蒼穹の裏方

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第1章 ハワイの戦い

1.10章 レキシントンからの攻撃隊

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 ハワイ時間の9日の早朝になって、二航戦と五航戦はミッドウェー島の北側を迂回するように西方に回り込んで、西北方向から南下していった。この時、二航戦と五航戦は東西に20海里ほど距離を開けて航行していた。二航戦(飛龍と蒼龍)の西側を五航戦(翔鶴と瑞鶴)が航行していたため、ミッドウェー島への接近は二航戦が先行する形となった。任務はミッドウェー島の制圧であるが、搭載機は対艦攻撃の装備で待機だ。

 山口司令は、必ず空母がいるはずであり、それを排除しない限りミッドウェー島の空爆は開始しないと明言していた。直前に受信した、駆逐艦が攻撃を受けたとの報告から、ミッドウェー島の北東から南東までの大きな扇型の領域を想定海域として、索敵機を発艦させた。山口長官の指示は相手を見逃すことのない二段索敵だった。同一索敵線に偵察機2機を飛ばすという念には念を入れた偵察法だ。目標とする艦隊が雲の下に隠れるようなことがあっても、見逃す確率が格段に小さくなる。

 直ぐにミッドウェー島上空を航過した偵察機から報告が入る。伊藤参謀が通信文をもってやってきた。
「ミッドウェー基地の状況が判明しました。格納庫を破壊。燃料タンクに火災発生。しかも滑走路にも砲撃による被害あり。どうやら、この基地からしばらくは航空機の離陸は不可能のようですな」

 山口長官がうなずく。
「うむ、我々の心配事が一つ消えたな。だが、油断するな。米軍は1日もあれば基地を復旧させるぞ。そうなれば我々は、正面の空母と側面に位置するミッドウェー基地の2面作戦を強いられることになる。逆に言えば、ミッドウェー基地が復旧していない今がチャンスだ。全力で敵空母を撃破する」

 一方、前日の朝にはハワイ近海から日本の機動部隊が引き上げたことはニュートン少将も知っていた。日本軍機の空襲から生き残ったオアフ島のバーバース基地の偵察機がハワイ近海を繰り返し偵察して、日本軍はいなくなったことを報告したのだ。その状況は第12任務部隊にも転電されている。従って、ミッドウェーの近海で日本に戻る敵艦隊を捕捉するのはこの日が最も可能性が高いことを認識していた。

 朝になって、参謀長のルイス大佐が一つの電文をブラウン中将とニュートン少将に持ってきた。
「太平洋艦隊司令部からです。極秘情報とあります」

 ブラウン中将とニュートン少将が確認すると、その電文には日本艦隊が、ミッドウェー島を攻撃するために真北から南下してくる可能性があることが書かれていた。

 ブラウン中将が訪ねてきた。
「暗号解読の結果得られた情報のようだが、どこまで信じられるかね?」

 ニュートン少将が答える。
「日本艦隊が、天候などの理由で行動計画を変える可能性はあります。北方を第一に偵察するエリアとするのは良いですが、計画が変わることも考えて、西北から東北のエリアにも偵察機を出します。もう一つ電文から推定されることがあります。日本艦隊が我々よりも先にミッドウェーを攻撃する可能性です。そうなれば、我々は日本艦隊のすきをついて、側面から攻撃できるかもしれません」

「この電文の通りか否かを、直ぐにでも確認しようじゃないか。それからもっと広いエリアも捜索しよう。加えて、日本の空母が先にミッドウェーに手を出してくれることを祈ろう。私としてはその可能性にベットしたい」

 レキシントンには、ミッドウェーで降ろす予定だった複座のSB2Uビンディケーターをまだ搭載していたので、偵察任務に割り当てて発艦させた。これらの機体は、偵察任務なので爆弾は搭載せず長距離を飛べるようにしている。この点、500ポンド(227kg)爆弾を搭載して、偵察と同時に攻撃も可能な偵察爆撃隊のSBDドーントレスの方がはるかに使いやすい。新型機は伊達じゃないということだ。

