【完結】姫の前

やまの龍

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第3章 鎌倉の石

第56話 局

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「あの、ハカって何かご存知でしょうか?痛いらしいと聞いたのですけど、どんな痛みなのかわからなくて」

 誰かに教えて貰おうと、下げられた菓子を盆に乗せ、控えの間でそう問うたら、その場がしんと静まり返った。

 それからドッと上がる笑い声。目を瞬かせるヒメコに年配の一人の女官が近付いてきて隣に腰を下ろし、ヒメコの手を引いてその場に腰を下ろさせた。

「姫御前、知らぬことを人に尋ねるは良いことなれど、場と相手をお考えなさい。破瓜はかとは男女の営みが初めての場合の女に起こること」

「え!」

ヒメコは手にしていた盆を取り落としてしまった。菓子がバラバラとその場にばら撒かれる。

 局は零れ落ちた菓子を丁寧に盆に拾い集めながら続けた。

「破瓜の痛みは人それぞれ。月の障りの寡多かたがそれぞれ違うんと同じ。ただ言えるんは、その行為が誤ちや災難でないなら、破瓜の痛みなぞ笑うてまうくらい軽いことや。幸せな心持ちで臨むならばそないおそろしことありまへん。出産も同じ。子に逢える思うたら、痛みなどどこぞへ飛んでってまう。やなかったら二人も三人も産めますかいな。なぁ?」

「え、あ、はぁ」

 よくわからないままに局の勢いにつられて相槌を打つ。

 この局とは顔は何度か合わせていたが、殆ど言葉を交わした事がなかったのでどう対応していいのかわからない。

 と、他の女房が口を挟んだ。

「確かにねぇ。一人産んだ時にはもう二度と御免と思ったのに気付けばもう一人、二人と欲しくなるものですものねぇ」

「まこと、子は宝。夫はどうでも諦めがつくけど子ばかりは可愛くてねぇ」

 気付けば、部屋に残っていたのは年配の女房たちばかりだった。若い女官達はいつの間にか逃げたらしい。どうしよう?自分も逃げるべきか。そう思えど、局は目を輝かせて膝を詰めてくる。

「姫御前は巫女やから結婚なさらぬものかと勝手に思うとりましたが、そんな心配をなさるようになったとはねぇ。へぇ、そういうことですか。そりゃ宜しかった。そろそろ巫女も上がり時なんやねぇ。そういうことやろ?な?」

「あ、はい、もう少ししましたら恐らく」

 局の勢いに呑まれて、ついそう答えてしまったヒメコに、その年配の局は軽く何度か頷いて見せるとニッと口の端を上げて言った。

「巫女様には指導など到底出来ぬ私でしすが、妻や母としての心得なら先輩として多少はご指導出来ましょう」

「え、ご指導?」

 繰り返したヒメコに局は目を細めると大きく頷いた。

「ええ。私は中原広元の妻。ここでは摂津局と呼ばれております。子も成長して暇なので御所で女官指導などしとります。ま、小煩い姑みたいなもんですわ」

「はぁ」

「妾は別として、正室として結婚するんなら、縁組は結局は家同士のこととなります。で、漏れなく付いてくるんが家人や親族。お人にもよりますが、舅、姑というもんはなかなかに手強いもの。御所勤めをしていたなどというと舐められてネチネチいじめられたりもします。それをバァンと跳ね返し、明るく強く逞しく生き抜く女を作るのが私のここでの務め。私はそう勝手に決めましてん。夫はどうせ忙しゅうて滅多に帰って来ぉへんし、これ幸いと、何ぞ私にも出来ることおまへんかと御台様に直談判してみましたら、女官頭のお役目を賜り、おかげで十も二十も若返りましたわ。ほんま、生き甲斐があるってええなぁ」

 言って摂津局はカラカラと笑った。

 よく喋る人だ。その声も大きく迫力があって、まるで立て板に水。息継ぎすら勿体無いかのように押し寄せる言葉に相槌を打つ間もない。そうして喋り倒しながらも、先程ヒメコが持ったきた菓子を摘んでは口に放り込み、ポリポリ音を立てて食頬張りつつ喋り続ける。ヒメコは摂津局のよく動く口と目と手と肩とに見入っていた。京の言葉とはまた少し違って、早くてよくわからない所もあるけれど、でも楽しそう。気付くとヒメコも楽しくなって笑っていた。中原弟の妻ということだけど、あの寡黙な広元とどんな会話をしてるのだろうかと想像してしまう。きっと彼女が喋り倒して広元は黙って聞いているだけなのだろう。でもそれで上手くいってるのだ。夫婦は性質が違う方が上手くいくとよく聞く。コシロ兄は寡黙でいつも冷静だ。ならば自分は賑やかでもいいのかもしれない。呆れられないようにと、近頃は大人びた振る舞いを心掛けていたけれど、もっと自分らしく生きてもいいのかもしれない。コシロ兄は呆れながらも「しょんない」と許してくれていたのだから。

 そうしてコシロ兄のことを思い出した途端、コシロ兄に会いたくなった。上洛してしまう前にやっぱりもう一度会いたい。文のお礼と、待ってますの一言を伝えなくては。

 ヒメコは慌てて笠を被ると外へ飛び出した。
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