完璧地球人は魔法無しで異世界を救う

前方に瓜

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第7章『人外の里オルミナ』

第三十八話『金策』

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白木造りの簡素な診療室に、静かな声が落ちた。

「……目、開けて」

 リヴィアが恐る恐るまぶたを持ち上げるのを、エルフの女医は冷静に観察する。細長い指先が淡く光り、魔力の残滓をなぞるように宙を滑った。

「うん。異常なし」

 その一言に、リヴィアの肩から力が抜けた。

「ふぅ……よかった」

 女医は腕を組み、淡々と続ける。

「魔力干渉が残ってる感じはないわ。ただし、精神に影響を与える類のものだったでしょ。わかってると思うけど――そこは魔法じゃどうにもならない」

「……はい。わかりました。ありがとうございます」

 深く頭を下げるリヴィアに、後ろから心配そうな声がかかる。

「リヴィア、どうだった?」

 ルドの問いかけに、彼女は振り返って微笑んだ。

「うん。異常ないって」

「よかったぁ~……」

 本気で安堵した様子のルドとは対照的に、ハルトはじっとリヴィアを見つめていた。

「……本当に、大丈夫か?」

「だから大丈夫ですって。ほら、行きましょう」

 そう言って立ち上がった、その時だった。

「ちょっと待ちな」

 女医が指を鳴らすように声をかける。

「はい?」

 彼女は無言で親指と人差し指を擦り合わせた。
 誰が見ても分かる――金のジェスチャー。

「あ、お金なら……」

 リヴィアは慌てて鞄を探り、財布を取り出した。

「五百ダーヴだ」

「えっと……このくらいで足りますかね?」

 そう言って差し出された硬貨を、女医は怪訝そうに見下ろす。

「……なんだい、このおかしな通貨は」

「え? お金ですよ? 五百リューンです」

「私は五百ダーヴが欲しいんだよ」

 一気に血の気が引いた。

「……ハ、ハルトさん……」

 涙目で縋るリヴィアに、ハルトは一歩前へ出た。

「すみません。今、手持ちがありません。明日の夕方までに必ず用意します」

 女医はじっと彼を見つめ――沈黙。

「……わかった」

 そして低く、脅すように付け加える。

「用意できずに逃げてみろ。殺すぞ」

「……わかりました」

 診療室を出た瞬間、ルドが小声でぼやいた。

「この国こえぇよ……すぐ殺すとか言う……」

「でも……どうするんですか?」
 リヴィアが不安げに言う。「お金なんて……」

「考えはある」

 ハルトは即答した。

「ルド。イセリオの家で聞いてきてくれ。食用の狩りができそうなダンジョンがあるかどうか」

「了解。何かあったら、この……トラン……なんだっけ?」

「トランシーバーだ。使い方、覚えてるな?」

「『どうぞ』、だろ?」

「……ああ」

 そうしてルドと別れ、ハルトとリヴィアは商店街へ向かう。

「……ここで何をするんですか?」
 リヴィアが小声で尋ねる。「私たち、お金ないですよ?」

「だから調査だ」

「何を調査するんですか?」

「相場だよ。何が、いくらで売れてるか」

「それで……?」

 ハルトは振り返り、満面の笑みを浮かべた。

「商売だ」

 その瞬間、腰の通信機が短く鳴った。

『イセリオから聞いた。俺たちが入ってきた入口の反対側にも道があるらしい。その入口から北東。でかい岩があって、その下にダンジョンの入り口があるって。どうぞ』

「了解」

 ハルトは一瞬だけ思考を巡らせる。

(……俺たちの方が、ダンジョンに近いな)

「ルド。今から迎えに行く。そこで待ってろ。どうぞ」

『了解』

 通信が切れる。

「リヴィア、強化魔法をかけてくれ」

 ハルトの要請に、リヴィアは一瞬だけ頷いた。

「はい」

 小さく詠唱すると、淡い光がハルトの全身を包み込む。筋肉の奥から熱が湧き上がり、世界の輪郭が一段くっきりとした。

「じゃあルドを迎えに行ってくる。リヴィアは、さっきの病院の前で待っててくれ」

「え、ちょっ……“じゃあ”って早っ——」

 その言葉を最後まで聞く前に、ハルトの姿は弾けるように消えた。

 残されたエルフや獣人たちが、目を丸くする。

「……え? 人間って、あんなに速かったか?」 「いや、ありえねぇだろ……」

 ――その頃。

「ルド」

「ハルト!? え、ちょ、まだ十分くらいしか経って……」

 言い終わる前に、ハルトは屈んで背を向けた。

「乗れ!」

「え、ええっ!?」

 反射的に背中にしがみつくルド。

「行くぞ」

「う、うん!」

 次の瞬間、地面が後ろへ吹き飛んだ。

「はやっ!? 早い早い! 怖い怖い怖い!」

 風が唸り、景色が線になる。
 強化魔法を受けたハルトは、人間の限界を明確に踏み越えていた。
 時速六十キロ近い速度で、呼吸一つ乱さずに駆け抜ける。

「到着」

「……は?」

 気づけば、さっき別れた場所だった。

「はやっ……三十分も経ってませんよ!?」

 待っていたリヴィアが呆然と呟く。

「リヴィアの強化魔法のおかげだな。さ、行こうか」

 ハルトを先頭に歩き出す三人。

 その少し後ろで、ルドが声を潜めた。

「なぁリヴィア……ハルトって本当に人間か?」 「人間の皮かぶったモンスターなんじゃねぇの?」

「……私も、たまにそう思うことがあります」

「だろ!? あの速度で走って息も切れてねぇぞ?」 「強化魔法って、そんなにすげぇのか?」

 リヴィアは首を横に振る。

「いえ。おそらくルドさんに同じ強化魔法をかけても、  通常状態のハルトさんより遅いですし……力も負けると思います」

「……やっぱバケモンじゃねぇか」

「聞こえてるぞ」

「「ひいいっ!?」」

 リヴィアはさらに声を落として付け加える。

「そういえば……ハルトさん、耳もすごく良いんです」

「……もう完全にバケモンだろ」

 その瞬間、ハルトが立ち止まり、振り返った。
 笑顔――だが、目が笑っていない。

「だから聞こえてるって言ってんだろ!」

 軽く振った小指が、ルドの額に当たる。

「——ぐはっ!?」

 ルドは見事に吹き飛び、地面を転がった。

「いってぇぇ……!」

 しばらくして、涙目で戻ってくる。

「見てくれよリヴィア……赤くなって、たんこぶまでできてる」 「小指でこれだぞ? 本気でデコピンされたら死ぬわ」

 リヴィアは少し考えてから、冷静に答えた。

「まだ強化魔法が切れてませんでしたし……死ぬことはないと思います」 「ただ、額の骨にヒビは入りそうですね」

「フォローになってねぇ……」

 そんなやり取りをしながら進む三人。

 やがてハルトが前方を指差した。

「……さ、着いたぞ」

 その先には、岩陰に口を開けるダンジョンの入口が静かに佇んでいた。
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