 日本の機動部隊がミッドウェーに近づけば近づくほど発見される可能性は増加する。一方、アメリカの任務部隊も昨日の駆逐艦への攻撃により、行動範囲を日本側に読まれていた。双方の部隊が多数の偵察機を繰り出した結果、お互いが相手を発見するのも時間の問題となった。この時、ミッドウェー島を時計の中心とすると、日本艦隊は10時方向から南東に向けてミッドウェーを目指すように航行していた。一方、米艦隊は3時の位置を北側に向けて航行していた。

 指示に従ってミッドウェーの北側に到達したが、レキシントンの偵察機は何も発見できなかった。しかしその後、ニュートンが指示したミッドウェー島の北西側を飛行していたSB2Uは、米艦隊から最も遠いこの海域で戦艦からなる日本艦隊をまず発見した。更に西方を偵察していた機体がやっとのことで空母部隊を発見した。偵察任務のSB2Uは上空警戒の零戦により撃墜されたが、日本空母を発見して位置を通報することはできた。すぐに報告がレキシントンの司令部に上がってきた。

「戦艦2隻を中心とした艦隊。更にその西方20浬に、空母2機と巡洋艦2隻を中心とする機動部隊を発艦。ミッドウェーの西北、180浬(333km)」

 報告を受けてニュートン少将がつぶやく。
「うまい方法だ。我々から見て戦艦部隊が空母の前面に立ちふさがるように航行している。前衛部隊として空母を守るための壁とするつもりだぞ」

 しかし、日本艦隊発見の時点ではまだ米空母からは攻撃隊が発進することはできなかった。日本艦隊まで、まだ300浬(556km)以上ある。エンタープライズに比べて、旧式のSB2Uビンディケーターを搭載していたおかげで、攻撃装備の機体が往復できる距離まで接近する必要があったためだ。この時点で、日本空母は3隻だと彼は信じていた。しかも日本の艦載機は今までの戦いで何割か損耗しているであろうことも疑わなかった。

 夜明けから二段索敵を行っていた日本の機動部隊は、米艦隊よりも先に相手を発見していた。ミッドウェー島から東方に進んだ偵察機が、既に米艦隊を発見して位置を連絡していた。米艦隊が日本艦隊の方向に航路を変えたことも打電している。インディアナポリスは搭載したレーダーでこの偵察機を探知していたのだが、しばらくの間はミッドウェーから飛来した友軍機だと思っていた。

 やがていつまでも同じ距離で飛行する航空機の異常に気がついた防空指揮官が、上空のバッファローに迎撃を命令した。偵察任務の九七式艦攻は、米戦闘機の接近を視認するとすぐに退避した。米艦隊の北方からは、米空母発見の無線を傍受した偵察任務の零式艦偵が接近してきていた。元々、加賀に搭載されていたこの艦偵は、二段の同一捜索線を偵察していたもう1機の機体だ。米艦隊に接近することで、輪形陣の構成についての情報を打電することができた。

 西に方向を変えて全速で進んでいたレキシントンは、1時間後に攻撃隊を発艦させた。レキシントンからの攻撃隊は以下のような編成だった。この時期の米空母搭載部隊の機種比率から戦闘機が、爆撃機に比べて少ない編成となっている。

 戦闘機隊:F2Aバッファロー10機
 急降下爆撃隊:SBDドーントレス22機、SB2Uビンディケーター12機
 雷撃隊:TBDデバステイター16機

 ルイス参謀長が、ブラウン中将とニュートン少将に攻撃隊の発艦を報告する。
「無事に攻撃隊が発進しました。ミッドウェーの北西側の空母への攻撃を優先します。敵の空母は隻数で優っていますが、搭載している航空機は真珠湾で被害を受けて、更にエンタープライズとの戦いでも損害が発生しているはずです。無傷の我々の攻撃隊が全力で立ち向かえば、残りの敵空母を必ず撃退できるでしょう。しかし、ミッドウェー島が砲撃を受けて、島に配備されていた航空機をあてにできなくなったのは想定外でした」

 慎重な性格のブラウン中将が答える。
「君は楽観的だな。うらやましいよ。インディアナポリスの電探と上空警戒機から敵の偵察機を発見したとの連絡があった。敵の偵察機が我々の位置を通報しているはずだ。いまごろは、敵艦隊からも攻撃隊が発進しているだろう。ミッドウェー島が先に攻撃される可能性はなくなった。結果的に我々は孤立したが、今更逃げることはできない。真珠湾での戦いぶりを聞くと、どうやら日本の航空機は、我々の艦載機に決して劣っているわけではないようだ油断は禁物だと思う。直ちに敵の迎撃の準備を始めてくれ」

