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底辺冒険者
初めての空は寒くて気持ちが悪い
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『うむ、相性は悪くないようだ。最悪、エラから受ける力が強過ぎて内側から燃えて身を滅ぼすこともあり得たが問題ないな』
「えっ!?」
コリュヌト様のその発言にすごく身に覚えがあった。
今感じた毛一つ残らなさそうな圧倒的な熱量のことだ
そうか、これがエラに命を繋いでもらっている力なのか。
「ディー?」
「あ、大丈夫だよ。ええとこれから宜しくね」
「はーい!」
事の重大さが分かってなさそうにエラは屈託なく笑う。
子供特有の思考か、会ったばかりの俺に警戒も抱いていないのは誰にでもほいほいと付いていきそうな危うさすら感じた。
そうだ。この子は竜の子でも中身はまだ幼い。
しかも人間の常識に対する知識もきっと薄いんだろう。
だからコリュヌト様は俺にこの子を託した。しっかりと守らないといけないんだな。
『ではエラのことを頼んだぞ、ウィル。それでは外に案内してやってくれ』
「はい主様。しばらくお傍を離れますがお元気で。さ、こっちだ」
ウィルは深々とコリュヌト様にお辞儀をすると先導して進み始める。
足が無いからふわふわと浮いていて、その後ろを置いていかれないように俺とエラが追いかけた。
「太陽だ……」
少し歩くとすぐに日が差し込む外に出られた。
と言ってもどうやら森の中のさらに割れ目の底にいるようで本当に僅かにしか届いていないが。
やはりここは俺が落ちたところにかなり近かったらしい。
あまり良い思い出の場所ではないが外に出られたというだけで嬉しかった。
横に視線を移すと少し地面が盛り上がっているのを見つけた。
「そこにお前より先に落ちて来た女を埋葬した」
それに気付いたのかウィルが伝えてくる。
俺はその墓に近付き手を胸に合わせて頭を下げた。
「ヘレナさん。あなたを守れなくて申し訳ありませんでした。でもあなたの仇は必ず討ちます」
ヘレナさんは理想のシスターという感じでここに来るまでも物腰は柔らかく優しい女性だった。
数日、旅をしただけだったが彼女は本当に竜に会えるのを楽しみにしていた。
いかなる理由があったとしても殺されていいような人ではなかったのだ。
ならばその仇はしなければならないだろう。
と言っても俺に直接あいつらをどうこう出来る力はない。
おそらくギルドに訴えるのが関の山。
それでもあいつらはきっと捕らえられてウォーカーとしては終わる。
彼女の命とは釣り合わないがその報いは受けさせてやらないといけない。
それが一人助かった俺のケジメでもあると思う。
「ふん、ただの自己満足と感傷だな。生物は死ぬと魂は肉体という器から漏れ世界に留まれず無となる。そんな呼びかけも祈りも届かない」
ウィルは無感情にそう呟く。
ウィル・オー・ウィスプ(人魂)に言われると妙に説得力があるようなないような不思議な感じだ。
「そうかもしれない。それでも人間は生きるために死者と向き合うんだ」
侮辱されたように感じて少しだけムっとなってしまう。
だけどすぐにふと気になることが湧いた。
「ウィル、君は生前の記憶があるのかい?」
ウィル・オー・ウィスプがこうして理性を持って人と話せるというのは本来ありえないことだ。
諸説あるが人の怨念などが形作った存在で人を見たら憎しみで襲ってくるのだと言われている。
だからこそひょっとしたらヘレナさんも魂となってウィルのように生き返ってくれるんじゃないかと期待混じりの質問だった。
「いや無いな。ただ知識はある。そして主様たちへの敬愛もある。僕にはそれだけで十分だ。一応言っておくが僕のようなアンデッドは例外中の例外だ。そしてその女はきっとアンデッドになるぐらいなら天に召される方を選ぶんじゃないか?」
「……そうだな。俺もそう思う」
本当にこのウィル・オー・ウィスプは賢い。
俺の考えていることを簡単に先読みしてくる。
そして指摘される通り、ヘレナさんも強い怨念で現世にしがみついたアンデッドになってまで生きたいとは思わないだろう。
