とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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宍の襲

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 少し前に、誰かの代わりにされているのは気分が良くないと聞いたばかりだと言うのに……
 慌てて取り繕うように笑顔を向けると、るりはほんの少しだけ眉をひそめた。

「なにかあった?」
「え……?」

 曖昧に返し、止めていた手を動かす。

「おにいちゃんとけんかした?」

 こちらの底まで見透かすような目に引き込まれて、再び手を止めてしまった。

「だったら、はやめに仲直りした方がいいよ」
「いや、玄上と喧嘩したわけじゃないよ」
「……じゃあ、いやなこと、あった?」

 黒い目ならば見詰められて居心地も悪くなりそうだったが、玻璃色のそれに見つめられると不思議と静謐さだけが心に満ちてくる。
 不思議な色味の虹彩が、ひたむきに自分を見詰める心地は例えるものがない気分だ。

「いやな……?」

 華奢な体に、不自然なふくらみ。
 多恵は俺の胤とは言わなかった……言わなかったが、時期的にそうなのだろう。
 
 それがいやか、いやでないかと問われればいやではない。

 驚愕したと言うのが一番の感情で、それ以上のものがあったのかと問われれば答えに詰まってしまうだろう。

 ただ、多恵は人を謀ることのできるような女ではなかった。

 けれど引き結ばれた紅い唇に現れたように、あれが彼女の覚悟なのだろう。
 明らかな不義の子を産むために彼女が差し出した犠牲は大きい。
 
 人生や、自由、人からの信頼、安寧……それから良心。

 それ以外にも数えきれないものと引き換えに、多恵は子供を産もうとしているのかと思うと胸が痛んだ。

「いやじゃないんだ……」

 驚いて……

 ただただ驚いたのと、彼女の覚悟に気圧されて……

「なんだか辛くて」
「つらい?」

 細い指が宥めるように俺の頭を撫でる。

「  歯痒くて」

 するりと出た言葉に納得した。

 
 俺は、歯痒いんだ。


 俺の子を孕んだという多恵に頼られることもなく、
 求めた翠也には心を閉ざされて、

 自分自身が何もできない人間だと突きつけられたようで……
 
 自身を頼って欲しくて、自分だって縋って貰えるんだと思いたくて抱いたるりには、逆に抱え込むものを見透かされて慰められてしまって。

 何もできずに嘆くだけの自分が歯痒くてしかたがない。

「はがゆい?」
「うん」

 見つけた答えに打ちのめされて、崩れるように項垂れる。

「そかぁ」
「何も、できないのが……」
「ふぅん」

 るりの言葉は、やはりどこか天気の話をするかのように軽やかで、蹲るだけの俺を笑い飛ばしてしまいそうだ。

「じゃあ、すればいいよ」

 当たり前のように、るりは笑った。


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