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本編 『転』
第四十四章 崩壊の序曲
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宴もたけなわとなって、中間試験の打ち上げがお開きしたのは夜の八時になってからだった。
三上は式王子と久遠を軽バンに乗せ、アパートに辿り着いていた。何時ものように駐車場に車を止め、鍵を掛けたところで横合いから声が掛かった。
「よう。この間ぶりだな」
「アンタは………」
振り返ると、外国人の巨漢が街灯に照らされて佇んでいた。三上を凌ぐ長身に、それに似合った筋肉量。鷲のような鋭い眼光に、獲物を前にした狩人のような口元。この間、三上に殺人の有り様を説いた名も知れぬ外国人だ。
それだけでも警戒の対象だが、その身に纏う空気が、雰囲気が、以前よりも酷く濃密だった。
この気配の名を三上は知っている。彼我に関わらず、このむせ返るような死の気配。あの日、狂信者達から浴びたものにして、自らも狂信者達に向けたもの。
―――殺気だ。
まるで死さえ幻視する程の狂気を三上は敏感に感じとり、我知らず式王子と久遠を背中に追いやった。
「小夜………久遠を連れて逃げろ」
「正治君………?」
声音を固くする三上に式王子は訝しげな表情を見せたが、彼は振り返ることなく巨躯の男を見据えたまま続けた。
「アレは、まずい」
「ふむ。まぁ、既に人払いはしてはあるんだが、逃げられると面倒なんでな―――」
男は気怠げにそう告げると。
「『詰めるぜ』?」
「がっ………!?」
祝詞と共に、まるで瞬間移動が如き踏み込みで三上に接敵し、そのまま殴り飛ばした。比喩でも揶揄でもなく、男の拳が三上に直撃した瞬間、あの190cmに迫る恵体を吹き飛ばしたのだ。
「正治君!?」
「パパ!」
殴り飛ばされた三上は、そのままアパートの階段手摺に背中を強かに打ち付け、呼吸困難になりながらもよろよろと立ち上がった。
「ふぅむ。今のを防ぐたぁ、中々どうして良い反応するじゃねぇか」
半ば防衛本能に身を任せ、咄嗟に腕のガードを上げて直撃こそ避けたが、そのガードの上から弾き飛ばされた。もしも三上の右腕が機械式義手でなければ間違いなく折られていただろう。いや、僅かながら右手がぎこちない。内部的に損傷している可能性が高い。
男は次に式王子に向き直ると、睥睨しながら要求をする。
「そのガキを寄越しな。素直に従えば危害は加えねぇよ」
「な、何なんですか!貴方は………!」
「シュガール、と名乗っている。まぁ、JUDASの大司教という肩書もあるがな」
「JUDAS………!?」
「シュガールって………まさか!?」
開陳される情報に三上と式王子は絶句した。
JUDASであることは当然、シュガールと言う名前は『歩く天災』に名を連ねるクラスEx。付けられた二つ名は『告死の嵐神』。祝詞一つで、そうあれかしと望むだけで、あらゆる奇跡を起こす死を告げる嵐の神。ある国の首脳会談にふらっと訪れ、死を口にしただけでそこにいた政治家達を皆殺しにした事から特級監視対象として認知されている。
まぁ肩書きなんざどうでもいい、と男―――否、シュガールは続けた。
「俺の目的はそのガキ―――翠の巫女だ。正確にはそのガキの持つ因子に用があるんだが………それはお前らには関係の無い話だ」
だから大人しく寄越しな、と歩を進める男に、式王子は半ば条件反射的に祝詞を紡いだ。
「硝子之鋼………!」
即座にハニカム構造で形成された半透明の障壁が彼女の前に出現し―――。
「『砕けろ』」
「え………」
シュガールが無造作に振るった拳が、展開された障壁を何の抵抗も無く割り砕いた。鐘渡教練校入校時の評価試験でレールガンすら弾いた式王子の障壁を、だ。ガシャン、とまるで本当の硝子のように呆気なく砕かれてしまったのだ。
「ちっ。結局、どっちも守護者としちゃ目覚めなかったか………」
驚愕で目を見開く式王子に視線一つくれず、シュガールはつまらなさそうに呟いて。
「『穿て』」
追撃。あの瞬間移動のような踏み込みこそ無いが、その祝詞に不穏さを感じ取った三上は即座に自分出来得る限りの速度で異能を組み上げる。
「三割超過………!」
「きゃっ………」
伸ばした左手から霊糸を飛ばし、式王子と久遠に巻きつけて手繰り寄せる。その僅かなズレが式王子の命を救った。ほんの一瞬前まで彼女のいた場所を、シュガールの拳が通り抜け―――いかなる膂力が働いたのかその直線上の空間が歪み、その先にあったコンクリート塀を穿った。
(なんだコイツの異能………!?)
