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06 けれど違うのよ

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アンヌは生まれた時から才色兼備であった。
5歳の時には大人顔負けの知識を持っていたし(ルイスにはゲームでよく負けるが。)、10歳にはそんじょそこらの男には負けない程の剣術を身につけていた。(ルイスには勝ち逃げされているが。)
15歳では貴族と優秀な者のみが通えるテルジア学園での成績はルイスと共に1位である。(ルイスに最近は負け続きで悔しい思いもしているが。)

……が、しかし。そんなアンヌでも、日頃の鬱憤が幾ら溜まっていようとも、ルイスはこの国の第。流石に殴る訳もいかずアンヌはワナワナと肩を震わし目の前の会話を聞いていた。
  
「えぇ!?じゃあルイス様が書かれたんですか!?」
「僕じゃないよ。知り合いが、ね。」
「はわわ!凄いです!!じゃあその方に“ヒロインが恋する人に壁ドンをされてたシーンなんてとってもキュンキュンしました!”って伝えてもらうことってできますかね!?」
「伝えるも何も作者はーー」

いますね!ココに!!
恥ずかしさに耐えられなくなったアンヌは顔から火が出るのではないかと思いながらも素早くマリーから本を奪い取りルイスの襟首を掴む。

「ちょっとこっち来なさい!!この本も借りるわね!」
「ほぇ!?……あ!分かりましたよ!邪魔しません!!」

何故か顔を赤くしながら敬礼するマリーだったが、話が早くて助かる。
遠慮することなくズルズルと屋敷の影へとルイスを引きずり込み彼に問い詰めることが出来た。

「ルイス!どういうこと!?ヒットさくって……一体いつから!?…まさか5年前!?」 

昔の私達はよく何かを賭けてゲームをしていた。そして、5年前の私は“なんでも1つ、小説を書く”という愚かな事を約束してしまいこの小説を書くハメになったのだ。
しかし……

「2週間前からですよ。正直、僕もここまで広まるとは……。」

結構最近じゃないのよ!!なんで止めなかったの!?

「だってアンヌが僕のために書いてくれたのですよ?周りの方にも見てもらいたいじゃないですか」

何その考え方!?まさか露出狂なの!?

「違いますよ」
「知っているわ!」

ってあれ?私、声に出してたかしら?

「アンヌは分かりやす過ぎるので言わなくても伝わりますよ。…ああ、そうだ!小説に僕がちょっとだけ追加しときましたよ。ヒロインのキスシーンとかベットシーンとか」
「ちょっ、はぁぁ!?」

フワッ、と笑みを浮かべるルイスを横に、私は慌てて小説を捲る。コレはギリギリアウっ……(いや辛うじてセー)フ!

「…因みに、この作者が私だってことは……」

私が書いたなんて知られたらそれこそ自室に引きこもりしなきゃだわ!

「作者名はバレないようにルイアン、にしてますよ。初めての共同作業ものですね!」
「した覚えないわよ!というか売るのも許可した覚えはないわよ!!」   
「え?許可もらいましたよ?」
「へぁ!?いつ!?」
「…そう、あれはひと月前の出来事でした……。」

えっ、なになに!?回想始まるの!?



「アンヌ~!起きてください~」

朝から爽やかな男性の声がする。この安心感の溢れる声は私の婚約者、ルイス様だ。

「後1時間……」

私はわざと眠いことを装ってもぞもぞと布団の中に身を隠す。

「アンヌ。」

身体を揺さぶられると共に布団越しでも分かる甘い声に体がビクリと震えてしまう。

「うーん……どうしたの?」

諦めて布団から出るとルイス様の顔がすぐ目の前にあり、私は自分の寝起きの姿が何だか恥ずかしくなって少し照れてしまう。
 
「5年前に前書いてもらった小説をまた呼んでみたんですけど…凄くいいですね!貴方の良さを知ってもらう為にも街に配ってもいいですか??」

え!?私が書いた小説!?ま、まさか5年前の…きゃ、恥ずかしい!ルイス様がまだ持っていたなんて……

でも、私の良さを広めたい程大切にして貰って嬉しい!

「もちろん!いいわよ。」

あ、でもまだちょっと眠たいかしら。ウトウトしてきちゃった。

「ありがとうございます。ゆっくりおやすみ下さいね。」

あぁ、ルイス様に朝から会えて私……幸せだわ!
私がウトウトと寝かけていると五月蝿うるさい従者の声が聞こえる。

「あ!?ルイス様!?いつの間に嬢ちゃんの部屋に!?」

「はぁ、やれやれ。全く、アンヌが眠っているというのに、困った従者ですね。」

ルイス様…!トゥンク…!
やっぱり私のことを1番分かってくれているのは貴方だわ!ますます好きになっちゃう!



「と、最後はあの男に見つかってしまったんですけど。」
 「いやいやいやいや」

まって。ソレはイツのハナシよ??

全く記憶にすら残っていない。というか…

「なんで私の心情を捏造して回想してるのよ!?」
「その方がアンヌも思い出すかと思いまして。」
「普通に話してくれたらいいのよ!普通に!
まさか…出来事もルイスの妄想じゃないわよね!?」
「それはノンフィクションですよ。なんならルザンナも一緒でしたから聞いてみます?」

ルザンナはルイスの侍女の1人である。彼女は嘘をつかない…いや、つけないことは私もよく知っている。

「でもアンヌ。貴方も女性なのですから寝室の鍵ぐらいしめないと危ないですよ?」
「うぐっ。まさか許可なく入るなんて思わないでしょ!?」
「フェリペ殿の許可はありますよ」
「なっ…!」 

お父様……!これでも私は年頃の娘なのよ……!!
まさか権力か!権力を使われたのね!?

そして、ルイスの事だ。私の新たな弱みを握るためにこんな事黒歴史拡散をしたに違いないわ!

「それで、ルイスの望みはなんなのよ」
「望み…と言いますか、お願いがありましてね。」
「ルイスが私にお願い??」

またしても珍しい発言にアンヌが首を傾ける。
するとルイスが、真剣な顔でこちらに一歩詰め寄ってきた。
その反動で、同じように一歩足を引くが、同時に背中が屋敷の壁にぶつかってしまった。

「ル、ルイス?どうしたの??」 

近すぎるルイスとの距離と久しぶりに見る真剣モードな表情に、何だか心臓が落ち着かない。

そして、自然すぎる動作で、私の顔の横に片手を置いた。

瞬間、自分が書いた先程の小説を思い出す。

これはまさか…。
 
冷静にそんな事を思ってしまった。
反射的に逃げようとするとルイスはもう片方の手もさっ、と壁に付き、逃げ道を塞がれてしまう。  

「ルイス??」

急なことに、私は困惑する。

「僕は、貴方に……。」

私に……??
まさか……あの小説みたいに…… 

心臓がドキドキと動き出す。

「貴方に……」






「学園に来て欲しいのです」

はいアウトーーー!!!!

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