「まぁ慰めにもならないだろうが僕が地面に衝突する前に抱き留めたので遺体は綺麗なままだ。死ぬほどの痛みを二度も味わう必要などないからな」
「そうか。ヘレナさんに代わって俺が礼を言う。ありがとう。それにおかげで言いたいことを言えた。ところでここからどうやって出るんだい?」
今自分たちがいるのは見上げるような崖の下だ。
さすがに登るのは無理だし、ここからどっちかに歩いていけば地上に上がれるようになるのだろうか。
ゴブリンたちがやって来たことから何かしら道はあるのだと思うけれど。
「それは――」
ウィルが何かを言いかけた瞬間、ふいに世界が傾いた。
「うわ! うああああああああああああ!」
そして景観が一変する。
薄暗い土壁を越え緑の茂みを破り、ついに目には澄み渡る青空が映し出されたからだ。
「と、飛んでる!?」
地の底から数秒後には俺は木々よりも高い上空にいた。
探索する予定だった森はかなり大きかったのに上から見ると手でも掴めそうな大きさだ。
意識が完全にそっちに向いていたが次に肩に掛かる強い力と頭の方に存在を感じた。
自然と首を上げるとそこには赤い鱗を纏った『竜』がいた。
ただコリュヌト様と比べるとまだまだ子竜。ワイバーンほどの人一人背中に乗せられるかどうかというサイズだ。
「あはははは! おそらたのしー!」
「エ、エラか!?」
「そうだよー」
竜から発せられる声はエラのものだった。
どうやら俺は彼女に肩を掴まれ空を飛んでいるらしい。
「お嬢様ー、置いて行かないで下さーい!」
下からウィルが慌てて追いかけてきた。
彼は俺の頭にほうほうのていで掴まり止まる。
こいつアンデッドのくせに太陽に当たって大丈夫なのか?
「これがエラの本当の姿か。ん?」
竜となったエラは陽光が真っ赤な鱗に煌めいていてとても美しく、人一人を抱えられるぐらいの力強さもある。
まだまだ小さいが俺が抱いていた竜のイメージそのものだ。
それに感動していると、ふと目の端で今俺たちが飛び立った辺りで何かが動いた気がした。
動物かモンスターか?
「じゃあこのまま行くよー!」
だが俺の感慨や気付きはお構いなしにエラが掛け声を発すると、ぐん、といきなりスピードが上がり景色が流れる。
「ちょ、ちょっと待――ぬううううぅぅぅうううああああああ!!」
途端に凄まじい風が俺を襲い目も口もまともに開けていられなくなる。
今まで体験したことのない加重を受け身動きが取れない。というか変に動いたら落ちる恐怖があって微動だに出来ない。
無理やり声に出してもエラの耳には届かないようだった。
地獄のような遊覧飛行はそれから数十分は続いた。
◇ ◆ ◇
「はぁ……はぁ……お、おえっ……し、死ぬかと思った……」
俺は地面に手を突き吐きそうな嗚咽を我慢していた。
体は物理的にも精神的にも冷え切っていて胃はもうぐちゃぐちゃに気持ち悪い。
なにせ足が宙ぶらりんの状態であの突風を食らい続けたのだから。
肝心のエラは人を抱えて空を飛ぶのは初めてらしく疲れたと言って横で休んでいる。
奔放にも限度があるぞ……。
まぁ竜の背に乗り大空を駆け巡るという誰しもが憧れる夢は竜の足で運ばれるという形だが一応達成されたし、街までの距離はかなり短縮されたんだが。
「だいじょーぶ? ごめんね……」
エラが心配そうにこちらを覗きこんでくる。
一応このくたびれた姿を見て反省はしてくれているらしい。
「エラ、ここまで運んでくれたのは嬉しいけど街では竜の姿に戻るのは無しにしてくれよ。コリュヌト様からは正体がバレてはいけないと言われているからね」
「あー! そうだった! えへへわすれてた!」
エラは可愛く舌を出す。
一応、やんわりと遠回りに釘を差しておく。
身バレもそうだし、もしまたいきなり変身されて抱えて飛ばれたら俺の身がもたない。
「いつまでそうしている。早く立ち上がれ」
「え?」
いつの間にか俺の横に見知らぬ10歳ぐらいの少年が立っていた。
青い髪を短くした綺麗な顔立ちで美少年と言っても過言ではないだろう。
それこそスカートを履いて口調を変えれば女の子と見間違う可能性すらある。
「何を固まっている。そんなことでお嬢様にもしものことがあった場合どうするんだ」