式王子と久遠を守っても三上はまるで安堵できなかった。
祝詞と思わしき言葉を口にした結果、瞬間移動のような歩法を用い、式王子の障壁を破り、そして距離があったのにも関わらず遠当てのようにコンクリート塀を刳り貫いた。
この短期間で3つの、そしてまるで共通点のない特性を発揮した。
適合者の持つ異能は一人に付き一つだ。使い方次第でまるで別の異能のような効力を発揮することはあるが、本質的には同じもの。だがシュガールの異能は、まるでその縛りを受けていないように見えた。仮に本質が同じなのだとして、それが何だか思い至れない。それぐらいに方向性がバラバラだ。
「巧いこと躱したな?そう来なくちゃ―――と言いたいんだが、雑魚に抵抗されても腹が立つだけだ。せめて守護者になってから出直してこい」
「訳分かんねぇよ………!」
未だダメージが抜けきらない身体を押して、しかし三上は式王子と久遠を庇うようにして前に出た。
事情は分からない。理由は知らない。だが、今、このシュガールという男は三上の家族に危害を加えようとしている。だから彼は半ば本能的にその身を盾にした。
「『穿て』」
「硝子之鋼!」
2つの祝詞が宵闇に響く。
シュガールの貫通する拳圧は、式王子が三上の正面に展開した障壁に防がれた。先程はいとも容易く砕いたというのに、何故か。だが、その理由を追求している暇はない。
「―――っ!」
三上は身体を滑らせるように正面に展開した障壁を避け、その遠心力さえも利用してシュガールへと踏み込む。些か大振りでこそあるが、故にこそ威力が高まった左フックをシュガールのボディへと叩き込んだ。
直撃。
肉を叩く音が夜に響き、返ってきた手応えは会心だった。タイミングも悪くない。シュガールは異能の拳を放った影響で隙も晒していた。完璧だった。少なくとも、三上にとっては。
「おい、小僧。言っただろう?人を殺した程度じゃ揺るがない土台を固めろと。―――何だぁ?この腑抜けた拳は………!」
だが、その巨漢は何の痛痒さえ見せること無く、三上をギロリと睥睨する。
そして祝詞を一つ。
「『ひれ伏せ』!」
「がぁ………!」
「正治君!」
一喝とともに、三上の身体に言い知れない重圧が伸し掛かってその場に這いつくばった。
プレッシャーであるとか、押さえつけられているというレベルではない。まるで三上に掛かる重力が数倍になったかのような感覚。
まるで路上で轢き殺された蛙のように舗装に這いつくばる三上は、それでもと頤を上げ―――。
「ひっ………」
そこでシュガールと目が合った。
猛禽のような鋭い眼光。だが、眼差しよりもその碧眼に灯る狂気に三上は呑まれた。ぞわり、と全身が総毛立ち、身体はおろか呼吸さえ萎縮する。
この男は、未だ三上を敵として見ていない。あの時に殺した蟻を視る眼差しと同じ。命を摘み取ることに差別を挟まないが、平等に価値が無いと見下すあの目。不満があるならば殺しに来い、と闘争を求める戦闘狂。まるで微動だにしないシュガールの巨躯から、陽炎のように湧き出て立ち昇る闘気を幻視した三上は、我知らずに喉を引き攣らせていた。
勝てない、と不安が判断する。
逃げろ、と恐怖が呼びかける。
死ぬ、と本能が警鐘を鳴らす。
ガチガチと歯の根が知らずと鳴り始め、今更ながらに三上は気づく。いや、最初に会った時から気づいていたのだ。
この男は修羅だ。
闘争に喜びを、そして自身の有り様を問いかける求道者。命のやり取りをコミュニケーション手段とし、その結果を以て自我を確立する。自己の破滅や崩壊さえも己が求めた結果だと受け入れてしまう、生粋の戦闘狂。腐れ縁の木林もその気があるが、コレに比べればまだまだ生温い。
ここに至るまで、幾つの修羅場を潜ったのか。
これに至るまで、一体何人を殺して来たのか。
幾つの命を喰らったら、ここまでに成るのか。
三上には考えが及び至らず、ただただ蛇に睨まれた蛙のように硬直して怯える他無かった。
それを呆れたように眺めた後、シュガールは深く失望を露わにした。
「はぁ。少しは楽しめるかと思ったが、これは見込み違いだったか」
「パパをいじめないで!」
式王子の背に匿われている久遠が声を上げて、シュガールは肩を竦めた。
「虐めたくて虐めてるわけじゃない。ガキ。お前が素直に俺に着いてくればこんな事する必要もないんだが」
「ぐ、ぅ………」
そして三上の頭を足で踏みしめ、徐々に力を込めていき―――。
「月穿チ!」
たまらず式王子が反応した。
障壁を桐のように変形させて尖らせ、式王子はそれをシュガールへと突き込むが。
「『砕け』」
それが届く前に、祝詞の一つで砕かれた。
また硝子の割れるような不快な音が響き、式王子の異能は用をなさなかった。だが、そこで式王子は気づいた。
(でも、完全に問答無用で無効化される訳じゃないですね………!)
