いろはにほへと

源 煇

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呼び出し

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「あーー」
突然、馬頭先生は奇声を発する。
帰りのホームルームで級友皆、明日を楽しみにしている最中(さなか)の出来事であった。
それまでの吹き溜まった教室の談笑の口を塞ぎ、ざわめきに蓋をする長い長い「あー」を続けている。
誰に向かってなのか目の焦点が合っていない不気味さがあった。
「あー…あ、えーと今朝の入学式だが学年部長から叱責された。なぜだか分かる?」
空いた口から音が出たと思えば、ようやく人の言葉を喋り始めた。
君、分かるか?と目線を手前の生徒の眉間に向けて、添えるように指を指す。
「えっと、分かりません。」
生徒は素直にそう答えたが、馬頭先生は困ったなと頭を掻きむしり黙った。
ひとたび、ひそひそと思惑が風聞し、頭の上を交差して吹いている。
そして、また静かになる。
「うーん、事の発端はね。学年部長がいうにはね。式典中の態度のことらしい。」
僕はああ、やっぱりと確信する。
私語や笑い声にかき消されていた式典に参加しているだけで在校生として認められる皆は、校長先生や来賓者の言葉は街頭演説に変わりなく耳から通り抜ける。
「それだけじゃないぞ。なんでも肩車をしていた生徒が通行中の他生徒にぶつかったと聞いている。由々しき事態だな。なあ、らいもんじくん」
先生と教室のみんなの目がこちらに向いてくる。
急な眼圧に胸が押しつぶされ「ひゅっ」と声が出た。
「まあ、新入生研修があることだし、修了すればみんなの意識も変わっているだろう。
しかし、肩車していたやつは放課後先生の所に来なさい。」
そして、タイミングを見計らっていたかのようにチャイムが鳴り出すと先生は「では、また明日」と付け加え、入学初日というのもあり日直もたてていないので先生自ら「起立」とホームルームを終わりにした。なんとも歯切れも収まりの悪い挨拶を終えると先生は教室を出ていきみんなはこちらを見てくる。
「あなた、肩車で喜ぶ年頃なのね。父親が欲しかったの?」
「あそこまで名前を秘匿されると逆に個人で言ってきて欲しいと思いますよ。あと、みことさんに無理やりされて倒されただけです。」
「貞操を奪われたの?」
「肩車です!」
「あら、私てっきり隠語かと。ごめんなさい。誰かさんのせいで性格がひねくれちゃったから」
黄昏の机の上には頓挫する船のようにくたっと置かれた筆箱がある。
「さすが、元信者様。性知識豊富ですね。惚れてます。」
「セックスはいいものよ。濡れてます。」
「処女なのに経験者ぶらないでください。」
品のない言葉にあたふたする僕にようやくキキさんの笑顔がこぼれる。
彼女はまるで謀略を企む悪女のようにふふふといつものようにほくそ笑み、「調子に乗らないことね。童貞くん。」と勝ち誇っている。
久々に彼女を泣かしたくなってきた。
「黄昏!いる!?」
野蛮な張本人が教室の入口で呼んできた。
「肩車であんたが倒れたから私のせいにされたじゃない!」
廊下を走ってきたのであろう、息を切らしながら怒号を飛ばしている。
「倒れたのはみことさんだと思うのですけど」
「文句言うな!」と勇(いさみ)寄ってくるみことは肩で息をする口で腕を噛み付いてくるかように、目のあった熊の勢いでもう片方の腕を掴んでくる。
そのまま、ききさん方へときびすを返して「先輩も人の男に手を出すのやめて貰えません?だから留年するんですよ」と
まざまざと僕の腕を引っ張り抱き寄せ、ききさんが留年しているとみんなに知らしめる。
「そうね、好きな男の女遊びくらい笑って許してあげないとね。黄昏くん、また明日」

返事をさせる間もなく口角をひくつかせるみことは僕を肩に抱っこして脱兎して教室を後にした。


宮崎と喧嘩させる?
後日、いじめられる?
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