「ウィルなのか?」
「そうだ。あの姿のままだと街では支障があるだろう?」
しゃべり方や声は人魂のウィルそのものだ。
エラの時も驚いたがこっちはこっちでびっくりした。
そうポンポンと変身されても思考が追い付かないんだが。
「それはひょっとして君の生前の姿なのか?」
「さてな。記憶がほとんどないから分からない。それよりそろそろ日が沈み出している。急いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。今は何の装備も持ってないから夜までには街に入らないと」
ウィルは少し落ちかけている太陽を示し促してくる。
着陸する直前に街は見えた。
道が蛇行しているせいもあって本来なら馬車で一日半はかかる距離があっという間だ。
いやあっという間というには二度と経験したくないほどの地獄の時間だったけど。
ここからなら歩いて2~3時間ほどか。太陽が隠れるまでにギリギリ間に合うかどうかというところ。
もし間に合わなかった場合、外でキャンプするような装備はない。
「ではお嬢様、失礼」
「ほよ?」
ウィルはエラの脇を持ち上げて抱えると、俺の後ろに回って肩の上に置いた。
ずっしりとまでは言わないまでもそれなりの重さが圧し掛かる。
「ウィル? これは?」
「見た通り肩車だ。お嬢様の足では街まで歩くとさすがに日が暮れるのでそれで歩いてもらう。合理的だろう?」
「いやそれはそうかもしれないが、もし魔獣が出たらどうしたら?」
「その時はお嬢様は僕が預かる。ちなみに僕には戦闘能力はないからな」
「一つもないのか?」
弱いのが一体や二体ならなんとかなるがそれ以上とかかなりきつい。
まぁ街の近くにそんなに強いモンスターは出ないだろうが。
「僕は太陽の下ではあまり力を発揮出来ない。ただ精神に作用する呪詛は使える」
「おお、それっぽいのがあるじゃん」
「毎晩寝ている耳元で囁いて一年ぐらいやれば呪い殺せるかもな」
「地道っ!」
ウィル・オー・ウィスプって確かに直接攻撃があるイメージはないけども弱過ぎないか!
「ディー! あるいて! あるいて!」
「痛てて。ちょっとエラ、髪を掴まないでくれ!」
肩の上のエラが俺たちの会話が待ちきれず動いて欲しいらしくて足をバタつかせはしゃぎ出した。
掴むなら髪じゃなくておでこにして欲しい。
「お嬢様がご所望だ。ほらさっさと行くぞ」
「~~! はいはい分かりましたよ!」
そうして二人に急かされつつ徒歩で帰ると、なんとか無事に俺が住んでいる街『カヌール』へと着いたのだった。
「えっ!?」
コリュヌト様のその発言にすごく身に覚えがあった。
今感じた毛一つ残らなさそうな圧倒的な熱量のことだ
そうか、これがエラに命を繋いでもらっている力なのか。
「ディー?」
「あ、大丈夫だよ。ええとこれから宜しくね」
「はーい!」
事の重大さが分かってなさそうにエラは屈託なく笑う。
子供特有の思考か、会ったばかりの俺に警戒も抱いていないのは誰にでもほいほいと付いていきそうな危うさすら感じた。
そうだ。この子は竜の子でも中身はまだ幼い。
しかも人間の常識に対する知識もきっと薄いんだろう。
だからコリュヌト様は俺にこの子を託した。しっかりと守らないといけないんだな。
『ではエラのことを頼んだぞ、ウィル。それでは外に案内してやってくれ』
「はい主様。しばらくお傍を離れますがお元気で。さ、こっちだ」
ウィルは深々とコリュヌト様にお辞儀をすると先導して進み始める。
足が無いからふわふわと浮いていて、その後ろを置いていかれないように俺とエラが追いかけた。
「太陽だ……」
少し歩くとすぐに日が差し込む外に出られた。
と言ってもどうやら森の中のさらに割れ目の底にいるようで本当に僅かにしか届いていないが。
やはりここは俺が落ちたところにかなり近かったらしい。
あまり良い思い出の場所ではないが外に出られたというだけで嬉しかった。
横に視線を移すと少し地面が盛り上がっているのを見つけた。
「そこにお前より先に落ちて来た女を埋葬した」
それに気付いたのかウィルが伝えてくる。
俺はその墓に近付き手を胸に合わせて頭を下げた。