 ニュートン少将が参謀に指示を出す。
「我々は、巡洋艦の数が多いことを生かして、レキシントンの周りを巡洋艦と駆逐艦で囲む輪形陣で、敵航空機を迎撃する体制とした。この陣形を崩されるな。各艦に敵の攻撃法について注意を促してくれ。司令部からの情報によると、敵は離れたところからロケット弾を一斉射撃して対空砲を黙らせてから、爆撃と雷撃をしたらしい。しかも、しかもスキップボミングで空母の横腹に爆弾を命中させたようだ」

 シャーマン艦長が遠くを見ながら答えた。
「まあ、それがわかっても我々がするのは、とにかく敵を撃墜することです。但し、敵に懐に入られたら注意してください。この大きい船は爆弾が命中してもそう簡単には沈みませんが、全く小回りはききません。特に雷撃には注意が必要です」

 米攻撃部隊の接近は、見張りよりも先に飛龍の電探が探知した。二号一型電探が、南の方向から飛行してくる編隊を約70浬(130km)の地点で発見したのだ。山口少将は、既に攻撃隊がやってくるのを予測して機動部隊の上空には防空任務の零戦を全て上げていた。

 艦隊の東側を飛行していた9機の零戦が、米編隊の前方から接近した。米爆撃機を護衛していた10機のF2Aバッファローが零戦の攻撃を防止しようとして、旋回を開始する。もともと、初飛行当初はF4Fワルドキャットと同等の性能だったF2Aバッファローは、空母に搭載されて実戦配備された時には防弾装備や燃料の増加により大幅に重量が増加して、F4Fよりも性能が劣化していた。燃料を満載すると重量が過大となり、速度と上昇力がかなり悪化するとされていたが、海上での侵攻作戦となったこの戦いでは、全燃料タンクを満たさざるを得ない。戦闘機でありながら、250ノット(463km/h)しか出ないため、全く零戦を捕捉できない。上昇力もこの高度で毎分650m程度しか発揮できず、これは毎分800m以上の零戦よりも2割は低い。このため、零戦に背後につかれると、この機体は上昇や急旋回で逃れようとしても零戦を引き離すことができなかった。

 一方、F2Aが零戦の背後につけようとしても、上昇して引き離してから急反転降下して、零戦は容易にF2Aの後方に回り込むことができた。急降下でもF2Aは加速が悪く逃げられないので、次々に翼から炎を噴き出しながら撃墜されてゆく。米軍機としては珍しく、F2Aの主翼の燃料タンクには弱点があった。胴体の燃料タンクやパイロットには防弾がされていても、翼内のインテグラルタンクは構造が変えられず、防弾装備を追加することができなかったのだ。そのため13.2mmの1連射だけで簡単に翼から火を噴き出して墜落してゆく。

 一方、防御機銃の効果を大きくするために、密集して飛行する雷撃隊のTBDデバステイターと爆撃隊のSBDドーントレスの編隊に対しては、編隊の上空に回り込んだ3機の零戦が緩降下姿勢で一斉に噴進弾を発射した。さらに別の1機の零戦は後方のTBD編隊に狙いをつけていた。

 白い煙が伸びていってSBD編隊の5カ所で爆発が発生する。命中しない限り噴進弾は爆発しないので、爆発煙が晴れるとその場所に飛行していた機体はばらばらになって墜落していった。

 TBD編隊でも3カ所で命中の爆発が発生して、ばらばらになった機体が墜落してゆく。噴進弾を装備した零戦に続いて6機の零戦が、噴進弾の攻撃でばらばらになってしまったSBDとTBDの編隊に突っ込んでゆく。編隊後部から降下して接近した零戦が、1機のSDBを狙って射撃すると主翼から胴体に命中して、13.2mmの炸裂弾が爆発する。ぐらりと傾いてSBDが錐もみ降下してゆく。そのまま零戦は前方のもう1機のSBDに対しても同じ攻撃をすると後を追うようにSBDが墜落してゆく。4分の1以下に減少したSBDとTBDの編隊に、先ほどF2Aバッファローを撃墜した零戦が上空から突撃してきた。残った爆撃機や雷撃機も零戦に追い回されて、次々に落ちてゆく。

