サトリ系男子の憂鬱な日々

とりのこ

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 安達……好きだ

 今日もかわいい……

 安達の顔を見れるだけで俺は幸せだ……

 ああ、好きだ、好きだ……!!






 あーあーあー!今日もうるせぇ!!

 クラスメイトの渋谷は同じクラスになってからというもの毎日毎日俺のことを好きだとかかわいいとかクソデカボイスで叫んでうるさい。

 なお、口には出していない。

 俺は安達さとる。16歳、高校2年生、妖怪サトリだ。

 妖怪サトリ──
 民話では山神の化身であるとか見た目真っ黒な毛だらけの猿だとか或いは天狗や化け狸の仲間であるとか色々伝承はあるが、大雑把に言えば人の心を読む妖怪だ。

 そして俺はその子孫である。

 妖怪といっても見た目は普通の人間と一緒だ。
 っていうか、心の声が聞こえる以外はほぼ変わらない。俺の母親と妹がサトリだが、普通に仕事して、学校行って人間として暮らしてる。因みに父親は純粋な人間だ。だから俺と妹は半人半妖……つまりハーフってことになる。

 100%純粋なサトリであればスイッチをオンオフするみたいに聞きたい時だけ聞けるんだけど(母談)俺や妹みたいな半妖はそれが出来ずに相手の心の声が常に垂れ流し状態で毎日毎日起きてる間は人の声が絶える事はない。

 しかも、気持ちの大きさに比例して声の大きさが変わる。
 普通に生活している分にはそんなに大きく感情が揺れ動く事はないからみんな普通の話し声と同じ大きさで聞こえてくるし、垂れ流しは生まれた頃からそんな状態が続いているからもうすでに慣れっこだ。

 だがしかし、ここ最近俺の近くにクソうるさい奴が一人いる。
 渋谷しぶたに龍生たつき。2年になって同じクラスになってからというもの毎日毎日俺が好きだとクソデカボイスで叫んでいる。
 他に気付いてる奴は当たり前だけどいない。

 渋谷は180は超える長身で空手をやってて筋肉質でガッチリした体躯、顔は割と整っているのに感情があまり顔に出ないのか無表情でそして無口だ。
 その風貌や雰囲気から周りからは怖い人と認識されているが、渋谷の内心はいつも非常に賑やかだ。
 賑やか……いや、やっぱクソうるさいが一番しっくりくるな。

 だって──


(安達っ!好きだーーーー!!!)


 うるせぇーーーー!!!

 もう、何なのこいつ。何でこんな数分置きに好き好き言ってんの?俺の能力知ってんの?てか、俺お前に何した?何もしてないのに何でこんなに惚れられてんの?てか男だぜ?せっかくの共学なんだから女に目を向けろよ。


 耳から声が聞こえるわけではない。頭に直接音が響く。だからこいつのクソでかい声が頭にガンガン響いてホントに辛い。
 因みに最大1km先まで聞こえる(常人はせいぜい5m)が、1学年下の妹には聞こえてこないらしく、どうやら自分に対する想いはより強く聞こえるということらしい。そしてそれが叶うか、相手が諦めるかすれば静かになるらしい(これも母談)。
 妹は俺が男に好かれているのを面白がって「付き合ってあげれば静かになるんじゃない?」とか言って楽しんでいる。

 そして、日ごろ俺への想いを爆発させている渋谷はどうやら近々俺に告白するつもりのようだ……。

 マジか……はじめての告白が男……と少し落ち込んだが、これはチャンスだ。今まで告白もされていないのにフるということができなかったからクソデカボイスを我慢してきたが、告白してくれるなら、堂々とフることができる。

 フられたら流石に渋谷も諦めてくれるだろう。暫くすれば静かになるはずだ。

 そして、ある日の放課後その時は来た。

「安達、話がある。ちょっといいか」
(あぁぁぁっ!安達に話しかけてしまった!緊張するっ!)

 一見すれば果し合いか?というような面持ちで呼び出されたが、副音声付きなので全く怖さはない。

「分かった。ついてけばいい?」
「あ、ああ……」
(嫌がられるかと思ったのに、こんなにすんなりついてきてくれるなんて……好きだっ!)

 渋谷の副音声にスンとなったが、顔には出さずに一緒に帰る予定だった友人に「じゃあ、そういうことだから」と別れて渋谷について行った。
 友人達は
(渋谷、人殺しそうな顔してたけど、安達大丈夫か?)
(こっそりついてくか?)
 と本気で心配してくれていてそこはちょっと嬉しかった。

 渋谷は緊張してガチガチでどうやって告白するかで頭が一杯だ。かくいう俺はこれから起こる事を分かっているからそれほどでもない。

「なぁ、どこに向かってんの?」
「あ、えっと、どこというわけではなく、帰りながら話そうかと……」
「じゃ、そこでいいか?」

 学校を出て黙々とついて行っても緊張しまくってる渋谷は最早どこで告白するとか頭からすっぽ抜けてたので、近くの公園を指さした。   

 渋谷はようやく覚悟を決めたらしく、俺の提案に頷くと、公園のベンチに2人で並んで腰掛けた。

「で、話って何?」

 用件は分かっているが、さっさと終わらせて帰りたい。
 渋谷は俺が話を切り出すとゴクンと生唾を飲んで、ジッと俺を見つめた。
 気合が入っているからか今から人を殺しそうな目をしている。が、渋谷の副音声は(思い切って言うんだ!男同士だって気持ち悪がられても言うって決めただろ!)と自分を鼓舞していて、何だか応援したくなってくる。
 俺は人に告白とかしたことないけど、誰かに好きって伝えるのは勇気がいるよなぁ。
 頑張れ、頑張れ。聞くだけ聞いてやろうじゃないか。

「おっ、俺、安達のことが好きで……つ、付き合って欲しい!!」

 おお、言った!もともと口数が少ない奴だから必要最低限で俺のどこが好きとかそういうのはなかったけど、彼なりに頑張ったと思う。
 渋谷も心の中では今大騒ぎしている。相変わらず顔は無表情だけど、ほんのりと目元が赤くなって、目も少し潤んでる。心の声が聞こえなくても本気だということは伝わるけど、俺にその気はないんだ。悪いな。

「ごめん。渋谷のことそういう風に考えたことないし、付き合えない」
「…………そうか。いきなりこんなこと言って悪かった。ただ、伝えたかっただけで望みがないのは分かってたから……聞いてくれてありがとう」
(100分の1の可能性でも付き合いたかった……!!)

 本音と建前が随分違うけど、これで少しは静かになるだろうか。

 渋谷とはそこで別れて帰ったけど、いつまでも渋谷の悲しむ声が聞こえてしばらくはこれが続くのかと憂鬱になった。



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