「ヘレナさん。あなたを守れなくて申し訳ありませんでした。でもあなたの仇は必ず討ちます」
ヘレナさんは理想のシスターという感じでここに来るまでも物腰は柔らかく優しい女性だった。
数日、旅をしただけだったが彼女は本当に竜に会えるのを楽しみにしていた。
いかなる理由があったとしても殺されていいような人ではなかったのだ。
ならばその仇はしなければならないだろう。
と言っても俺に直接あいつらをどうこう出来る力はない。
おそらくギルドに訴えるのが関の山。
それでもあいつらはきっと捕らえられてウォーカーとしては終わる。
彼女の命とは釣り合わないがその報いは受けさせてやらないといけない。
それが一人助かった俺のケジメでもあると思う。
「ふん、ただの自己満足と感傷だな。生物は死ぬと魂は肉体という器から漏れ世界に留まれず無となる。そんな呼びかけも祈りも届かない」
ウィルは無感情にそう呟く。
ウィル・オー・ウィスプ(人魂)に言われると妙に説得力があるようなないような不思議な感じだ。
「そうかもしれない。それでも人間は生きるために死者と向き合うんだ」
侮辱されたように感じて少しだけムっとなってしまう。
だけどすぐにふと気になることが湧いた。
「ウィル、君は生前の記憶があるのかい?」
ウィル・オー・ウィスプがこうして理性を持って人と話せるというのは本来ありえないことだ。
諸説あるが人の怨念などが形作った存在で人を見たら憎しみで襲ってくるのだと言われている。
だからこそひょっとしたらヘレナさんも魂となってウィルのように生き返ってくれるんじゃないかと期待混じりの質問だった。
「いや無いな。ただ知識はある。そして主様たちへの敬愛もある。僕にはそれだけで十分だ。一応言っておくが僕のようなアンデッドは例外中の例外だ。そしてその女はきっとアンデッドになるぐらいなら天に召される方を選ぶんじゃないか?」
「……そうだな。俺もそう思う」
本当にこのウィル・オー・ウィスプは賢い。
俺の考えていることを簡単に先読みしてくる。
そして指摘される通り、ヘレナさんも強い怨念で現世にしがみついたアンデッドになってまで生きたいとは思わないだろう。
「まぁ慰めにもならないだろうが僕が地面に衝突する前に抱き留めたので遺体は綺麗なままだ。死ぬほどの痛みを二度も味わう必要などないからな」
「そうか。ヘレナさんに代わって俺が礼を言う。ありがとう。それにおかげで言いたいことを言えた。ところでここからどうやって出るんだい?」
今自分たちがいるのは見上げるような崖の下だ。
さすがに登るのは無理だし、ここからどっちかに歩いていけば地上に上がれるようになるのだろうか。
ゴブリンたちがやって来たことから何かしら道はあるのだと思うけれど。
「それは――」
ウィルが何かを言いかけた瞬間、ふいに世界が傾いた。
「うわ! うああああああああああああ!」
そして景観が一変する。
薄暗い土壁を越え緑の茂みを破り、ついに目には澄み渡る青空が映し出されたからだ。
「と、飛んでる!?」
地の底から数秒後には俺は木々よりも高い上空にいた。
探索する予定だった森はかなり大きかったのに上から見ると手でも掴めそうな大きさだ。
意識が完全にそっちに向いていたが次に肩に掛かる強い力と頭の方に存在を感じた。
自然と首を上げるとそこには赤い鱗を纏った『竜』がいた。
ただコリュヌト様と比べるとまだまだ子竜。ワイバーンほどの人一人背中に乗せられるかどうかというサイズだ。
「あはははは! おそらたのしー!」
「エ、エラか!?」
「そうだよー」
竜から発せられる声はエラのものだった。
どうやら俺は彼女に肩を掴まれ空を飛んでいるらしい。
「お嬢様ー、置いて行かないで下さーい!」
下からウィルが慌てて追いかけてきた。
彼は俺の頭にほうほうのていで掴まり止まる。
こいつアンデッドのくせに太陽に当たって大丈夫なのか?
「これがエラの本当の姿か。ん?」
竜となったエラは陽光が真っ赤な鱗に煌めいていてとても美しく、人一人を抱えられるぐらいの力強さもある。
まだまだ小さいが俺が抱いていた竜のイメージそのものだ。
それに感動していると、ふと目の端で今俺たちが飛び立った辺りで何かが動いた気がした。
動物かモンスターか?
