取引コストも考えないでいいだろう」
そこに書かれていたのは、新アシェント王国にある貿易商と傷を癒す魔法の薬、ポーションの定期購買契約の契約書だ。内容1か月120L、54万G。これを1年で1440L、648万G。
トリスキンのポーションの相場は100ml、500G。順当に売れれば720万G、利益は72万G、粗利10%。
…自分も貿易商に詳しいわけではないが、どんぶり勘定にも程があるのは私でもわかる。
「船はこちら持ちですか?」
「いいや、相手持ちだな」
「勿論入庫する際は検品は行ってますよね?」
「ああ。行っているとも」
「不良品率は?」
「んん、船での輸送中に割れる事もあるからね。5~6%といった所かね」
「返品と再輸送は?」
「船をそう何度も何度も往復させられないからね。契約ではこちら側の負担になる」
…なるほど。それに最近の航海の成功率も考慮すれば…。
「大雑把な計算で申し訳ありませんが、引当金9%としてその分を差し引いて値段を安くするように交渉してください。粗利25%にならないようであれば破談でいいかもしれません。いずれにせよ、私ならこの書類にはサインしませんね」
そう進言すると、マスターは目を丸くした。
「なるほど、それだけの速度で計算に基づいた取引判断できるか…想像以上だ」
「いえ、本来であれば運送費、人件費、関税、倉庫の土地代、国内需要など考慮すべき点がまだまだありますし。この紙面で判断でき得る範囲内で計算したので、参考にはならないかと」
「いいや、大いに参考になったよ」
マスターは私から返された契約書に赤いインクの羽ペンでチェックをつけると、それを引き出しの中に入れた。
「…さて、そろそろ本題に入ろうか。転売ギルドに関して、話が聞きたいのだろう?」
「そうですね。まずは、なぜ公認ギルドのマスターが闇ギルドのマスターも兼用されているのか、理由をお伺いしたいです」
そう言って私は机の上に1枚の紙を差し出した。それにはマスターの顔が描かれ、こうした文言が飾られていた。
『ゼル・ドレイク直接指導!リスクなし!在庫なし!信用を売って確実に年収1000万G!』
「この商人ギルドの掲示板に堂々と貼られていた物です。ここに来る前に見つけました。実際に受けた人の話を聞いたら、ちゃんとマスター自身が講義をしているそうじゃないですか。内容はポワルで行われている、組織的に転売の代理販売をして手数料を稼ぐ方法そのもの。実際に世界各地に1000人単位で実践している人がいるそうですね」
その反応を確認するまでもなく、次に一つの冊子を机の上に出した。
『トリスキン王国商人ギルドマスターが教える!年100万Gを確実に稼げる全く新しい『転売』という方法!』
…この胡散臭い情報商材みたいな文面、ほんとにどうにかならないのだろうか。目を通すと笑ってしまいそうだ。
「次にこの冊子、これは講習内で商人達に売っているそうですね。さらに講習内で商人達にこれを収入に不安を持っていそうな人間に売りつけるように、と教えているそうで。そして同時に、これを買って転売に参加する人が増えれば増えるほど儲かる可能性が高くなるとも」
そう、これは前世でいう所のマルチ商法。メンバーがメンバーを誘うように誘導し、階層式にメンバーを増やして商品を買うように仕向ける販売形態だ。
マルチ情報はメンバー間での金銭取引に発展しやすく、前世では類似した商法のネズミ講が禁じられていた。
「つまり、代理販売による転売組織を作ったのも、ポワル町民を転売をするように誘導したのもゼル・ドレイク、あなたという事になる」
黙ってうつむくマスターをまっすぐ指をさす。もう礼節だのなんだの言っていられない。ここに転売ギルドを組織し、マルチ商法を行い、金の亡者となった人間がいるのだ。わこの世界の転売ヤーを全滅させるためには、こいつを潰さなければならないのだ。
「言い逃れはありますか?」
転売ヤー…全滅すべし…!
