お気に召しませ···(仮)

綾辻

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線香花火、堕ちた

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 長かった夏休みもあと少しで終わろうとしている。

「で、何を買うんだ?」

 晃樹の塾が終わるのを待って、三人で学校で使うものを買いにきた。

「ノートとかシャー芯とか、主に文房具」

「俺もそんな感じかな?お前は?」

 良樹が、晃樹に聞く。

「僕?僕は、ゲー···」

「行くぞ」

 晃樹のゲーム好きは、今に始まった事じゃないけど、夏季テストの点数が上がり、ママに取り上げられたゲームを返してもらった晃樹は、昨日徹夜でゲームをしてた。

 エスカレーターに向かう途中、誰かとぶつかった。

「あ、花ちゃ···」

 声を掛けようとしたら、花ちゃん慌てて何処かへ行った。

「なんだ?あいつ···」

 良樹が、首を傾げながら、晃樹を見た。

「さぁ?けど、僕昨日花みたよ。駅前のベンチに座って誰かと話してた」

「ふぅん。さっ、行こっ!」

 花ちゃんが、昨日話してた相手が吉澤くんでないことも、花ちゃんの身に何か大変な事が起きてる事も、今の私にも良樹にも、晃樹にも、そして、吉澤くんにも予想だにしなかった。

------

「へぇ、出来てたんだ」

 私の隣で座ってる彼が言った。

「どうしたらいいの?」

「どうしたらって···ふっ」

 彼は、煙草の煙を吐きながらこう言った。

「堕ろすしかねーだろ?バカじゃねーの、お前···」

「······。」

 学校で習ったから、それはどんな事なのか知ってる。

「だいたいさ、お前が悪いんだぜ?俺みたいな男に引っかかるから」

「えっ?」

「それにお前だって、随分悦んでたじゃん···」

「······。」

「あとで連絡するから···。じゃな」

 彼はそう言って立ち上がると、知らないお姉さんと一緒に駅の中へ消えていった。

「どうしよう···」

 パパやママにも言えない。まして、吉澤くんに知られたら···

------

「これは?可愛いよ」

「······。」

「僕、これにしようかな。好きな色を入れられるみたいだし」

 ボールペン売り場であれやこれやと話しながら探すも、イマイチ良樹のノリが悪い。

「···んじゃなくて、もっとこうシンプルなのでいいんだよ!」

「そう?可愛すぎたかな?」

 と進めるモノ全てを却下され続ける私。

「これにしよ。握りやすい」

 良樹が選んだのは、いつも使ってるタイプのボールペンだった。

 一通り文房具を買って、お店を出ると花ちゃんを見つけたんだけど、花ちゃん私の声に気づかないでどっかにいった。

「なぁ、おかしくね?アイツ」

「なんか、考え事してたのかな?」

「でも、泣いてたっぽいね。目、真っ赤だった」

 なんとなく気になり、花ちゃんが歩いて行った方向をずっと眺めてたら、なんか人の叫び声と共に人が何人か走っていったのが見えた。

「なんか、あったのかな?」

「花、とか?」

 良樹と目が合い、慌てて人だかりが出来てる方向へと掛け進んだ。

「あっ···」

「嘘···」

「花···」

 三人の目の前で、倒れてる花ちゃん···

 信じられなかった···

「なぁ、あれって···」

「おい、まだか!救急車!!」

 スーツを着た店員さんが、倒れてる花ちゃんの横で大声を出した。

 良樹が、指さしたのは花ちゃんのスカートから結構な量の血が···

 プチップチップチップチッ···バサッ!

