Realize・Id  ~統境浪漫譚~

86式中年

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本編 『起』

第十四章 それぞれの休日 ~箱庭の主様の場合・前編~

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 2049年現在、世界には数多くの傭兵団が存在している。

 飛崎が所属していたARKSや、エリカの師が所属していたリヒテナウアー剣士団のような有名所は勿論、中小企業のようにそこそこに成功を収めている所や、無名な弱小傭兵団に至ってはそれこそ無数いる。何故こんな雨上がりの筍のようにポコポコと正規軍ではなく傭兵団が存在しているのかと言えば、人間誰しもが役人に成りたいとは考えないし、自由や成功を求める冒険者もいるのだ。

 適合者特措法に代表されるように、人類の危機に於いてそんな温いことは言っていられないのだからとにかくお国のために働け、と考える人間も多かったのだが極論だけで立ち行かないのが世の中だ。勿論、1999年の『消却事変』に始まった―――俗に言う黎明期には大抵の適合者が軍属になった。先立っての混乱で多くの職業戦闘者が命を落とし、ロクに戦い方を知らない民間人が守られて生き残り、そんな彼等が戦い方を覚えるには軍属になるのが手っ取り早くあったのも勿論だが、何より単独での生存が非常に厳しかったからだ。

 しかしながら、圏が出来るほどに安全性が高まって来ると、別の問題が出てくるのが世の常である。

 安全な環境が確保され、人口が増加すればそれだけ人同士のトラブルは増えてくるし、軍内部にもいらないことを考える輩も出てくる。小人閑居して不善を為す、まさに格言通りだ。

 治安問題、内部統制、規模に関わらず散発的な消却者の出現、それに加えて国境警備―――どう考えても一軍だけで手が回る訳がない。そもそも、『消却事変』以前の日本ですら自衛隊や警察や公安調査庁などに代表される治安組織が複数あり、その中でも幾つも役割分担をされていた。

 軍隊と言うのは度々大きな生き物だと比喩される。その動きは鈍重であるし、また一度動き出せば簡単には踏み止まれない以上、その重苦しさは返って良しなのであるが、小回りが効かないのもまた事実。

 であるならば、と出来たのが傭兵だ。

 素行不良の軍属には馴染めない連中をいっそ排出し、ある程度支援してやって自立を促し、職を得させて手足とする。軍隊がトラックならば傭兵はバイクだ。軍が入り込めないような路地に入り込み、トラブルを解決する。現在でこそ営利企業としてきちんと独立しているのが大半ではあるが、初期の成り立ちは何処の国も似たりよったりであった。

 二次大戦後の日本で言うならば、警察と極道の関係に近い。蜜月、とまでは行かないが表と裏でそれぞれの役割を把握して、表立っては不干渉でそれぞれに独歩する。なにか共通の問題が起きれば協力だってする。そうやって利用し利用される関係なのである。

 さて、そのようにして現在に至り、世の中には星の数ほど傭兵団が溢れる中で一際不思議で、世界中の同業からはやべー奴らと言われている集団が一つある。

 正式名称としてアローレイン、と傭兵協会には登録されているが、彼等はその一兵卒に至るまで執事服、メイド服を着用しており、箱庭の家臣団を自称している。

 そう、箱庭だ。

 拠点は不明、規模も不明、しかしながらその練度、装備ともに尋常ではない。クラスExを集団で抱えているのか冗談ではなく一人で一個中隊に匹敵する程の実力者が多数確認されており、その装備も何処から入手したのか最新鋭を揃え、自前で空中戦艦を複数所有し艦隊まで組んでいる。一体何処で建造したのか、いや、そもそもその豊富過ぎる資金は一体何処から調達したのか。

 噂レベルならば都市伝説好きの与太話、と一笑で終わるのだが彼等は度々名のある戦場にふらっと現れては眼を見張る戦果を叩き出して同じようにふらっといなくなる。かれこれ二十年程それが続いていた。