少なくとも、式王子の異能を防ぐために『砕け』という祝詞をキーとする異能―――もっと言うならばその動作とタスクが必要なのは見て取れた。先程の『穿て』という祝詞から発動した異能を、式王子は防げたのだから。
勝ち目は薄い。だが、やり方次第では拮抗まではどうにか持っていけそうだ―――そんな風に式王子が冷静な判断をしているとシュガールはくっくと喉を鳴らした。
「全く。こういう時は、むしろ女の方が良い腹の据え方をする。―――だが、そろそろ鬱陶しいからもう大人しくしてろ」
そう言って彼は右手を掲げ。
「『磔』」
「あぐっ………!?」
祝詞の直後、式王子は不可視の力によってまるで十字架に磔にされたかのように身体を拘束された。
一体如何なる膂力が働いているのか、式王子は直立のまま両腕を広げさせられ、指一本として動かせなくなった。宙吊りにこそなってはいないが、つま先立ちで、かと言って倒れることもなくまるでそういうオブジェだと言わんばかりに固定される。
「やめて!」
「駄目だな」
久遠の嘆願を、しかしシュガールは拒否して掲げた右手を手刀の形に。そして、その右手に燐光が伴って―――。
「『切り裂け』」
「―――うるぁっ………!!」
振り下ろされると同時、その先にある耐え難い結末を予見した三上が拘束を振り切って立ち上がり、シュガールと式王子の間に身を滑り込ませて右腕を盾にする。甲高い金属音と共に三上の右手が破断し、それだけに留まらず吹き飛ばされ式王子を巻き込んでアパートの壁へと叩きつけられた。
「パパ!ママ!」
「その右腕、義手だったか。運のいいヤツ。―――さて、と」
地面に散らばった機械義手の部品と、浅くはあるが身体を斬り付けられて流れ出た血を興味深そうに眺めてから、止めを刺すべくシュガールは歩を進め。
「何のつもりだ?」
ぴたり、と足を止めた。
倒れた三上と式王子を庇うようにして、小さな両手を広げた久遠が立ち塞がったからだ。翠玉色の幼い瞳が修羅を見据えて、しっかりと自分の言葉で意思を伝えた。
「ついていくから、パパとママを助けて」
その言葉に、式王子が三上を助け起こしながら反応した。
「駄目!くーちゃ………」
「『ひれ伏せ』」
しかし、紡がれた祝詞に物理的に阻まれた。
式王子と三上は二人揃って地面に這いつくばり、言葉一つ発せなくなる。
「ママ!パパ!」
「手加減はしてる。死にはしないだろうよ。―――別れの言葉ぐらいは待ってやるから、早くしろよ」
シュガールに促され、久遠は幾らか逡巡した後で、こう告げた。
「ばいばい。―――ショウジお兄ちゃん、サヨお姉ちゃん」
『!?』
泣き笑いのような表情と共に、久遠はシュガールに抱えられて闇夜に溶けていく。
式王子小夜の伸ばした手は虚空を切り、三上正治は恐怖で縮こまり手すら伸ばせなかった。
久遠の流した涙が夜の闇に紛れるように、二人はその有り様すら見失ってしまった。
三上は式王子と久遠を軽バンに乗せ、アパートに辿り着いていた。何時ものように駐車場に車を止め、鍵を掛けたところで横合いから声が掛かった。
「よう。この間ぶりだな」
「アンタは………」
振り返ると、外国人の巨漢が街灯に照らされて佇んでいた。三上を凌ぐ長身に、それに似合った筋肉量。鷲のような鋭い眼光に、獲物を前にした狩人のような口元。この間、三上に殺人の有り様を説いた名も知れぬ外国人だ。
それだけでも警戒の対象だが、その身に纏う空気が、雰囲気が、以前よりも酷く濃密だった。
この気配の名を三上は知っている。彼我に関わらず、このむせ返るような死の気配。あの日、狂信者達から浴びたものにして、自らも狂信者達に向けたもの。
―――殺気だ。
まるで死さえ幻視する程の狂気を三上は敏感に感じとり、我知らず式王子と久遠を背中に追いやった。
「小夜………久遠を連れて逃げろ」
「正治君………?」
声音を固くする三上に式王子は訝しげな表情を見せたが、彼は振り返ることなく巨躯の男を見据えたまま続けた。
「アレは、まずい」
「ふむ。まぁ、既に人払いはしてはあるんだが、逃げられると面倒なんでな―――」
男は気怠げにそう告げると。
「『詰めるぜ』?」
「がっ………!?」
祝詞と共に、まるで瞬間移動が如き踏み込みで三上に接敵し、そのまま殴り飛ばした。比喩でも揶揄でもなく、男の拳が三上に直撃した瞬間、あの190cmに迫る恵体を吹き飛ばしたのだ。
「正治君!?」
「パパ!」
殴り飛ばされた三上は、そのままアパートの階段手摺に背中を強かに打ち付け、呼吸困難になりながらもよろよろと立ち上がった。
「ふぅむ。今のを防ぐたぁ、中々どうして良い反応するじゃねぇか」
半ば防衛本能に身を任せ、咄嗟に腕のガードを上げて直撃こそ避けたが、そのガードの上から弾き飛ばされた。もしも三上の右腕が機械式義手でなければ間違いなく折られていただろう。いや、僅かながら右手がぎこちない。内部的に損傷している可能性が高い。
男は次に式王子に向き直ると、睥睨しながら要求をする。
「そのガキを寄越しな。素直に従えば危害は加えねぇよ」
「な、何なんですか!貴方は………!」
「シュガール、と名乗っている。まぁ、JUDASの大司教という肩書もあるがな」
「JUDAS………!?」
「シュガールって………まさか!?」
開陳される情報に三上と式王子は絶句した。
JUDASであることは当然、シュガールと言う名前は『歩く天災』に名を連ねるクラスEx。付けられた二つ名は『告死の嵐神』。祝詞一つで、そうあれかしと望むだけで、あらゆる奇跡を起こす死を告げる嵐の神。ある国の首脳会談にふらっと訪れ、死を口にしただけでそこにいた政治家達を皆殺しにした事から特級監視対象として認知されている。
まぁ肩書きなんざどうでもいい、と男―――否、シュガールは続けた。
「俺の目的はそのガキ―――翠の巫女だ。正確にはそのガキの持つ因子に用があるんだが………それはお前らには関係の無い話だ」
だから大人しく寄越しな、と歩を進める男に、式王子は半ば条件反射的に祝詞を紡いだ。
「硝子之鋼………!」
即座にハニカム構造で形成された半透明の障壁が彼女の前に出現し―――。
「『砕けろ』」
「え………」
シュガールが無造作に振るった拳が、展開された障壁を何の抵抗も無く割り砕いた。鐘渡教練校入校時の評価試験でレールガンすら弾いた式王子の障壁を、だ。ガシャン、とまるで本当の硝子のように呆気なく砕かれてしまったのだ。
「ちっ。結局、どっちも守護者としちゃ目覚めなかったか………」
驚愕で目を見開く式王子に視線一つくれず、シュガールはつまらなさそうに呟いて。
「『穿て』」
追撃。あの瞬間移動のような踏み込みこそ無いが、その祝詞に不穏さを感じ取った三上は即座に自分出来得る限りの速度で異能を組み上げる。
「三割超過………!」
「きゃっ………」
伸ばした左手から霊糸を飛ばし、式王子と久遠に巻きつけて手繰り寄せる。その僅かなズレが式王子の命を救った。ほんの一瞬前まで彼女のいた場所を、シュガールの拳が通り抜け―――いかなる膂力が働いたのかその直線上の空間が歪み、その先にあったコンクリート塀を穿った。
(なんだコイツの異能………!?)
式王子と久遠を守っても三上はまるで安堵できなかった。
祝詞と思わしき言葉を口にした結果、瞬間移動のような歩法を用い、式王子の障壁を破り、そして距離があったのにも関わらず遠当てのようにコンクリート塀を刳り貫いた。
この短期間で3つの、そしてまるで共通点のない特性を発揮した。
適合者の持つ異能は一人に付き一つだ。使い方次第でまるで別の異能のような効力を発揮することはあるが、本質的には同じもの。だがシュガールの異能は、まるでその縛りを受けていないように見えた。仮に本質が同じなのだとして、それが何だか思い至れない。それぐらいに方向性がバラバラだ。
「巧いこと躱したな?そう来なくちゃ―――と言いたいんだが、雑魚に抵抗されても腹が立つだけだ。せめて守護者になってから出直してこい」
「訳分かんねぇよ………!」
未だダメージが抜けきらない身体を押して、しかし三上は式王子と久遠を庇うようにして前に出た。
事情は分からない。理由は知らない。だが、今、このシュガールという男は三上の家族に危害を加えようとしている。だから彼は半ば本能的にその身を盾にした。
「『穿て』」
「硝子之鋼!」
2つの祝詞が宵闇に響く。
シュガールの貫通する拳圧は、式王子が三上の正面に展開した障壁に防がれた。先程はいとも容易く砕いたというのに、何故か。だが、その理由を追求している暇はない。
「―――っ!」
三上は身体を滑らせるように正面に展開した障壁を避け、その遠心力さえも利用してシュガールへと踏み込む。些か大振りでこそあるが、故にこそ威力が高まった左フックをシュガールのボディへと叩き込んだ。
直撃。
肉を叩く音が夜に響き、返ってきた手応えは会心だった。タイミングも悪くない。シュガールは異能の拳を放った影響で隙も晒していた。完璧だった。少なくとも、三上にとっては。
「おい、小僧。言っただろう?人を殺した程度じゃ揺るがない土台を固めろと。―――何だぁ?この腑抜けた拳は………!」
だが、その巨漢は何の痛痒さえ見せること無く、三上をギロリと睥睨する。
そして祝詞を一つ。
「『ひれ伏せ』!」
「がぁ………!」
「正治君!」
一喝とともに、三上の身体に言い知れない重圧が伸し掛かってその場に這いつくばった。
プレッシャーであるとか、押さえつけられているというレベルではない。まるで三上に掛かる重力が数倍になったかのような感覚。
まるで路上で轢き殺された蛙のように舗装に這いつくばる三上は、それでもと頤を上げ―――。
「ひっ………」
そこでシュガールと目が合った。
猛禽のような鋭い眼光。だが、眼差しよりもその碧眼に灯る狂気に三上は呑まれた。ぞわり、と全身が総毛立ち、身体はおろか呼吸さえ萎縮する。
この男は、未だ三上を敵として見ていない。あの時に殺した蟻を視る眼差しと同じ。命を摘み取ることに差別を挟まないが、平等に価値が無いと見下すあの目。不満があるならば殺しに来い、と闘争を求める戦闘狂。まるで微動だにしないシュガールの巨躯から、陽炎のように湧き出て立ち昇る闘気を幻視した三上は、我知らずに喉を引き攣らせていた。
勝てない、と不安が判断する。
逃げろ、と恐怖が呼びかける。
死ぬ、と本能が警鐘を鳴らす。
ガチガチと歯の根が知らずと鳴り始め、今更ながらに三上は気づく。いや、最初に会った時から気づいていたのだ。
この男は修羅だ。
闘争に喜びを、そして自身の有り様を問いかける求道者。命のやり取りをコミュニケーション手段とし、その結果を以て自我を確立する。自己の破滅や崩壊さえも己が求めた結果だと受け入れてしまう、生粋の戦闘狂。腐れ縁の木林もその気があるが、コレに比べればまだまだ生温い。
ここに至るまで、幾つの修羅場を潜ったのか。
これに至るまで、一体何人を殺して来たのか。
幾つの命を喰らったら、ここまでに成るのか。
三上には考えが及び至らず、ただただ蛇に睨まれた蛙のように硬直して怯える他無かった。
それを呆れたように眺めた後、シュガールは深く失望を露わにした。
「はぁ。少しは楽しめるかと思ったが、これは見込み違いだったか」
「パパをいじめないで!」
式王子の背に匿われている久遠が声を上げて、シュガールは肩を竦めた。
「虐めたくて虐めてるわけじゃない。ガキ。お前が素直に俺に着いてくればこんな事する必要もないんだが」
「ぐ、ぅ………」
そして三上の頭を足で踏みしめ、徐々に力を込めていき―――。
「月穿チ!」
たまらず式王子が反応した。
障壁を桐のように変形させて尖らせ、式王子はそれをシュガールへと突き込むが。
「『砕け』」
それが届く前に、祝詞の一つで砕かれた。
また硝子の割れるような不快な音が響き、式王子の異能は用をなさなかった。だが、そこで式王子は気づいた。
(でも、完全に問答無用で無効化される訳じゃないですね………!)
