とある画家と少年の譚

Kokonuca.

文字の大きさ
175 / 192
聴の頬

4

しおりを挟む



「なぜもっと早く言わなかった」
「だって……はじめに奥さまいってたから」
 
 例え橋田に非があったとしても、責められるのはるりだと。

 ぞんざいに一つにまとめられた亜麻色の髪。
 困ったようにこちらを見つめる玻璃の瞳。

 るりの諦めた態度が物語る辛酸を、俺は本当の意味で分かってやれないのかもしれない。

「だからと言って……」
「おれ、部屋にいるから」
「そ……」
「そのかわり、あしたは外につれて行ってよ」

 ね? と機嫌を取るように笑いながら顔を覗き込まれて、俺は拳を震わせながら肩を落とすしかできなかった。





 るりのこれまでの人生に降りかかった辛苦に、憤りを覚えてもそれをどうにかすることも敵わず、気を落としながら眠る翠也の傍らに腰を下ろした。

 自分自身、手籠められた挙句に産まれた子だと苦渋を味わう人生を歩んできたと思っていたが、絵を描き、分かり合える友がいて、俺の浮気を嘘と飲み込み傍に居てくれる翠也がいる。
 
 これ以上ないほどの満ち満ちた人生だ。

「……う  たろさん?」

 問いかけられて顔を覗き込むと、艶のある黒い瞳に自分が映っているのが見えた。
 高い熱にうなされて、苦しいだろうにただただひたすらに俺を見詰める翠也に、胸を絞めつけられて鼻がつんと痛んだ。
 
「ああ」

 応えるとそれだけで万能薬でも飲んだかのように、ほっと楽になった表情を見せてくれる。
 
 俺だけをひたむきに見つめる姿に、愛おしさを感じて微笑む。
 
「今日は俺が看病するよ」
「でも……」

 すぐに温んでしまう額の布を替えながら、不安そうに視線を向ける翠也に「ちゃんといるよ」と声をかけ続けた。



 
 
 微かな寝息の合間に芯の擦れる音が響く。

 すべらかな頬に影を落とす睫毛、
 柔らかな閉じられた唇、
 白い陶磁器色の肌が熱で赤らみいつもよりも人間らしい。

 その様を、鉛筆の一筋に託す。

 起きていたら恥ずかしがってさせてはくれないだろう。
 照れて怒り出してしまうんじゃないかと想像して、唇の端に笑みを乗せる。

 きっとその姿も愛らしいのだろうけれど……

「そんなことを言ったらまた怒るかな?」

 光に透けた塵がふわりと舞い散る中、ただひたすらに翠也を描き写していく。

 微かな息と、
 微かな音に、

 至福を感じて翠也の熱い指先を握り締める。

 これ以上の幸せなんてありえないのだと、眠る翠也の赤い頬に口づけた。
 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...