 現場指揮官は言わずもがな、政治家や官僚達までその存在を認めているのだから都市伝説には出来なかった。その実力や装備から見て取れる資金力を狙って今まで幾つもの勢力が友好、非友好に問わず接触を試みたらしいが、そのいずれも一蹴されている。家臣団を自称しているのだから主がいるはずなのだが、それが一体誰かも分からない。あまりに豊富過ぎる資金力から何処かの大富豪だと目されているが、名のある富豪の金の流れを辿っても行き着かない。

 業を煮やした何処ぞの国の軍閥が、罠を張って末端と思われるメイドを攫ったが次の日には奪還と報復と言うお題目を掲げて艦隊が攻めてきており、宣言と同時に首都の主要施設を制圧、目標を保護、そして軍閥の主要人物達をさくっと粛清し、悠々と撤退していった。当然、メンツを潰されたその国は激怒して他国に呼びかけてアローレインを国際テロリスト認定しようとしたのだが、何故か周囲の国の動きは鈍く、気づいた時には政権が交代していた。どう考えても奴らの仕業だ、と誰しもが考えた。政治力まであるのかこいつ等、と関わりのある、あるいは薄くても知っている人間はドン引きした。

 やる事なす事軒並み派手で容赦がなく、しかしそれほど大暴れしてもその全体像が掴めない。そんなあまりの掴みどころの無さに蜃気楼の箱庭、と呼ばれるようになった彼等は意外にも各国―――当然友好国に限るが―――に支店は作っている。何故かメイド喫茶、執事喫茶ではあるが。傭兵団としての依頼は傭兵協会経由ではなくそこから直接受け付けている。客の好みにうるさく、気に入ればタダ同然で請け負うが気に入らなければ物理的にお掃除される。

 そんな一風変わった傭兵団、アローレイン。その中核を成す箱庭。その主こそが―――。

「………むぅ。朝か」

 寝癖を爆発させた状態で身を起こしたこの男、飛崎連時である。

 寝ぼけ眼をしばしばとさせ、ぼんやりとした思考のまま両の紫瞳で天井を見上げる。低く、見慣れない天井。日本に帰郷して三週間程になるが、ここ数ヶ月は凄まじく大きい屋敷に住んでいたのでそちらの方が馴染みがあった。とは言え、一般的な日本の住居をうさぎ小屋と称するほど海外に毒されてはおらず、こんなもんだったかと首をかしげる程度である。しかしながら一般教練校生が入る寮よりは広く、天井も高いのだ。

 飛崎は寮生ではない。

 校則では入寮が推奨されているのだが、強制ではない。つまるところ、実家が近かったり自分で部屋を借りれるほどの財力があれば入寮する必要性はないのだ。士官学校の側面もあるくせにこの温い仕様は、またぞろ教育委員会による介入だ。本来、連帯感やより高度な集団行動を養うのに寮生活は最適なのだが、時の教育委員会が『軍国主義がうんぬんかんぬん』と宣ったためにこうした微妙な規則となった。そしてこの国では一度決まった制度はそうそう覆されない。人類の脅威が目の前にあるのだというのに、しょうもない茶々を入れてくるものだと辟易したのは、当時から理事長として君臨する長嶋武雄だけではないが、こうしたガス抜きをしておかないといざ本命を捩じ込む時に邪魔されると妥協したのである。

 それはともかく。

 藤沢町田線より一本奥に入った住宅街の一角に、彼の住居がある。土地面積200坪、建物面積48坪のそこそこ成功したサラリーマンがローンを組んで買うような邸宅だ。土地の価格を鑑みれば、それでも少々見栄を張らないと購入に踏み切れないぐらいだろうか。

 旧友である長嶋武雄に教練校に近くて広い家、と要望を出したらここを紹介されたので一括購入した。彼の身内が頻繁に出入りすることを考慮すると、これでも少々手狭なぐらいだ。もっと広い家を買っても良かったのだが、あまり派手にやりすぎるのも良くないと判断してここに落ち着いた。

