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第四章 葵
第19話 祖母の覚悟
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「そこの馬、何処へ行く」
呼び止められてコシロ兄が馬の手綱を引く。
「この先にある縁者の屋敷だ」
手短に答えたコシロ兄の馬の前には槍を手にした男がいた。
「後ろの女もか?」
そうだと答えるコシロ兄。その気配はひどく張り詰めていた。
「どこから来た?」
「鎌倉だ」
コシロ兄がそう答えた途端、槍を構えていた男が槍の柄尻でドンと地を突いた。鎧を着けた男たちに周りを取り囲まれる。
「鎌倉から比企まで何用で参った」
「祖母に会いに来ました。通して下さい」
咄嗟にヒメコが答えていた。
「祖母?そなたは何者だ」
「比企掃部允の孫娘です。この先の祖母の屋敷に参ります。貴方がたは何者ですか?ここで何をしようと集っておられるのです」
「比企殿の孫娘?嘘を申すな。お方様はあちらにおられる」
それで合点がいく。彼らは藤九郎叔父の姫が嫁いだ範頼殿の家人だ。
「私は、そのお方様の従姉妹です。比企朝宗が娘。お通しください」
少し後ろにいる、男たちの中の頭領格と思われる男をはっしと見つめて言う。
パッと場が開いた。その向こうから祖母が姿を現わす。
「お祖母様!」
驚いて叫んだヒメコに祖母は笑って言った。
「やれやれ、なんて無鉄砲な娘なんだろうねぇ。あんたも苦労するね、だんまり殿」
祖母はヒメコの前まで歩いてくると、先程ヒメコが睨み付けた男に向かった。
「確かにこの娘はあたしの孫さ。槍を引きな」
そう命令した。
「この子たちは心配要らないから、あんたらは彼らの所に戻ってな。また後で連絡を寄越すよ」
言って歩き出す。
比企の館に着いて馬を預け、コシロ兄とヒメコは屋敷の中へと入った。
「よく来たね。赤子は置いて来たのかい?」
問われ、ヒメコははいと頷いた。
「驚かして悪かったね。ま、察しはついてるだろうが、あれらは範頼殿の家人だよ。私の孫娘が範頼殿の男児を二人産んでるんでね。範頼殿が伊豆修善寺に送られて、慌てて母と二人の子を保護してここに連れて来たんだ。で、あんたらは?何しに来たんだい?」
「その二人のお子を助けたいのです。お祖母様、将軍に文を書いて下さいませ。私がそれを持って鎌倉に行き、何とか佐殿を説得しますから」
「文ねぇ」
祖母はそう言って首を竦めた。
「そりゃ、それで済むんなら幾らでも書くんだがね。今回はそれじゃ済まないと思うよ。範頼殿は武闘派で、家人らからの人望がある。鎌倉でも家人が何やら騒動を起こしたんだろ?遠江でも起こりそうだと聞いてるよ。実際、ここ吉見でもあんだけ兵が集まってるんだからね。だから範頼殿は今の時点では配流だが、恐らく近く処断されるだろう。危険だからね。それは仕方ないが、子らはまだ小さいしね。私も何とかならんものかと匿ったんだよ。だが、もし武装してるのが鎌倉に伝わったら、佐殿は子らも処分するだろうよ。だから、あいつらには武装を解いて沙汰を待てと言ってたんだけどね。まともにぶつかって勝てやしないの分かりきってるのに聞きやしない。私の曾孫を殺す気かい、全く」
腹立たしげな祖母。
「あの、安達様のご息女は?」
「範頼殿の子と一緒に立て籠もってるよ。だからね、私は鎌倉に行こうと思ってるのさ。あんた達、これから鎌倉に戻るんだろ?私も連れて行っとくれ」
「鎌倉へ?お祖母様ご自身が?」
コシロ兄と顔を見合わせる。
「でも我々は馬で参ったので」
「だから何だい?一緒に乗せとくれよ」
「でも万が一落ちたりしたら危ないわ」
ヒメコが言ったら、祖母はフンと鼻を鳴らした。
「お前の馬になんぞ、危なくて乗れないね。だんまり殿の馬に決まってるじゃないか。歳を取ってね、身体も小さく軽くなったから、小童を乗せるようなもんだろ。落とさぬようにひとつ宜しく頼むよ」
頼むと言いつつ命令口調の祖母に、コシロ兄は諦め顔で頷いた。祖母は吉見観音堂周辺にて身を潜めている男衆に大声で呼ばわる。
「あんたら、あたしが帰るまで勝手に動くんじゃないよ。あたしの曾孫の命に関わるんだからね。もし何事かあったら、熱田大明神様に念じてあんたら皆呪ってやるから覚悟しときな」
ヒメコは少し緩やかに駆けるコシロ兄の馬の後ろを追った。
鎌倉に着いたのは日暮れだった。
「やぁ、邪魔をするよ」
ズカズカと御所内に上がり込んだ祖母に、頼朝は手にしていた扇を取り落とした。
「尼君?これは夢ですかな。それとも、もしや」
言いかけた頼朝の前に祖母はトンと座って言葉を繋ぐ。
「亡霊かって?悪いがあたしはまだ生きてるよ。ピンピンとは言えないがね。何てったって、初めて馬に乗せられたんだ。胸がまだムカムカするよ。ちょっと水をくれないかね」
侍女が急いで水を運んでくるのを頼朝は受け取って、自ら椀に水を注いで祖母に渡す。
「おや、大将自らに淹れて貰うなんて悪いね」
ちっとも悪いとは思ってない口調で言うと、祖母は片手で椀を受け取りグビグビと飲み干す。何杯か飲んだ後に、ハァと息を吐いて笑った。
「ああ、お蔭でやっと人心地ついたよ。死ぬまでに一度は馬に乗って鎌倉に行ってみたいと思ってたんだけど、だんまり殿のお陰でやっと念願叶ったね」
「何故また馬になど。牛車か輿を遣わしましたのに」
やっと少し気が落ち着いたのか祖母に向かう頼朝に、祖母はハンと首を巡らせた。
「分かるだろ?急ぎで来たんだよ。あんたの了解さえ貰えれば、こっちはそれでいいんだ」
頼朝は黙って祖母を見つめた後に、その後ろに並んでいたヒメコとコシロ兄にチラと目を飛ばした。
「で?お急ぎで何用でしょうか」
呼び止められてコシロ兄が馬の手綱を引く。
「この先にある縁者の屋敷だ」
手短に答えたコシロ兄の馬の前には槍を手にした男がいた。
「後ろの女もか?」
そうだと答えるコシロ兄。その気配はひどく張り詰めていた。
「どこから来た?」
「鎌倉だ」
コシロ兄がそう答えた途端、槍を構えていた男が槍の柄尻でドンと地を突いた。鎧を着けた男たちに周りを取り囲まれる。
「鎌倉から比企まで何用で参った」
「祖母に会いに来ました。通して下さい」
咄嗟にヒメコが答えていた。
「祖母?そなたは何者だ」
「比企掃部允の孫娘です。この先の祖母の屋敷に参ります。貴方がたは何者ですか?ここで何をしようと集っておられるのです」
「比企殿の孫娘?嘘を申すな。お方様はあちらにおられる」
それで合点がいく。彼らは藤九郎叔父の姫が嫁いだ範頼殿の家人だ。
「私は、そのお方様の従姉妹です。比企朝宗が娘。お通しください」
少し後ろにいる、男たちの中の頭領格と思われる男をはっしと見つめて言う。
パッと場が開いた。その向こうから祖母が姿を現わす。
「お祖母様!」
驚いて叫んだヒメコに祖母は笑って言った。
「やれやれ、なんて無鉄砲な娘なんだろうねぇ。あんたも苦労するね、だんまり殿」
祖母はヒメコの前まで歩いてくると、先程ヒメコが睨み付けた男に向かった。
「確かにこの娘はあたしの孫さ。槍を引きな」
そう命令した。
「この子たちは心配要らないから、あんたらは彼らの所に戻ってな。また後で連絡を寄越すよ」
言って歩き出す。
比企の館に着いて馬を預け、コシロ兄とヒメコは屋敷の中へと入った。
「よく来たね。赤子は置いて来たのかい?」
問われ、ヒメコははいと頷いた。