「じゃあこのまま行くよー!」
だが俺の感慨や気付きはお構いなしにエラが掛け声を発すると、ぐん、といきなりスピードが上がり景色が流れる。
「ちょ、ちょっと待――ぬううううぅぅぅうううああああああ!!」
途端に凄まじい風が俺を襲い目も口もまともに開けていられなくなる。
今まで体験したことのない加重を受け身動きが取れない。というか変に動いたら落ちる恐怖があって微動だに出来ない。
無理やり声に出してもエラの耳には届かないようだった。
地獄のような遊覧飛行はそれから数十分は続いた。
◇ ◆ ◇
「はぁ……はぁ……お、おえっ……し、死ぬかと思った……」
俺は地面に手を突き吐きそうな嗚咽を我慢していた。
体は物理的にも精神的にも冷え切っていて胃はもうぐちゃぐちゃに気持ち悪い。
なにせ足が宙ぶらりんの状態であの突風を食らい続けたのだから。
肝心のエラは人を抱えて空を飛ぶのは初めてらしく疲れたと言って横で休んでいる。
奔放にも限度があるぞ……。
まぁ竜の背に乗り大空を駆け巡るという誰しもが憧れる夢は竜の足で運ばれるという形だが一応達成されたし、街までの距離はかなり短縮されたんだが。
「だいじょーぶ? ごめんね……」
エラが心配そうにこちらを覗きこんでくる。
一応このくたびれた姿を見て反省はしてくれているらしい。
「エラ、ここまで運んでくれたのは嬉しいけど街では竜の姿に戻るのは無しにしてくれよ。コリュヌト様からは正体がバレてはいけないと言われているからね」
「あー! そうだった! えへへわすれてた!」
エラは可愛く舌を出す。
一応、やんわりと遠回りに釘を差しておく。
身バレもそうだし、もしまたいきなり変身されて抱えて飛ばれたら俺の身がもたない。
「いつまでそうしている。早く立ち上がれ」
「え?」
いつの間にか俺の横に見知らぬ10歳ぐらいの少年が立っていた。
青い髪を短くした綺麗な顔立ちで美少年と言っても過言ではないだろう。
それこそスカートを履いて口調を変えれば女の子と見間違う可能性すらある。
「何を固まっている。そんなことでお嬢様にもしものことがあった場合どうするんだ」
「ウィルなのか?」
「そうだ。あの姿のままだと街では支障があるだろう?」
しゃべり方や声は人魂のウィルそのものだ。
エラの時も驚いたがこっちはこっちでびっくりした。
そうポンポンと変身されても思考が追い付かないんだが。
「それはひょっとして君の生前の姿なのか?」
「さてな。記憶がほとんどないから分からない。それよりそろそろ日が沈み出している。急いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。今は何の装備も持ってないから夜までには街に入らないと」
ウィルは少し落ちかけている太陽を示し促してくる。
着陸する直前に街は見えた。
道が蛇行しているせいもあって本来なら馬車で一日半はかかる距離があっという間だ。
いやあっという間というには二度と経験したくないほどの地獄の時間だったけど。
ここからなら歩いて2~3時間ほどか。太陽が隠れるまでにギリギリ間に合うかどうかというところ。
もし間に合わなかった場合、外でキャンプするような装備はない。
「ではお嬢様、失礼」
「ほよ?」
ウィルはエラの脇を持ち上げて抱えると、俺の後ろに回って肩の上に置いた。
ずっしりとまでは言わないまでもそれなりの重さが圧し掛かる。
「ウィル? これは?」
「見た通り肩車だ。お嬢様の足では街まで歩くとさすがに日が暮れるのでそれで歩いてもらう。合理的だろう?」
「いやそれはそうかもしれないが、もし魔獣が出たらどうしたら?」
「その時はお嬢様は僕が預かる。ちなみに僕には戦闘能力はないからな」
「一つもないのか?」
弱いのが一体や二体ならなんとかなるがそれ以上とかかなりきつい。
まぁ街の近くにそんなに強いモンスターは出ないだろうが。
「僕は太陽の下ではあまり力を発揮出来ない。ただ精神に作用する呪詛は使える」
「おお、それっぽいのがあるじゃん」
「毎晩寝ている耳元で囁いて一年ぐらいやれば呪い殺せるかもな」
「地道っ!」
ウィル・オー・ウィスプって確かに直接攻撃があるイメージはないけども弱過ぎないか!
「ディー! あるいて! あるいて!」
「痛てて。ちょっとエラ、髪を掴まないでくれ!」
肩の上のエラが俺たちの会話が待ちきれず動いて欲しいらしくて足をバタつかせはしゃぎ出した。
掴むなら髪じゃなくておでこにして欲しい。
「お嬢様がご所望だ。ほらさっさと行くぞ」
「~~! はいはい分かりましたよ!」
そうして二人に急かされつつ徒歩で帰ると、なんとか無事に俺が住んでいる街『カヌール』へと着いたのだった。
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