「だめっ!見ちゃだめっ!!」

 着ていた上着を脱いで、花ちゃんに掛けた。

 救急車がついたのか、慌ただしく駆け寄って、色々なんか聞いてたけど、花ちゃん答えない。

「参ったな。名前もわからん」

「俺らの友達です。その子···」

 良樹が、一歩前に出てわかるように言った。

「じゃ、運ぶけど君たち来てくれる?他にも聞きたい事とかあるし」

 三人不安げな表情で、担架で運ばれる花ちゃんと一緒に救急車に乗り込んだ。

 私も晃樹も何をどう言っていいかわかんなくて、全て良樹が言ってくれた。

 1時間位でおばさんとおじさんが真っ青な顔で駆けつけて、診察室に入って数分後、おばさんの泣き声が聞こえてきた。

「大丈夫だよね?花ちゃん···」

 不安で不安で、良樹に抱きついた。

 ガラッと音がして、中からおばさんとおじさんが出てきて、私達にありがとうって言ってくれたけど、今度はおばさんの顔色が悪かった。

「気をつけるんだよ」

「はい。花ちゃん、お大事に」

 病院から帰ってきても、不安で三人固まって過ごした。

 夜になって、おばさん達が来て、花ちゃんの事を聞いたら、

「薬で眠ってるから。元気になったら、会ってやって」

 そう言って、暫くうちのママ達と話してた。


「でも、良かったな。おっきなケガとかじゃなくて」

「うん···」

「花から連絡くるといいな、由依」

「うん···」

❨花ちゃん、大丈夫なのかな?❩

 もう少しすれば、新学期になる。一緒に学校行けるといいけど···


 それから数日がたって、花ちゃんのお母さんから、

「花が三人に会いたがってるから、来てくれる?他の子には言わないで欲しいんだけど···」

 そう言われて、花ちゃんが大好きなゼリー持って三人でお見舞いに行った。

「よっ、元気そうじゃん」

「は···」

「は、花ちゃーーーーんっ!!」

 晃樹が、最後まで言う前に、ベッドから起き上がってる花ちゃんに走り寄った。

「花?お母さん、お父さんに電話してくるから」

 気を利かせたのか、花ちゃんママ病室を出ていった。

「大丈夫?怪我なんともない?」

「うん。大丈夫だよ。もう歩く事も出来るから」

「ほら、これ···。こいつが、アレコレ好きだからって···」

「おかげで、僕らのお小遣い極端に減ったけどね。まぁ、元気になったみたいで良かった」

 晃樹が、鼻をすすって笑った。

「ありがとう···」

 花ちゃんは、ゼリーが入った袋を横に置いて、ドアを見て、小さく溜息をつくと、

「いま、外に誰も居ない?」

 良樹が、ドアから顔を出して、

「居ないよ。端っこで小さいのが泣いてるだけ」

「ほんと?ほんとに、誰も居ない?」

 花ちゃん、しつこい位に良樹に聞いて、晃樹も私も見たけど、

「本当に誰にもいないよ?」

「じゃ、いいけどさ···。このことさ、その···誰にも言わないって約束出来る?」

 ???

「なんだ?」

「アイツと喧嘩でもした?」

 晃樹が、吉澤くんの事を聞いたら、花ちゃんは首をブンブン横に振って、

「······したの」

 小さく言った。

「はっ?なに?」

「私···妊娠···したの」

 っ!!

 良樹と晃樹、私が、互いに互いを見て固まる。

「妊娠?花···が?」

 花ちゃん、頷いて更に俯く。

「な、もしかして、相手って···」

 花ちゃん、激しく首を振った。

❨じゃ、誰?妊娠って、一人で出来ないよ?❩

「な、花?お前、この間会ってたのって···」

「······。」

 そういえば、前に花ちゃんが、男の人とベンチで話してたの見たって晃樹言ってた。

「その人?」

 花ちゃん、私の顔を見て、泣きながら笑った。

「「「······。」」」

「この間会った時に、私言ったの。そしたら、また連絡するからって···」

「「「······。」」」

「でね、待っても来なかったから、掛けたらアナウンス流れてね。バカ···だよね。吉澤くんと喧嘩して、イライラしてて、声掛けられてエッチして···。私、吉澤くんとする時は、ちゃんとつけて貰ってたから···」

「······。」

❨そんな関係だったのね❩

「それで、いまは?」

 花ちゃん、首を振った。

「わかんないけど。ママが、もう大丈夫だからって言ってた」

「そっか。俺には、よくわからんけど···」

「うん。お腹の赤ちゃん、きっとまだ会いたくなかったんだよ。大人になったら、また会いに来てくれるよ」

「「「······。」」」

 晃樹が、泣きながら言った。久し振りにみた、晃樹の涙。

「そだ!花ちゃん元気になったらさ、皆で花火やろ!!花火!!」

「うまいの食え!そして、忘れろ!!」

「僕だったら、お腹いっぱい甘いの食べると忘れるけどな」

 くすっ···

「よしっ!皆でゼリー食べよっか!!話してたら、お腹空いちゃったし···。なーにがあるのかなー?」

 ガシャガシャと音を立てながら、花ちゃんは袋からゼリーを取り出しては山に積んでいった。

「あ、これ可愛い!何これー!」

「それね、新しいやつ!変わってるよね?どうやって作ったんだろ?」

 花ちゃんが手に取ったゼリーは、ゼリーの中にゼリーで出来た花が入ってる。

「ご、500円!ひゃぁっ!」

 っ!!

「あ、いや、その···」

 良樹と晃樹が、私を睨む···

「ふーん···」

「だから、2000円超えたのね···」

「ま、まぁ···」

 ふたりに睨まれてる横で、花ちゃんは美味しそうにそのゼリーを食べていた。

「んふぅ!!幸せぇ!!」


 それから3日が立って、花ちゃん無事退院して、報告がてら我が家でご飯食べながら、庭で花火をやった。

「よし、最後は恒例のこれだぁ!!」

 晃樹が、線香花火を空高く上げた。

 夫々、1本ずつ持っては、火をつけチリチリと紅く珠を作る姿を眺めてた。

「これが、線香花火だぞ!」

 ?