少なくとも、式王子の異能を防ぐために『砕け』という祝詞をキーとする異能―――もっと言うならばその動作とタスクが必要なのは見て取れた。先程の『穿て』という祝詞から発動した異能を、式王子は防げたのだから。
勝ち目は薄い。だが、やり方次第では拮抗まではどうにか持っていけそうだ―――そんな風に式王子が冷静な判断をしているとシュガールはくっくと喉を鳴らした。
「全く。こういう時は、むしろ女の方が良い腹の据え方をする。―――だが、そろそろ鬱陶しいからもう大人しくしてろ」
そう言って彼は右手を掲げ。
「『磔』」
「あぐっ………!?」
祝詞の直後、式王子は不可視の力によってまるで十字架に磔にされたかのように身体を拘束された。
一体如何なる膂力が働いているのか、式王子は直立のまま両腕を広げさせられ、指一本として動かせなくなった。宙吊りにこそなってはいないが、つま先立ちで、かと言って倒れることもなくまるでそういうオブジェだと言わんばかりに固定される。
「やめて!」
「駄目だな」
久遠の嘆願を、しかしシュガールは拒否して掲げた右手を手刀の形に。そして、その右手に燐光が伴って―――。
「『切り裂け』」
「―――うるぁっ………!!」
振り下ろされると同時、その先にある耐え難い結末を予見した三上が拘束を振り切って立ち上がり、シュガールと式王子の間に身を滑り込ませて右腕を盾にする。甲高い金属音と共に三上の右手が破断し、それだけに留まらず吹き飛ばされ式王子を巻き込んでアパートの壁へと叩きつけられた。
「パパ!ママ!」
「その右腕、義手だったか。運のいいヤツ。―――さて、と」
地面に散らばった機械義手の部品と、浅くはあるが身体を斬り付けられて流れ出た血を興味深そうに眺めてから、止めを刺すべくシュガールは歩を進め。
「何のつもりだ?」
ぴたり、と足を止めた。
倒れた三上と式王子を庇うようにして、小さな両手を広げた久遠が立ち塞がったからだ。翠玉色の幼い瞳が修羅を見据えて、しっかりと自分の言葉で意思を伝えた。
「ついていくから、パパとママを助けて」
その言葉に、式王子が三上を助け起こしながら反応した。
「駄目!くーちゃ………」
「『ひれ伏せ』」
しかし、紡がれた祝詞に物理的に阻まれた。
式王子と三上は二人揃って地面に這いつくばり、言葉一つ発せなくなる。
「ママ!パパ!」
「手加減はしてる。死にはしないだろうよ。―――別れの言葉ぐらいは待ってやるから、早くしろよ」
シュガールに促され、久遠は幾らか逡巡した後で、こう告げた。
「ばいばい。―――ショウジお兄ちゃん、サヨお姉ちゃん」
『!?』
泣き笑いのような表情と共に、久遠はシュガールに抱えられて闇夜に溶けていく。
式王子小夜の伸ばした手は虚空を切り、三上正治は恐怖で縮こまり手すら伸ばせなかった。
久遠の流した涙が夜の闇に紛れるように、二人はその有り様すら見失ってしまった。
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