(それでも婆ちゃん家よりは広いよな、この家)

 のそのそと着替えをしながら飛崎はそんな事を思う。

 彼は幼い頃に両親を亡くしてから、児童養護施設に引き取られるまでの数年間、静岡にある祖母の実家で暮らしていた。地方都市の郊外―――平たく言えば田舎だったので平屋の日本家屋に住んでいたのだが、畑の方が広かった印象がある。

(まぁ、家臣達が出入りする以上はコレぐらいは最低限か)

 飛崎麾下の家臣団が全員来たら、これでは全く足りない。とは言え普通に生活するだけならばコレで十分過ぎるほどであるし、ちょっとした集まりなら対応できる。

(全員呼び出すような事態となりゃぁ、復讐も大詰めだろうしな。もうこの国に土着することもねぇし、気にしすぎてもしょうがねぇっちゃしょうがねぇ)

 タイムスリップのように時間が飛びすぎていて、故国だというのにそうは思えない飛崎は、既に日本に執着していない。骨を埋める場所は、実の所、既に決めている。

「おはようございます。マスター」
「あぁ、ティアか。おはよう」

 部屋を出てとんとんと一階に降りていくと、一人のメイドが頭を垂れていた。長い黒髪を2つ括りに下げ、丈の長いヴィクトリアンテイストなメイド服を身に着けた妙齢の女性だ。主張の強い胸部装甲に輝く青のブローチがよく似合っている。

 リースティア・ロックリード。

 箱庭の家臣団に於ける三人の幹部の一人であり、主に侍従隊を統括するメイド長だ。日本では飛崎の専属として身の回りのサポートを行い、リースティア・飛崎・ロックリードを名乗り鐘渡教練校に教官として潜入している。そしてこの家屋の表向きの所有者になる。

「朝食はどうされますか?」
「食うよ。先に顔洗ってくる」

 答えると彼女の手に何処からともなく畳まれたタオルが出現し、それを差し出された飛崎は驚きもせず受け取って洗面所に向かった。

 ばしゃばしゃと冷水で適当に顔を洗って目を覚ますと、手櫛と顔を拭いて濡れたタオルで適当に寝癖を直しリビングへと向かう。

「さて、ラジオラジオ」

 カチャカチャと朝食の準備をしている音を聞きながら食卓に着き、テーブルに置かれていたラジカセに手を伸ばして操作する。と言ってもこの家でこんなレトロ機器を触るのは飛崎だけなので、チャンネルはずっとFM84.7に合わせっぱなしだ。

 幾つかのCMの後、軽快な音楽とともに女性の声がラジカセから聞こえてきた。



『鐘渡のみなさーん!春夏秋冬四姉妹のしーずんラジオのお時間ですよー!』

『お仕事前、お仕事中、あるいは通勤途中、または土曜日休みで惰眠を貪っているみなさんおはようございます。もう春先なのにまだ寒いので、昨日はおこたでヌクヌクしながらお鍋にしました。未だにコタツがしまえないみんなのお姉ちゃん、春菜です』

『昨日、最近ハマった海釣りに行ったらおっさん達がなんか色々世話焼いてくれた!こういう時女って便利だよな。あたしゴカイとかフツーに素手で行けるけどな!鍋にしたスズキを獲ってきた千夏だぞぅ』

『秋奈よ。千夏姉ぇに絡んでたオジサマ達に貢がせてみたのだけれど、ムチとローソクを渡された時はちょっと戸惑ったわ。どうして車に積んでたのかしら?仕方ないので鼻で笑ってやったのだけど、身を震わせていたから多分満足したのでしょうね。ブヒィとか鳴いてたけれど、ちゃんと人に戻れたのかしら?あぁ、後で圏警に通報しておいたから安心しなさい』

『そんなお姉ちゃん達にお夕飯の支度を任せて冬美はのんびりゲームしてました。「益荒男ハンター2」ってゲーム。初代は捕まえた益荒男を育ててコマンド選択で戦わせるだけだったのに、どうして格ゲー化したんでしょう。しかも寝技主体って。必殺技ゲージが御立派様なのは開発者頭湧いてるんじゃないかと感心しました。ゲージ最大で直立とか結構直球です。登場人物皆マッチョのむくつけきおっさんだけど剛直具合を考えるに多分十代なんでしょうね。あ、お鍋は美味しかったです。次はスズキのしゃぶしゃぶとか食べたいです』

『この時間は、私達神楽坂四姉妹が朝の忙しい時間に、敢えてまったりゆったりしてもらうために綾瀬重工のお偉いさんを脅して、もとい、お願いして枠を取ってもらってます。番組をもっと続けて欲しいって人は綾瀬重工製の商品を買いましょー』

『相変わらずのダイレクトマーケティング。でも仕方ないかこれぐらいしてあげないと可哀想だもんねお偉いさん達。秋奈の顔見ると顔真っ赤にして怯えるもんなぁ。一部ハァハァしだすけど。―――キモいな!』

『まだ我慢できる人がいる辺り調教が足りないわね調教が。―――オジサマ達は私に全て貢げばいいのよ?』

『上の姉二人が言っちゃいけない舞台裏ぶちまけてますけど取り敢えずOPに行ってみましょう。私達しーずんシスターズにして五曲目になります。曲名は「あの日の夢は」。好評発売中ですので皆さん買ってくださいね』

『やっぱりダイマだ―――!』



「相変わらずカオスですねこの番組」
「うむ。この壊れ具合がいいのよ。昭和のTV番組のはっちゃけ具合を思い出すわ。ラジオではなくTV出演すればきっと水着でポロリもしてくれるに違いない。うむり―――エンターティメントの美学してんな!」

 白米と味噌汁、塩焼き鮭に冷奴とほうれん草のお浸しにお新香―――およそ洋風のメイドに似つかわしくない和食の数々を食卓に並べつつ苦笑するリースティアに飛崎はゲラゲラ笑いながらいただきますと手を合わせて食事を始めた。

「そう言えば報告があるのでした」
「ん?何ぞ進展でもあったか?」

 出汁の効いた味噌汁を飛崎が啜っていると、対面に座ったリースティアが思い出したように手を合わせた。

「ええ、少し関係がありますね。昨日の夜中、シンシアが動物を拾ってきたらしくて」
「シンシアが?と言うかアイツ、夜中に出掛けたのか?」
「愛飲しているソウルドリンクが切れたからコンビニに出たらしいです。一応、深夜番のアシュリーを護衛に付けたらしいですけども―――やはり小さいいざこざもあったようです」
「アイツの力借りている儂が文句をつけるのは筋違いだが、夜中に若ぇ女二人で外に出るのは感心せんなぁ。やっぱ、育成中の従者も護衛がてら呼んだ方が良かったか?」
「こちらでの基盤が出来ればそれもありでしょうが、現段階で彼等を呼ぶのは周囲を警戒させるだけだと思います。ただでさえこの国で外国人は目立ちますから」

 箱庭の家臣団は多種多様な人種及び年齢層で構成されており、中には当然男もいる。一言に家臣団と言っても様々な役割があり、役職だけで言っても数十の職が存在するのだ。その中には男性の方が向いている役割も多々あるために、その全てを女性で賄ってはいない。日本に来るに当たって、前述の理由でメイドばかり連れては来たが、若い女性は警戒心を解くには良いが反面、舐められやすい。尤も、その実力はその辺のチンピラ風情に劣ることは決して無いのだが、隠された実力を嗅ぎ分けれるほどの猛者ならばそもそもチンピラなどやってはいまい。

 絡んでくるのは、大抵身の程知らずな馬鹿だ。

「んで。絡んできた馬鹿どもは?」
「全員、気づいたら病院のベッドだったようですよ?全員『ああ、メイドに!メイドに!』と意味不明なことを宣っていたので精神病棟に転院するらしいです。―――当分は出てこれないことでしょう」