詰め寄られたギルドマスター。だが、それに対しても普段を違わない柔らかな物腰で返した。
「いいや、特にはない」
特にはない…だと?ふざけているのか!?
「…なら…ッ!」
「なら、どうするかね?」
細い目から放たれた鋭い眼光が私の胸を突き刺す。そのあまりの迫力に金縛りに遭ったように体が動かなくなり、言葉が続かなくなる。突き出した指先が震える。
「…君はこの商売に良くない印象を持っているようだね。だが闇ギルド自体は王国非公認というだけで犯罪行為をしなければ違法ではない。そしてワシはこの文字通り、ギルドメンバーや商売に詳しくない貧しい人に新しい商売の方法を提示しているだけだ。ワシも商人だからね、それを教える際に少々金を貰っているだけの話だ」
「そんな上辺だけの口上を!その商売は…」
「ではワシの商売を裁く法律はあるのかね?」
さらに言葉が追い打ちで突き刺さる。またしても返せずに動かなくなる。
固まった指の先にはもうマスターの姿はない。彼はとっくに席を立っており、すぐ隣にいた。だが、そうはなってもその腕を下ろすことはできなかった。
そうだ、この世界には…。
「そう、この世界には連鎖販売取引を取り締まる法律はまだない」
!?
連鎖販売取引…マルチ商法の正式名称だ。言葉は日本語ではないが、この国の言葉に当てはめれば確かにそういう意味の言葉発したのだ。しかも『この世界には』とも…。
「マスター…!あんたもしかして…」
「そうだ。ワシも君と同じ、異世界の記憶を残して転生した人間じゃ」
商人ギルドのギルドマスターが…異世界からの人間…!
全容が掴めた所でずっと引っかかっていたところだったが、首謀者のこの男が異世界からの人間であれば、ポワルで起こっていた事が前世のシステムに酷似していた事にも話が付く。
「ふむ、君はどうやら商人になった割には、金稼ぎに並々ならぬ恨みがあるようじゃな。前世は金持ちにでも殺されたのかね?」
「答える必要はない!」
肩に置かれそうになったマスターの手を振り払い、距離をとる。叩かれたその手をさすりながらも、彼は落ち着いた様子で語りを続けた。
「そう嫌いなさんな。連鎖販売取引はこの世界では適法。指数関数的に利益を伸ばす方法があるならば商人として活用しない手はないじゃろう」
「それで金に苦しめられる人間がいる事は考えないのか…!前世では苦しむ人間が大多数のだったから違法だったんだぞ!」
「それは金を奪われる方が悪かろう。少なくともこの国では違法ではないという判断なのじゃよ」
この男、まさか前世では違法とされる金稼ぎの方法を、法律が無いのをいい事にこの世界でやっているか…!?
「あんたに罪悪感や良心の呵責はないのか?」
「何故じゃ?違法でない手段で愚劣な者から金を奪うのに、なんの躊躇いがある」
大真面目に疑問符を浮かべる彼の言動は既にサイコパスそのものだ。こいつには人の心が欠落している。
「のう、ヤミー君よ。4年前に一目君を見てからもしやと思って期待をして、人を遣って後をつけさせておったのじゃ。オラガ村の火の魔石買い占め騒動も、今回のポワルの転売ギルドも、どう対処したか全て知っておる」
「目的はなんだ…!邪魔者を消すためか!?」
「いやいや、ワシは優秀な人材を潰す様な愚かな人間ではない。むしろ逆、ワシは君と手を組みたいのじゃよ」
「手を組むだって?」
「ワシは前世でロクに教養を積めなくての。聞き齧った事を模倣するだけしかできん。じゃが、君はどうやら前世でも相当優秀な人間だったと見える。君の聡明さとワシの今の権力で新しい商売を行えば、このトリスキン、いや世界の市場を完全に独占し、競合も存在しない、商品の価格も流通も思うままにできる巨大な商人ギルドを作れるはずじゃ」
「目的は市場を独占する巨大な商社を作る事か…!」
独占…!一つの企業がすべての競争者を排して、市場を支配する。
企業は自己の利益の最大化を図るため、買う人間から極限まで搾取する値段で商品を売る。
もしそんな独占企業ができれば、転売ヤーの買い占めなんて比じゃなくなる。この男に慈悲がないとすれば、この世界は…商人によって永遠に搾取され続ける世界になる…!
