172 / 192
聴の頬
1
しおりを挟む翌朝、翠也の部屋から出てくる医師と鉢合わせをして慌てて頭を下げた。
「あの、翠也くんは?」
「風邪ですな」
そうにべもなく言ってのしりと音が聞こえそうな動きで帰っていく医師を見送る。
「 翠也くん」
問いかけても返事がないだろうことは昨夜の段階でわかっていることだったが、それでもそうせずにはいられなかった。
微かに攣れるような感覚のする首に手を遣る。
るりとの間に何があったのか、気づいたのだと思う。
いや、気づいたのだろう。
そう考えるだけで口の中が干上がり、悪寒に晒されたかのように手が震えた。
異常な脈と汗に襲われながら、それでもしつこく食い下がって「翠也くん」と名を呼び続けると、小さな掠れた声が返る。
「 移してしまいますので、お引き取りください」
「あ……翠也……?」
静かな怒りが混じった声音だった。
「中に入っても 」
「ご遠慮ください」
冷たい言い方に、心の臓が凍りつきそうだった。
「開けるだけでも、許してくれないか?」
「 申し訳ありません」
いつかのように無理矢理に開けるのも気が引けて……
けれど翠也の性格上、このまま平行線を辿りかねないのは良くわかっていた。
「 っ、入るよっ」
決心して引き戸を引く。
鍵なんて気の利いたもののない入り口は小気味よい音を立ててその場を譲り、横になっていた翠也がはっと体を起こすのが見えた。
「風邪が……」
「構わない!」
言って翠也の拒否の言葉が続く前に傍らまで近づく。
逃げられる前に手を取ると、上気した頬と比べて指先が酷く冷たくて、これからまだ熱が上がるのだと言うのがわかった。
「は 放して」
「一晩、君に会えなくて苦しかったんだ」
「 っ」
強い力で手が振り払われ、その反動で翠也はふらりと倒れ込んだ。
もがくように身を引いてから、玉の雫を目尻に浮かべてこちらを睨みつけてくる。
「貴男はっ……どの口で っ」
上げられる声の荒さに身が縮む。
「あき 」
「触らないでくださいっ」
手を叩き落されて、しかたなく布団の上に下ろす。
「あの人に触れた手で、触らないで っ」
突っ伏して小さく身を震わせる翠也の背にそっと手を置くと、今度は払われずに済んだ。
「翠也、体に障るから横に……」
「いやですっ」
「翠也っ」
「あ、貴男がいらない体に未練はありませんっ」
何を……と思ったが、そう思わせることをしたのは自分だった。
るりとそう言った関係なのだと知った翠也が、自分は捨てられたのだと思い至るのは容易いことなんだろう。
「貴男が必要としないなら、僕はこんな体いらないんです」
「いるっ!」
怒鳴りつけ、熱でふらつく体を力ずくで引き起こす。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる