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2 ボードとステータス

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「文句はないです! 似合って……いや似合ってはないですが、たまたまじゃないでしょうか!」


 似合っていると言い掛けたらまた眉間に皺を寄せて睨まれそうになったので、慌てて無理やり言い直した。
 黙ってニコニコとしててくれたら合ってるとは思うんだけどね。
 っていうか僧侶が嫌だから言いたくないとか分かるわけないだろ! 俺は空気読みのスキルは持って無いんだよ! あるなら振ってやるよ!


「あ、名前の横の三角マークを長押ししたらパーティー申請っていうのが出てきました」


 俺のピンチを横目に雨宮さんがぽちぽちと色々押して確かめていたらしい。
 パーティー、パーティーねぇ? 何だか嫌な予感がする。このダンジョンみたいな場所でゲームみたいなステータス画面のようなボード。どうしたってその先を連想してしまう。
 

「と、とりあえず、新堂君がやってみるのがいいんじゃないかな」

「え、俺? 何で?」

「理由は特にないけど仕切ってくれているから? あぁ悪口じゃないよ? とても有り難いと思っているから。僕はそういうのに向いていないし、雨宮さんも年下でしょ? それに……」


 説明は途中で止まり熊井君の視線は気まずそうに白藤先輩へ向かった。
 この場で一番の年上さんは協調性が無いからさ、と言わなくても彼の言いたい気持ちは伝わってくる。
 俺のイメージ通りの先輩だったならたぶんやってくれたかもしれないが、この人には無理だ。今も「はぁ?」って感じで俺たちに険しい顔を見せてきているし。
 ひょっとしてどっかで頭打ったんじゃないだろうか。そんな気さえしてくるし、そうしてもらいたい。


「分かった。やってみるよ」


 雨宮さんが教えてくれた通り、ボードにある俺の名前の横に三角のマークがあった。
 それを長押しすると、三人の名前がリストで出てきた。チェックを入れて『申請』を押す。
 どうやらすぐに送られたようで、熊井君と雨宮さんはすぐに許可してボードの端に彼らのHPとMPが表示された。
 なるほど、パーティーのHPとMPが共有できる仕組みか。
 しかし、



「あの、先輩……」


 またしても一匹狼の彼女はすぐには従わない。
 けれどここで抵抗しても無駄だと思ったのか、三人の無言の圧力に負けたのか、渋々ボタンを押してパーティーに加わってくれた。


職業:僧侶クレリック
レベル:1
HP:55
MP:11
スキル:なし
装備:なし


 HPとMP以外は申告されてないけど、たぶんみんなと一緒でこうだろう。
 こうして見ると、やはり近接職の熊井君はHPが高くMPが低め、他はその逆で既存のRPGに則しているみたいだ。 


「さてじゃあ次はやっぱりこれだよね」


 どうしたって『スキルポイントを1割り振れます』に目がいく。
 それを指でタッチしたらまた別にウィンドウが現れた。

『火属性召喚Lv1』『水属性召喚Lv1』『地属性召喚Lv1』『風属性召喚Lv1』の四つだ。

 ん? どういうことだろうこれは。これから好きなように取るってこと?
 他の難しい表情をしている二人にも聞いてみた。


「僕のは『片手武器術Lv1』『両手武器術Lv1』『挑発術Lv1』の三つから選ぶみたい」

「私は『短剣術Lv1』『闇魔法Lv1』『盗み術Lv1』でした」

「ふむ……。1ポイントということはどれか一つしか取れないんだね。ちょっとこれはどれを取るかは相談したいね。今のところスキルに被りは無いけど、できれば似たようなものの被りはしない方がいいはずだし」


 説明が無いので推測が入ってしまうが、こういうので同じ系統のスキルを取得するのは無駄になりやすい。
 簡単な例で言うなら同じ属性魔法や同じ武器スキルで偏らせてしまうと、その属性に強い敵が現れた時に瓦解する恐れがあるし、装備の取り合いに発展したりするからだ。ゲーマーというほどじゃないけどそれはゲームとかやってたら何となく分かる。
 いや待て待て。っていうか、何を俺は考えてんだ。変なところにいてこんなのがあるからって、異世界に飛ばされてもいないのに本気で魔法が使えるようになるとでも思っているのか? 流されてんぞ俺。