「どうかね?報酬も弾むし副ギルド長の座も用意する。悪くない話だろう?」
「…断ったらどうする?」
「どうもせんよ。依頼を断られていちいち報復などしてたら商人は務まらん。それに、どうせいずれこっちに来る」
「何故そう思う」
「前世の正義などこの世界では通じん。私の連鎖販売取引が良い例じゃ。君が前世の正義を持ち出し続けようとする限り、君は何度でも同じ様な壁に当たるだろうさ。そうして叩かれ、擦り減り、削られて行った先で元の世界の正義がこの世界では正義ではない事に気づき、ワシが正しかった事を理解し、そしてワシのもとに下る」
そうだ…転売も、マルチ商法も、独占も、まだこの世界では違法ではない。この世界がその悪辣さに気づき、違法となるまで時間がかかる。そして前世の歴史とこの世界の文化レベルを照らし合わせて鑑みるに、おそらくそれは私が生きているうちには起きない…。
私はギリと歯が欠け飛び散りそうな強さで歯軋りをした。
悔しい。
今の自分は一介の新米商人。相手は王国の商人ギルドマスター。金も、信用も、力も足りない。彼と対峙すれば法も、人々も何も味方してくれないだろう。
『悪党がぺらぺらと真相をしゃべる時はどんな時か?それは勝利を確信した時だ』
前世で聞いた小悪党の格言まさにその通りだ。このゼルという男も、私がどれだけ盾突こうとも全て自分の味方になって負けることなどない事を確信してこれだけの大風呂敷を広げたのだ。
それなら…いっそのこと…
「条件が2つある」
「何かね?力を貸してくれるならば、何でも言ってくれ。可能な限り応えよう」
穏やかな西風の様な声で私の心を靡かせるマスター。私はその声を聞きながら、血が滲むほど拳を握りしめていた。
罰する法がないなら…いっそのこと…
「ギルドマスターの座を私に譲り渡し、お前はトリスキンから消えろ」
私がギルドマスターとなり、この悪を潰すルールを作ってやる…!
思わぬ答えだった、という様子でもなく、眉をピクリと動かすマスター。
「…それは、宣戦布告という事かな?」
「お好きな様に解釈いただいて構いません。飲み込めないのであれば交渉は決裂。私からのお話する事はありません」
私はそう言うと、答えを聞くまでもなく組合長室の出口に向かった。
「…なるほど、あくまで前世の正義を振りかざすか」
短く背中から突き刺す言葉。私を引き止めるつもりは本当にない様だ。
私はその言葉に対して、振り向くまでもなく返す刀で言葉を投げ返した。
「…振りかざすのは前世の正義じゃありませんよ、私の正義です」
そう言い残して私は組合長室を出て行った。
目標ができた。
まずはこのトリスキンで一番の豪商になる。そしてあのゼルという男をギルドマスターの座から引き摺り下ろし、私がギルドマスターの座につくのだ。
そして違法取引を全て排し、私の前世、いやそれよりも進んだルールを作って悪徳商人を滅ぼすのだ。
金に苦しむ人間をこの世から無くす為に、転売ヤーを始め悪徳商人をこの世から全滅させる。それが私の正義だ…!