「いいか?よく見てろよ···」

 ?

 晃樹が、ブツクサ言いながら火の付いた線香花火を上に上げた。

「何してんだ?アイツ」

「さぁ?」

 花ちゃん、良樹と一緒に、訳のわからん事をしてる晃樹を見る。

「危ないよね?」

「うん···」

 チリチリと鳴く線香花火は、晃樹の顔近くで主張し···落ちた。

 そう、落ちた···

「あ"あ"あ"あ"ーーーーーっ!!」

 低く大きな声を出したがら、蹲る晃樹···

 が、新学期直前、とんでもない行動に出た!


------

 塾に行ってる途中、前に花と駅前のベンチで話してた男を見かけた僕らは、こっそりと後をつけた。

「あいつ···」

 その男は、ニヤけた顔で携帯をいじりながら、辺りを見回していた。

❨誰かと待ち合わせか?❩

 何も喧嘩をする訳じゃない。後をつけるだけ···

 そのつもりだった。最初は···。

 けど···

 男の前に青白い顔をした女の子が、現れ何かを話してた。

 最初は、嫌がってた女の子も男に何かを言われて渋々一緒に歩き出した。

「どこ行くんだ?」

 男は、女の子の手を引張りながらある建物の前にきて、入ろうとしていた。女の子は、直前になって、嫌がって抵抗し逃げようとしたけど、携帯を見せられ···

「何を···してる······んだぁーーーーーーっ!!どけぇーーーーーっ!!」

 気付いたら大声を上げて、走っていった。

 ドンッ···

 男は、僕に突き飛ばされ壁に身体を打ち付けたらしい。

「なにすんだ、テメー」

「やっぱ···あ、あんただ!俺!見た!前に花と話してるの!」

 男は一瞬キョトンとしてたけど、花って名前に反応したのか、笑った。

「あー、あのガキか···。お前、あのガキの男か?」

「言うなーーーっ!あいつはな、あいつはな···お前の子供を妊娠したんだ!」

「あー、なんか言ってたな。そんなこと···」

 男は、お尻についた汚れを叩きながら、笑った。

「どうせ、おろしたんだろ?早いよなぁ、最近のマセガキ···」

 ドンッ···

「うるせーっ!!お前に何がわかるんだ!謝れ!はーなーにー、謝れーーーっ!」

 周囲に人だかりが出来たのも気付かず、僕は誰かに抑えられながらも、激しく目の前で笑ってる悪魔に叫んだ。

「お前にも困ったもんだ。あー、すみません。皆さん、ただの兄弟喧嘩なんで」

「違うーーーーっ!!謝れ!花に謝れーーーーっ!!」

「じゃ、失礼します」

 男は、女の子の顔を見ず、人だかりの中をすり抜け、

「離せーーーーっ!!ちくしょーーーーっ!!」

 俺の声だけが、響いていた。

「謝れ···謝ってやれよ。アイツに。苦しんだんだぞ···」

 段々と周りが静かになり、僕は自由になった。

 ザッ···

「はい、これ。きみの?」

 鼻を啜りながら、見上げるとさっきの女の子がいた。

「あ···」

 女の子が、手にしていたのは、紛れもなくさっきの男の顔がついた学生証だった。

「あーあ、残念っ!」

「······。」

 女の子に助けて貰いながら、立ち上がると少し肘が痛かった。

「ありがと」

「はいっ」

 ?

 目の前に差し出された手···

❨握手か?助けてやったつもりはないが❩

 手を握り返したら、笑いながらこう言った。

「お金よ、お金!もぉ、せっかくカモれると思ったのに!!さ、早く出しなさいよ!あるんでしょ!」

「お金?なんの?助けたのに?」

 訳が判らず、目の前で腰に手を当てている女の子を見た。

❨中学生?❩

「当たり前でしょ?三万くれるって言うから、ついてきたのに。カモれないは、恥ずかしいわ」

「······。カモれない?三万?なにそれ?それに、僕お金ない。さっきゼリー買わされたから」

 ???

 ますます、頭がこんがらがる。

「あの、助けるのにお金必要なんすか?」

 そう聞いたら、笑われた。

❨笑う理由とは?❩

「はぁっ!もぉ、いいわ!他の男捕まえるから」

 ???

「さよなら!!」

 立ち去る女の子と立ち尽くす僕···


------

「···と、まぁそんな事があったから···その塾無断で休んでごめんなさい」

「すごーい。」

「お前、下手したらヤラれるぞ」

 晃樹は、埃だらけで真っ赤な目をして帰ってきた。

「塾の先生には、言っとくから。怪我しなかった?あんまり、ママを困らせないで」

 ママは、晃樹の頭を撫でながら抱きしめた。

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