「これで魔法が使えるようになるんでしょうか?」

「さてね。それは分からないけどポケットに忍ばされていかにもやれって感じだし、やるしかないよね。デメリットはたぶん無いだろうから」


 ゲーム的に言うなら振り直しができないっていうことはあるかもだけど、たぶんこれを無視するのはあまりよくない気がする。
 ただしどれを取得するかはかなり思案のしどころだ。
 考え込んでいると熊井君がこっちを見てきた。


「流れ的にこれ取得することになると思うけど、それを選ぶのは新堂君に任せてもいいかな? 僕はこういうのの最適解が分からない」

「俺だって分からないよ。でも俺たちはまだしも武器も無いのに熊井君のは今選ぶ必要がないってのは何となく分かる。例えばせっかく片手武器を取っても、拾うのが両手武器ばかりなら無意味になるだろろうし。挑発術ってのも普通は武器防具が揃ってからやるべきなのかな」

「それで十分。僕だったら何にも考えずにとりあえずどれか取ってたかもしれないからさ」

「まぁそう言われたら考えてみる気にはなるけど……」


 ゆっくりと白藤先輩をチラ見した。
 できれば彼女のスキル取得候補も知ってから思案したいからだ。


「『光属性魔法Lv1』『鈍器武器術Lv1』『杖武器術Lv1』『祈りLv1』だ」


 だが意外にも先輩はすんなりと教えてくれた。
 呆気に取られるほどびっくりしたよ。ひょっとしてもうデレてくれた?
 調子に乗った考えをしているとさらに彼女の眉間の皺が一層濃くなる。
 そんな風じゃないねこりゃ。


「んー……とりあえずこのスキルが俺たちに何か変化をもたらすと仮定して真面目にいくなら、熊井君は一旦貯めておこう。今説明した通り、せめてどっちかそのスキルに適した武器が出てからで。白藤先輩も同じ理由で武器系統は控えて下さい。『祈り』っていうのは気になるけどやっぱり『光魔法』って回復っぽいから光魔法でお願いします」

「うん分かったよ」

「……」


 返事は熊井君だけだったが、まぁいいだろう。揉め事を起こされるぐらいならこうして黙っててくれた方がまだマシだ。そう考えよう。
 それにボードをいじるのはいじっている様子だし、俺の要望は伝わってると信じたい。


「んで雨宮さんと俺だけど、雨宮さんには『闇魔法』を使用して欲しい。貯めることや盗みも迷ったんだけど、現状何か怪しいやつが出てきた時に即時に対応できるのはやっぱり魔法だ。盗みではおそらくすぐ戦力アップには繋がらないから。まぁ本当に使えたらなんだけどね」

「はい、了解しました」

「俺はどれでもアリだから悩ましいなこれ」


 情報が少なさ過ぎて迷う。
 ただ単なる勝手なイメージでいくならどうしても水や風は弱く感じる。
 そうなると火か土だが……。
 

「とりあえずやってみようか」


 雨宮さんが頷き、俺たちは一斉にボタンを押す。
 最終的に俺が選んだのは『地属性召喚Lv1』だった。
 火はこっちに飛び火してきそうな気もして一旦保留にしておいた。
 

『『地属性召喚Lv1』を取得しました。『コボルト』が召喚可能になりました』


 現れた文字はそれだけ。
 てっきり召喚する呪文とかも表示されるのかと思ってたんだけど。
 それにしてもコボルトか。これって土属性なの? てっきりゴーレム系だと期待していたが、いやよく考えるとまだLv1でゴーレムは強すぎるか?
 