「失礼します」
カッツ姐さんと夕食後に別れて2時間後。私は呼ばれた通りに商人ギルドの組合長室に来ていた。
ノックの後、返事を確認してから入室。どうやら世界は違えども、相手を慮り創意工夫した礼節は似たような所に落ち着くらしい。
ドアの向こうには壁一面に並べられた本。それらに囲まれながら、積み上げられた書類を前に淡々とサインを書き込む老人の姿。この人がトリスキン王国商人ギルドのマスターだ。
「お取込み中でしょうか。であれば出直しますが」
「いいや、すぐに終わらせる。これだけ書かせてくれ」
そう言って書類に目を通し、羽ペンにインクをつけるが、すぐに手を止めてしまった。そして豊かに蓄えた顎髭をひとなぞりすると、その書類をこちらに差し出した。
「この取引、この書面通りでいいと思うかの?相手国も我らと同じ通貨、G(ゲルト)を使っておるから為替は考えなくともよい。一先ず運送費や人件費などの取引コストも考えないでいいだろう」
そこに書かれていたのは、新アシェント王国にある貿易商と傷を癒す魔法の薬、ポーションの定期購買契約の契約書だ。内容1か月120L、54万G。これを1年で1440L、648万G。
トリスキンのポーションの相場は100ml、500G。順当に売れれば720万G、利益は72万G、粗利10%。
…自分も貿易商に詳しいわけではないが、どんぶり勘定にも程があるのは私でもわかる。
「船はこちら持ちですか?」
「いいや、相手持ちだな」
「勿論入庫する際は検品は行ってますよね?」
「ああ。行っているとも」
「不良品率は?」
「んん、船での輸送中に割れる事もあるからね。5~6%といった所かね」
「返品と再輸送は?」
「船をそう何度も何度も往復させられないからね。契約ではこちら側の負担になる」
…なるほど。それに最近の航海の成功率も考慮すれば…。
「大雑把な計算で申し訳ありませんが、引当金9%としてその分を差し引いて値段を安くするように交渉してください。粗利25%にならないようであれば破談でいいかもしれません。いずれにせよ、私ならこの書類にはサインしませんね」
そう進言すると、マスターは目を丸くした。
「なるほど、それだけの速度で計算に基づいた取引判断できるか…想像以上だ」
「いえ、本来であれば運送費、人件費、関税、倉庫の土地代、国内需要など考慮すべき点がまだまだありますし。この紙面で判断でき得る範囲内で計算したので、参考にはならないかと」
「いいや、大いに参考になったよ」
マスターは私から返された契約書に赤いインクの羽ペンでチェックをつけると、それを引き出しの中に入れた。
「…さて、そろそろ本題に入ろうか。転売ギルドに関して、話が聞きたいのだろう?」
「そうですね。まずは、なぜ公認ギルドのマスターが闇ギルドのマスターも兼用されているのか、理由をお伺いしたいです」
そう言って私は机の上に1枚の紙を差し出した。それにはマスターの顔が描かれ、こうした文言が飾られていた。
『ゼル・ドレイク直接指導!リスクなし!在庫なし!信用を売って確実に年収1000万G!』
「この商人ギルドの掲示板に堂々と貼られていた物です。ここに来る前に見つけました。実際に受けた人の話を聞いたら、ちゃんとマスター自身が講義をしているそうじゃないですか。内容はポワルで行われている、組織的に転売の代理販売をして手数料を稼ぐ方法そのもの。実際に世界各地に1000人単位で実践している人がいるそうですね」
その反応を確認するまでもなく、次に一つの冊子を机の上に出した。
『トリスキン王国商人ギルドマスターが教える!年100万Gを確実に稼げる全く新しい『転売』という方法!』
…この胡散臭い情報商材みたいな文面、ほんとにどうにかならないのだろうか。目を通すと笑ってしまいそうだ。
「次にこの冊子、これは講習内で商人達に売っているそうですね。さらに講習内で商人達にこれを収入に不安を持っていそうな人間に売りつけるように、と教えているそうで。そして同時に、これを買って転売に参加する人が増えれば増えるほど儲かる可能性が高くなるとも」
そう、これは前世でいう所のマルチ商法。メンバーがメンバーを誘うように誘導し、階層式にメンバーを増やして商品を買うように仕向ける販売形態だ。
マルチ情報はメンバー間での金銭取引に発展しやすく、前世では類似した商法のネズミ講が禁じられていた。
「つまり、代理販売による転売組織を作ったのも、ポワル町民を転売をするように誘導したのもゼル・ドレイク、あなたという事になる」
黙ってうつむくマスターをまっすぐ指をさす。もう礼節だのなんだの言っていられない。ここに転売ギルドを組織し、マルチ商法を行い、金の亡者となった人間がいるのだ。わこの世界の転売ヤーを全滅させるためには、こいつを潰さなければならないのだ。
「言い逃れはありますか?」
転売ヤー…全滅すべし…!