 そーか、と鼻息一つして飛崎はほうじ茶をすする。

「やっぱローガン連れて来れりゃぁな。まぁデヴィットに貸し出してんのにそんな事は言えんが」
「ええ、ですのでカインを援軍に呼びました。今日の内には到着するかと」

 飛崎達が日本に来ることになった情報を提供したあの少年は、今現在『傑!!執事塾』なる教育課程の真っ最中で、何でも頭にティーカップを載せて禅を組んでいるそうだ。まさか中身硫酸じゃねぇだろうな、と昭和生まれの飛崎は思った。

「ARCS出向組が帰ってくればもう少し人員に余裕は出来るんですけどね。キューバ解放作戦も佳境のようですし、今は無理も言えませんよ」
「まぁ、ウチの運営はお前さんとローガンとヘイゼルに任せているんだ。お前さん等が差配したのなら大丈夫なんだろうが」

 箱庭の戦力は今現在、大半が傭兵団アローレインとして出向中だ。

 一ヶ月前、キューバのフベントゥド島で消却者の大量発生があった。それだけならばまだ稀にある、で済むことなのだが出現した消却者の中で最大規模の厄災種である皇竜が発生し、ロスパラシオスの障壁を突き破って市街地に消却者がなだれ込んだ。甚大な被害を出しながら、キューバ軍はアルテミサまで住民達を抱えて避難した。その後の健闘もあり膠着状態にどうにか持っていったのだが、バハナから出した大半の戦力が防衛戦時に消耗損失し、青色吐息となってしまった。

 これを打開するため、キューバ政府は世界傭兵協会に戦力の拠出を依頼。傭兵協会はこれを受諾し、幾つかの傭兵団に打診。アローレインにも白羽の矢を立った。本来、傭兵協会経由の仕事はあまり受け付けないアローレインではあるが、キューバは箱庭と少々縁のある土地であったためにこれを了承。そして今現在、キューバ解放作戦と銘打たれた作戦を遂行中なのである。

 閑話休題。

「で、シンシアが何を拾ってきたって?」
「大きな犬だそうです。ですが、送られてきた画像を見る限り狼―――では無くともウルフドッグに似た犬種のようです」
「ニホンオオカミは絶滅してたはずだぞ、っと、どれどれ?いやほんとでっけぇなグレートデーンでもあるめぇに。はー、こりゃまた凛々しい顔してるわ。本当に狼の類じゃねーか?」

 リースティアは何処からともなくタブレット端末を取り出し、何事か操作した後で飛崎にその画像を見せた。確かに、画面には白銀にも似た白と青みがかった黒い体毛を持った大型の犬が横たわっている。鼻も長く、この犬を拾ってきた金髪の少女がすっぽりと腹に丸まって収まっている。

「拾った時には随分衰弱していたようでして。今は交代で面倒を見ているようです」
「ふぅん。で、シンシアはどうしたいって?」
「その、飼いたい、と」

 醤油を垂らしたほうれん草のお浸しをシャキシャキと歯で味わいつつ、飛崎は小さく唸る。

「結構大変だぞ、大型犬っていうか狼の血が濃い犬の世話って。毎日二、三時間は運動させなきゃならんし、特に上下関係に関して言えばプロのブリーダーでも躾に相当気を使うらしいし」
「マスターは犬の飼育経験が?」
「儂自身はねぇし大して詳しくもねぇよ。だがガキの頃、この国で結構な社会問題になったんだよ」

 所謂ハスキー犬ブーム、と呼ばれた流行だ。

 とある漫画が火付け役となり、当時のバブル景気の追い風もあって飼育者が激増したはいいが、その飼育の難しさに辟易して動物保護センターに持ち込んだり捨てたりする不心得者が出て社会問題にまで発展した。子供の頃に事あるごとにその手の話題がテレビで取り上げられていた影響か、飛崎は犬に限らず動物を飼育するという行動に割合慎重派だ。

