乙女の痕跡

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Chapter 0 君がいなくちゃ始まらない

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四月某日、晴れ。
新学年になって浮き足立つ生徒たちによって放課後の廊下は埋め尽くされていた。新しいクラスにいるイケメンの話や、変わった担任が最悪だった話、クラスの離れた友達を惜しむ話。それぞれがそれぞれに新しいクラスについて必死に情報を行き交わす中、あたし、和泉奈々は一人だけ魂が抜けたように廊下を歩いていた。

『ま、そういうわけだから、留年したくなかったらコミュニケーション委員、よろしくな。』

というのも、先ほどの担任からのこの一言が原因であった。うち、青葉高校は最近2校が合併して出来た高校である。そのため、地域近辺との関わりが薄いこと、学生が街に馴染まないことなどが問題となり、地域との連携を取る『委員会』というものが設置された。らしい。まあ、そんなもの名ばかりであり、実際には行事が多く嫌われる委員会のため、主に何らかの理由で進級が危ういものや何かの罰則として扱われることの多い厄介な委員会、というのが正体である。そう、その犠牲者の一人として今年はクラスであたしが選ばれたわけであるのだ。
そもそも事の発端はあたしの成績が去年一年間を通して最下位であり続けたこと。先生曰く、本来なら留年してもおかしくはない成績ではあったものの、今年からコミュニケーション委員につけば一年間猶予が出来る、とかなんだとか。

「はあ・・・。」

思い出した途端にまた口をついて出るため息とともに、項垂れる頭をたどり着いた靴箱に押し付けた。正直乗り気ではなかった。この委員会はみんな自分と同じように何かの問題があって集まった人たちばかりで、挙げ句の果てになんてたって業務が多い。さらには留年の危機だという。どんだけ馬鹿なんだ、あたし。悲しい事実に二度目のため息が溢れ出た。

「どうしたのさ、カビ生えるようなオーラ出して。」

聞き慣れた柔らかい声音が耳に届き、ふと顔をあげる。声音とは裏腹に辛辣な言葉を吐き捨てるのは、いつだってきれいな顔をしたあいつでしかなくて。その声の主をせめても睨みつけてやろうと振り返ると、予想通り楽しそうに笑う凛と正反対にも興味がなさそうな気だるげな柊がいた。

「げげ、大魔王凛だ!!」
「天使の間違いだろう?」
「色気のねえ声出しやがって。」

靴箱に張り付くあたしを、どうでもよさそうに罵倒して柊が通り過ぎる。綺麗な笑みを貼り付けた凛もそのあとに続いて通り過ぎ去っていった。あたしは履き替えて居なかった上靴を慌てて靴箱に押し込み、二人の後を追いかけるためにローファを引っ掛けた。

「ちょ、置いてく気かよ!?こんの顔だけ薄情者コンビめ~~!せめて慰めろ~~!」

元々歩くのが早い柊たちに追いつくために小走りで駆けていく。二人とはいわゆる幼馴染という間柄だった。家が近くて小中高ずっと一緒。お互いに親が忙しいというこもあり、夕飯や休日も一緒に過ごすことが多かった。三人で喧嘩したり、笑い転げたり、川の字になって昼寝したり。たった十数年というかもしれないが、あたしにはその積み重ねだ日々は替えの効かない大切な日々だった。ただあたしだけ、いつも学年が違くて、いつも並ぶ二人の背中を追いかけてきた。そう、置いていかれたくなくて、追いつきたくて、振り返る暇もなく、小走りに。そんなあたしの気持ちにお構いなく、二人は全く歩幅を緩めずに進んでいってしまうけれど、気が向いたようにたまに振り返るのだ。半分だけ振り返って、あたしを小馬鹿にしたように目を細めて。

「どうせ、委員会選ばれたんでしょ?」
「お前なんて一年で目付けられる決まってんだろうが、今更落ち込むな。うぜえし。」

ほら、こうやって。

「えっ?!?なんで知ってんだ!?えっ?!」

あたしの問いかけも虚しく、さあな、といって柊は再び前を向いた。ふふふ、と柔らかく微笑んで凛も同じように柊の隣を歩いていく。
好きだった、二人のその背中が。そこに、あたしの居場所があった。

「おいおいおい、二人だけでずりーぞーーーーー!!」

どこかで部活の始まりを知らせるチャイムが鳴る中、叫んだ声は空に舞って、花吹雪に紛れて消えていった。私の高校二年生が、始まった。


君がいなくちゃ始まらない

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