詰め寄られたギルドマスター。だが、それに対しても普段を違わない柔らかな物腰で返した。
「いいや、特にはない」
特にはない…だと?ふざけているのか!?
「…なら…ッ!」
「なら、どうするかね?」
細い目から放たれた鋭い眼光が私の胸を突き刺す。そのあまりの迫力に金縛りに遭ったように体が動かなくなり、言葉が続かなくなる。突き出した指先が震える。
「…君はこの商売に良くない印象を持っているようだね。だが闇ギルド自体は王国非公認というだけで犯罪行為をしなければ違法ではない。そしてワシはこの文字通り、ギルドメンバーや商売に詳しくない貧しい人に新しい商売の方法を提示しているだけだ。ワシも商人だからね、それを教える際に少々金を貰っているだけの話だ」
「そんな上辺だけの口上を!その商売は…」
「ではワシの商売を裁く法律はあるのかね?」
さらに言葉が追い打ちで突き刺さる。またしても返せずに動かなくなる。
固まった指の先にはもうマスターの姿はない。彼はとっくに席を立っており、すぐ隣にいた。だが、そうはなってもその腕を下ろすことはできなかった。
そうだ、この世界には…。
「そう、この世界には連鎖販売取引を取り締まる法律はまだない」
!?
連鎖販売取引…マルチ商法の正式名称だ。言葉は日本語ではないが、この国の言葉に当てはめれば確かにそういう意味の言葉発したのだ。しかも『この世界には』とも…。
「マスター…!あんたもしかして…」
「そうだ。ワシも君と同じ、異世界の記憶を残して転生した人間じゃ」
商人ギルドのギルドマスターが…異世界からの人間…!
全容が掴めた所でずっと引っかかっていたところだったが、首謀者のこの男が異世界からの人間であれば、ポワルで起こっていた事が前世のシステムに酷似していた事にも話が付く。
「ふむ、君はどうやら商人になった割には、金稼ぎに並々ならぬ恨みがあるようじゃな。前世は金持ちにでも殺されたのかね?」
「答える必要はない!」
肩に置かれそうになったマスターの手を振り払い、距離をとる。叩かれたその手をさすりながらも、彼は落ち着いた様子で語りを続けた。
「そう嫌いなさんな。連鎖販売取引はこの世界では適法。指数関数的に利益を伸ばす方法があるならば商人として活用しない手はないじゃろう」
「それで金に苦しめられる人間がいる事は考えないのか…!前世では苦しむ人間が大多数のだったから違法だったんだぞ!」
「それは金を奪われる方が悪かろう。少なくともこの国では違法ではないという判断なのじゃよ」
この男、まさか前世では違法とされる金稼ぎの方法を、法律が無いのをいい事にこの世界でやっているか…!?