 ただでさえ原始に近い犬種だ。躾の難易度は他の犬種とは一線を画す。可愛いから、と言う安易な理由で飼えば必ず後悔することになるし、お互いに不幸な結末しか予想できない。飛崎の知る限りシンシアは犬を飼育した経験もなく、だだでさえ11歳の子供。果たして最期まで付き合える根気があるかどうか、と飛崎は述懐する。

 しかしながら、だ。

「と、まぁつらつら語ったが大変なのは一般家庭での話で、儂等には当て嵌まらん。金もあれば世話する人間もいる。躾にしたってステフかユミル辺りが軍用犬を育てた経験があったろ。だから、飼うのは構わん。が、散歩はシンシアにさせるようにしろよ。理由がなければ外に出ないだろ、アイツ」
「その様に伝えておきます。―――それで、ここからが本題なのですが」

 極まった財力と豊富な人材力の前では大抵の問題など問題にならない。パワープレイは大体を解決する、とばかりに飛崎が許可を出すとリースティアは了承し、タブレットを操作してもう一枚の画像を見せてきた。

 犬の頭部を移したレントゲン写真だ。脳と思わしき部分に蔦のような何かが絡まっており、その中央には四角い人工物のようなものが写っていた。

「件の犬なのですが、脳に特殊なチップを埋め込まれているようなのです」
「―――脱走なり迷子防止のGPSにしちゃ仕込む位置がエグいな。実験動物か?」
「断定は出来ません。ですが人工的に埋め込まれたのは間違いないようでして。何より、チップ内がほぼブラックボックス化されていて、シンシアでも殆ど解析できなかったようなのです。霊樹のように絡みついていますし、開頭手術で取り出すことも難しいでしょう。分かったのは、思考の補助、加速を目的とした人工知能チップであることぐらいです」
「サイボーグ犬とか旧ソ連の奴か初恋ロボかで世代が分かれるな………。猫なら真っ先にガトリングガン使う方を思い浮かべるが」

 人工知能チップを埋め込まれた動物。この時代に目覚めて大概のSF要素を見てきた飛崎ではあるが、ここにきて今まで漫画か都市伝説でしかなかったサイボーグ犬の存在を示唆されれば呆れるしか無い。

「シンシアは解析するなら攻性防壁破り専門の人員を雇った方が良いと言っていました」
「って事はLAKIに追加依頼した方がいいか。まぁ、受けてくれるかは分からんが、話は先に通しておいた方がいいだろう」

 日本に来るに当たって、飛崎は箱庭以外の現地の外部協力者を何人か得ていた。その中には電脳界専門の人間もいる。業界語でアタッカーと呼ばれる仕掛け壊し専門の業者だ。少々癖のある人間だが、腕は良い。

「ではその様に計らっておきます。さて、この犬の出自ですが、実験動物の線を疑い情報収集をした所、5日前の火事に行き当たったようでして」

 色々と調べた所、5日前の4月5日に奥多摩の気象観測所が全焼するという火事があった。ここしばらくでは珍しい大火災にも関わらず、情報が非常に少なく、どうにも隠蔽の匂いがした為、詳しく調べればこの気象観測所は人工知能研究所の欺瞞施設だったようだ。

 更なる探りを入れて分かったのは。

「人工知能研究所を襲ったのは、どうやらJUDASのようです」

 唐突に出た名前に、飛崎の眉がぴくりと反応する。

「―――IR計画って奴の一貫か?」
「不明です。ただ、今回の件で日本政府が随分慌てているようでして、双方にとって何かしら重要なものを奪取されたと考えるのが妥当でしょう」

 JUDASがIR計画と呼ばれるテロか、あるいはそれに類似した何かを画策しているのはデヴィットから齎された情報で知っている。飛崎としては計画そのものに興味はないが、その計画に自分の標的が関わっているのならば踏み潰すのも一興と思っている。