「驚かして悪かったね。ま、察しはついてるだろうが、あれらは範頼殿の家人だよ。私の孫娘が範頼殿の男児を二人産んでるんでね。範頼殿が伊豆修善寺に送られて、慌てて母と二人の子を保護してここに連れて来たんだ。で、あんたらは?何しに来たんだい?」
「その二人のお子を助けたいのです。お祖母様、将軍に文を書いて下さいませ。私がそれを持って鎌倉に行き、何とか佐殿を説得しますから」
「文ねぇ」
祖母はそう言って首を竦めた。
「そりゃ、それで済むんなら幾らでも書くんだがね。今回はそれじゃ済まないと思うよ。範頼殿は武闘派で、家人らからの人望がある。鎌倉でも家人が何やら騒動を起こしたんだろ?遠江でも起こりそうだと聞いてるよ。実際、ここ吉見でもあんだけ兵が集まってるんだからね。だから範頼殿は今の時点では配流だが、恐らく近く処断されるだろう。危険だからね。それは仕方ないが、子らはまだ小さいしね。私も何とかならんものかと匿ったんだよ。だが、もし武装してるのが鎌倉に伝わったら、佐殿は子らも処分するだろうよ。だから、あいつらには武装を解いて沙汰を待てと言ってたんだけどね。まともにぶつかって勝てやしないの分かりきってるのに聞きやしない。私の曾孫を殺す気かい、全く」
腹立たしげな祖母。
「あの、安達様のご息女は?」
「範頼殿の子と一緒に立て籠もってるよ。だからね、私は鎌倉に行こうと思ってるのさ。あんた達、これから鎌倉に戻るんだろ?私も連れて行っとくれ」
「鎌倉へ?お祖母様ご自身が?」
コシロ兄と顔を見合わせる。
「でも我々は馬で参ったので」
「だから何だい?一緒に乗せとくれよ」
「でも万が一落ちたりしたら危ないわ」
ヒメコが言ったら、祖母はフンと鼻を鳴らした。
「お前の馬になんぞ、危なくて乗れないね。だんまり殿の馬に決まってるじゃないか。歳を取ってね、身体も小さく軽くなったから、小童を乗せるようなもんだろ。落とさぬようにひとつ宜しく頼むよ」
頼むと言いつつ命令口調の祖母に、コシロ兄は諦め顔で頷いた。祖母は吉見観音堂周辺にて身を潜めている男衆に大声で呼ばわる。
「あんたら、あたしが帰るまで勝手に動くんじゃないよ。あたしの曾孫の命に関わるんだからね。もし何事かあったら、熱田大明神様に念じてあんたら皆呪ってやるから覚悟しときな」
ヒメコは少し緩やかに駆けるコシロ兄の馬の後ろを追った。
鎌倉に着いたのは日暮れだった。
「やぁ、邪魔をするよ」
ズカズカと御所内に上がり込んだ祖母に、頼朝は手にしていた扇を取り落とした。
「尼君?これは夢ですかな。それとも、もしや」
言いかけた頼朝の前に祖母はトンと座って言葉を繋ぐ。
「亡霊かって?悪いがあたしはまだ生きてるよ。ピンピンとは言えないがね。何てったって、初めて馬に乗せられたんだ。胸がまだムカムカするよ。ちょっと水をくれないかね」
侍女が急いで水を運んでくるのを頼朝は受け取って、自ら椀に水を注いで祖母に渡す。
「おや、大将自らに淹れて貰うなんて悪いね」
ちっとも悪いとは思ってない口調で言うと、祖母は片手で椀を受け取りグビグビと飲み干す。何杯か飲んだ後に、ハァと息を吐いて笑った。
「ああ、お蔭でやっと人心地ついたよ。死ぬまでに一度は馬に乗って鎌倉に行ってみたいと思ってたんだけど、だんまり殿のお陰でやっと念願叶ったね」
「何故また馬になど。牛車か輿を遣わしましたのに」
やっと少し気が落ち着いたのか祖母に向かう頼朝に、祖母はハンと首を巡らせた。
「分かるだろ?急ぎで来たんだよ。あんたの了解さえ貰えれば、こっちはそれでいいんだ」
頼朝は黙って祖母を見つめた後に、その後ろに並んでいたヒメコとコシロ兄にチラと目を飛ばした。
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