「あんたに罪悪感や良心の呵責はないのか?」
「何故じゃ?違法でない手段で愚劣な者から金を奪うのに、なんの躊躇いがある」
大真面目に疑問符を浮かべる彼の言動は既にサイコパスそのものだ。こいつには人の心が欠落している。
「のう、ヤミー君よ。4年前に一目君を見てからもしやと思って期待をして、人を遣って後をつけさせておったのじゃ。オラガ村の火の魔石買い占め騒動も、今回のポワルの転売ギルドも、どう対処したか全て知っておる」
「目的はなんだ…!邪魔者を消すためか!?」
「いやいや、ワシは優秀な人材を潰す様な愚かな人間ではない。むしろ逆、ワシは君と手を組みたいのじゃよ」
「手を組むだって?」
「ワシは前世でロクに教養を積めなくての。聞き齧った事を模倣するだけしかできん。じゃが、君はどうやら前世でも相当優秀な人間だったと見える。君の聡明さとワシの今の権力で新しい商売を行えば、このトリスキン、いや世界の市場を完全に独占し、競合も存在しない、商品の価格も流通も思うままにできる巨大な商人ギルドを作れるはずじゃ」
「目的は市場を独占する巨大な商社を作る事か…!」
独占…!一つの企業がすべての競争者を排して、市場を支配する。
企業は自己の利益の最大化を図るため、買う人間から極限まで搾取する値段で商品を売る。
もしそんな独占企業ができれば、転売ヤーの買い占めなんて比じゃなくなる。この男に慈悲がないとすれば、この世界は…商人によって永遠に搾取され続ける世界になる…!
「どうかね?報酬も弾むし副ギルド長の座も用意する。悪くない話だろう?」
「…断ったらどうする?」
「どうもせんよ。依頼を断られていちいち報復などしてたら商人は務まらん。それに、どうせいずれこっちに来る」
「何故そう思う」
「前世の正義などこの世界では通じん。私の連鎖販売取引が良い例じゃ。君が前世の正義を持ち出し続けようとする限り、君は何度でも同じ様な壁に当たるだろうさ。そうして叩かれ、擦り減り、削られて行った先で元の世界の正義がこの世界では正義ではない事に気づき、ワシが正しかった事を理解し、そしてワシのもとに下る」
そうだ…転売も、マルチ商法も、独占も、まだこの世界では違法ではない。この世界がその悪辣さに気づき、違法となるまで時間がかかる。そして前世の歴史とこの世界の文化レベルを照らし合わせて鑑みるに、おそらくそれは私が生きているうちには起きない…。
私はギリと歯が欠け飛び散りそうな強さで歯軋りをした。
悔しい。
今の自分は一介の新米商人。相手は王国の商人ギルドマスター。金も、信用も、力も足りない。彼と対峙すれば法も、人々も何も味方してくれないだろう。
『悪党がぺらぺらと真相をしゃべる時はどんな時か?それは勝利を確信した時だ』
前世で聞いた小悪党の格言まさにその通りだ。このゼルという男も、私がどれだけ盾突こうとも全て自分の味方になって負けることなどない事を確信してこれだけの大風呂敷を広げたのだ。
それなら…いっそのこと…
「条件が2つある」
「何かね?力を貸してくれるならば、何でも言ってくれ。可能な限り応えよう」
穏やかな西風の様な声で私の心を靡かせるマスター。私はその声を聞きながら、血が滲むほど拳を握りしめていた。
罰する法がないなら…いっそのこと…
「ギルドマスターの座を私に譲り渡し、お前はトリスキンから消えろ」
私がギルドマスターとなり、この悪を潰すルールを作ってやる…!
思わぬ答えだった、という様子でもなく、眉をピクリと動かすマスター。
「…それは、宣戦布告という事かな?」
「お好きな様に解釈いただいて構いません。飲み込めないのであれば交渉は決裂。私からのお話する事はありません」
私はそう言うと、答えを聞くまでもなく組合長室の出口に向かった。
「…なるほど、あくまで前世の正義を振りかざすか」
短く背中から突き刺す言葉。私を引き止めるつもりは本当にない様だ。
私はその言葉に対して、振り向くまでもなく返す刀で言葉を投げ返した。
「…振りかざすのは前世の正義じゃありませんよ、私の正義です」
そう言い残して私は組合長室を出て行った。
目標ができた。
まずはこのトリスキンで一番の豪商になる。そしてあのゼルという男をギルドマスターの座から引き摺り下ろし、私がギルドマスターの座につくのだ。
そして違法取引を全て排し、私の前世、いやそれよりも進んだルールを作って悪徳商人を滅ぼすのだ。
金に苦しむ人間をこの世から無くす為に、転売ヤーを始め悪徳商人をこの世から全滅させる。それが私の正義だ…!
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