 とは言え、だ。現状はあまりに情報が少ない。日本に於ける敵勢力の規模、装備、拠点―――例え奴らの計画の一端を知っていたとしても、基盤となる情報があまりにも足りていないのだ。

 動くには時期尚早。

「暫くは警戒しつつ様子見だな。―――まさか日本に来て早々動きがあるとは思わなかったぞ」
「我々としてはありがたい話ですけどね。長嶋理事長が後見人になってくれたとは言え、公安による監視の目もありますし」
「ああ、アレな。実は儂がロストワン云々よりも、不死王ぶっ殺したせいらしいぞ」
「それはまた、何というか………」

 確かに日本政府としては痛手ではある。

 理外に至った適合者―――しかも歩く天災にまで数えられる『不死王』を殺した適合者が日本国出身なのだ。
本来ならば自国に取り込みたいし、国籍の関係で取り込もうと思えば出来なくもない。実際、入国してすぐにそう言った接触はあった。

 日本国籍だし国家に従うが当然、とばかりに大上段の理論を振りかざす役人に飛崎は。

『儂、目が覚めたら南米だったし、今みたいに傭兵として独り立ちするまでにお前さん等の手なんぞ一つも借りてねぇんだが?と言うか協力して欲しいなら儂が目覚めるまでちゃんと日本で面倒見ていてくれや』

 奉公を求めんなら御恩が先だろうよ等と宣い、現代日本の常識を身に着けるまでは適当に学生やっている、と事前に用意していた建前を繰り出した。それでも、と引き下がらない交渉のコの字も知らない馬鹿もいたので。

『ぐだぐだ言われてもう面倒になってきたから本音で話すが―――畢竟、ロストワンを安楽死させまくった阿呆共に身を預けるほどこっちは馬鹿でも頓馬でもねぇんだ。何だったらいっそ国籍抜いちまうか?あぁ?オイコラ木っ端役人サマよぉ』

 と凄めば役人達は何も言い返せず、すごすごと帰る羽目になった。

 海外に本来の活動拠点を置いている飛崎にとって、既に日本国は寄るべき大樹でも帰るべき故郷でもない。面倒臭くなったらその柵ごと放棄する、と言われれば微かだけども話せる窓口は残しておきたい政府としては手を引っ込まざるを得なかったのだ。この時役人達は時間をかければあるいは、と思ったことだろう。

 尤も、手を変え品を変える前に飛崎は長嶋武雄を後見人という名の肉盾にして公的な接触をシャットアウトしたのだが。

「来週から教練でも異能を使うようになるから、何か考えておいたほうが良いかもしれん。雷撃系の異能は見せ札として使っていく予定ではいるが、それで不死王を殺したと言い張るのは無茶があるからな」
「いえ、むしろこれまで通りひた隠した方が良いでしょうね。マスターの異能の本質がバレれば相手の警戒度が跳ね上がります。その上、不死王を殺せる一撃を持つとなれば少なくとも接近は許さなくなるでしょう」
「顔さえ割れりゃぁ追い込み漁の如く囲い込んで逃げ場潰してたたっ斬るんだがなぁ」
「今は雌伏の時ですよ。無貌を特定するまでは普通の学生をやってましょう」

 そうだな、と飛崎は頷いて残った白米を掻き込み、手を合わせてご馳走様と一言。するとリースティアが尋ねてくる。

「ところでマスター。今日のご予定は?」
「いや、特にはなんも。まぁ、件の犬の事もあるしメイアの店には顔を出すけどな。後は街をプラプラしてみるか。現代の社会勉強しておいて損はねぇだろ」
「では、私もご一緒します。―――デートですね!」
「戸籍上は義姉弟なんだからあんまくっつくなよ。ロックリード教官」
「義理なら結婚できますよ?飛崎君!」
「そういう甘ったるいのは儂等のケジメをつけてからだ」

 テンションが上昇していくメイド長を尻目に、食後のほうじ茶を啜る飛崎は呆れたように言い放った。
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 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

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