「『ブラインドホールド』を覚えたらしいです」


 彼女の方は名前的に阻害系だな。攻撃であって欲しかったが仕方ないか。
 問題は効力や消費MPだな。できればその辺の壁にでも撃って威力や継続時間を確かめて欲しいし、そもそも本当にこんなもので魔法が使えるようになるのか試してみたいところだが、MPを無駄に消費していいものだろうか?
 ここは俺の方が先に使用するべきかな。


「ちょっと俺の方を先に使ってみるよ。本当に魔法が使えるのかどうか」

「そうですね。それは気になります」


 発動の呪文とか条件とか全く知らない状態だけど、適当にやってみよう。


「えーと、『出ろコボルト』?」


 自分でも頼り無さそうな掛け声の自覚はあったが、それと同時に体から何かが抜けていく感覚があった。
 どうやら呪文は適当でいいらしい。おそらくは意思次第。
 ボードには、

職業:召喚師サモナー
レベル:1
HP:45
MP:5
装備:なし
スキル:地属性召喚Lv1

 と変化があった。
 コボルトの召喚にはMP5を使うようだ。

 そして突如、俺の立つ二メートルほどの場所に足元から光の粒子が舞い散り個体を形作っていく。
 足先から一瞬で俺に忠実に従うであろう従者が喚び出された。


「ほ、本当に……」

「ぴゃあ!? だ、大丈夫なんですか、それ……」


 骨格がやや違うのか膝と背中を少し曲げ、つま先から頭のてっぺんに生えている犬耳まで全身けむくじゃら。顔はもちろん犬そのもので、身長はかなり低く小学校低学年から中学年ぐらいだろうか。総じて人狼の子供版みたいなものかな。
 そいつはだらんと自然体でこちらに向いた状態で現れた。
 ファンタジー系のゲームでよくあるイメージに近いっちゃ近い。しかしながら明らかにこの地球では確認されたことのない生き物だ。
 さっき忠実とか思ってしまったが、いきなりこいつが飛びかかってくることだってあり得る。それぐらい俺たちにとっては馴染みも無く、そして生態系なども知らない生命体だ。
 そう考えると少しだけ身構えてしまう。

 しかし本当に召喚できるとは……。まさに魔法。
 驚きの中でそれがなぜ俺たちに使えるようになったのだろうか、それが当然の疑問としてよぎる。何か修行をした訳でもなく、別に先祖にすごい人がいたということもないだろう。
 一体なぜ?
 
 考え込んでいるとコボルトの方に動きがあった。


『くぅーん』


 そいつはガニ股で手を地面に突き、四つん這いになった姿勢でこちらを上目遣いに見てくる。
 何となくだがそれがコボルトの服従の姿勢な気がした。
 

「たぶん大丈夫だよ。敵意は感じられないし、見慣れたら可愛いかもしれない。二足歩行ってのがちょっとまだ慣れないけど。どっかの動物園にニ本足で立つレッサーパンダがいたでしょ。あれが大きくなったもんだと考えれば……ね?」


 自分でも若干無理があるのは分かってる。でも喚び出した俺がフォローしてやらないと可哀想だし。大体、よく目を眺めるとけっこうつぶらな瞳をしているよこれ。ただでかいのと初対面だから怖いだけだと思う。
 とりあえずいきなり襲ってこないのは分かったのか恐る恐るという感じで二人共警戒を解いてくれる。


「じゃ、じゃあお手ってできます?」

「お手? なんでまた。まぁいいけど。お手って分かる?」


 雨宮さんからのリクエストに応えるべく、コボルトに話しかけた。
 そいつはピクっと顔を動かし、ずいずいっとこちらに寄ってきてちょっぴりたどたどしく俺の差し出した手に肉球を乗せてくる。
 生き物としての体温の温もりが感じられ、ふさふさとした毛が指を擦った。
 どうやら日本語での意思疎通も可能っぽい。
 

「「おおおおお!!」」


 目を丸くした熊井君と雨宮さんからの驚愕の声がもれた。
 案外リアクション良いなどっちも。
 ちなみに「けっ!」と小さく白藤先輩から悪態が聴こえてきたが気にしない。


「まぁとりあえず安心できるね。それはともかく問題はこの後だよ」

「後って?」


 未だコボルトのお手芸てげいに興奮冷めやらぬ熊井君に言い返す。


「本当に魔法が使えるってことはさ、このダンジョンみたいなところにはってことだよ」



 

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