 最初に飛来した攻撃隊が次々と撃墜されているころ、再び飛龍の電探が艦隊に近づく別の編隊をとらえた。レキシントンから遅れて発艦した、SBDドーントレスとSB2Uビンディケーターの急降下爆撃機の編隊が東方から接近していた。五航戦の東側の上空には、まだ戦闘に参加してない6機の2個小隊の零戦が飛行していた。防空指揮官が敵編隊の方向と距離を示して攻撃を指示する。全速で東方の敵編隊に接近した零戦隊は、最初の一航過で5機のSB2Uを撃墜した。SB2Uは胴体後部が羽布張りで、操縦席の防弾も徹底しておらず、翼内にはインテグラルタンクも残っていた。既に旧式化しつつあったこの機体は、性能が劣るだけでなく撃たれ弱い機体でもあった。次の攻撃でさらに4機が落とされるが、敵機の数が多すぎる。残った爆撃機が徐々に艦隊に近づいてゆく。南方から接近していた敵編隊を撃墜した零戦も防空戦闘に加って、更に1機を撃墜したが、そのころには爆撃隊は既に艦隊の上空に達していた。

 飛龍の状況表示盤では、南東方向から飛行してきた編隊を防空隊が迎撃して、その赤の駒が撃墜されるたびに順次黒に変えられていった。その時点で東の方向から別の編隊が接近するのを発見して、赤の駒が複数追加される。防空指揮官が零戦隊に迎撃を指示すると、艦隊上空の青色の駒が東の方向に移動する。

 山口司令が、対空射撃命令を出す。
「艦隊上空に敵機を発見次第、対空砲の射撃を許可する。しかし、この表示盤は本当に便利なものだな。一目で戦いの様子がわかるじゃないか」

 赤色の編隊が移動しながら黒の駒に代わってゆくが、まだ赤の駒が残っている。赤の表示担当の兵が駒の場所を変えた。張り付けた先はほぼ艦隊の上空であった。

 加来艦長はこの様子を見て指揮のために艦橋の最上階の防空指揮所に上がった。

 この時の日本艦隊の配置は、二航戦の東南方向に三川中将の指揮する比叡と霧島が航行していた。その後ろには水雷戦隊旗艦の阿武隈が航走している。空母に比べれば戦艦の対空砲火は大きいだろうとの山口司令の考えで、敵艦載機が飛んでくる東の方角を戦艦が立ちふさがる艦隊配置をとっていた。空母の戦いで、航空部隊を駆逐できたならば、そのまま先行した戦艦に艦砲射撃をさせてミッドウェー島を徹底的に叩くことも同時に想定している。このためSBDとSB2Uが空母に対して急降下爆撃をするためには、前方の戦艦の対空砲火をかいくぐることが必要になった。

 攻撃態勢に移った9機の爆撃機に対して、戦艦から12.7センチ高角砲の全力射撃が始まった。高角砲弾の爆煙が次々に広がってゆくが、1機のSB2Uが落ちてゆくだけだ。空母からも高角砲の射撃が開始されて、もう1機のSBDが撃墜された。

 接近してくる爆撃機に対して、比叡の40mm機関砲が射撃を始める。戦艦大和の装備の実験艦として、近代化改装された比叡には、新型機関砲の実験のために40mm連装砲が4基追加されていた。4基8門の射撃により、1機が撃墜される。残った6機の爆撃機が急降下に入る。爆撃コースに乗ったSBDに対して、飛龍に追加装備された2基の40mm機関砲も射撃を始める。蒼龍も機関砲が射撃を始める。空母の上空で更に1機が撃墜されたが、5機が投弾に成功した。飛龍を狙った1弾は転舵により回避された。蒼龍は4機の爆撃機に狙われた。次々と投弾される爆弾を1発目と2発目は回避したが、艦をはさむように投下された2弾は艦が直進すると双方に被弾する可能性がある。

 蒼龍の柳本艦長は確実に1発を避けるために取舵(左回頭)を指示する。二つの可能性よりも確実に一つを避けることを選んだのだ。同時に大声で叫ぶ。
「左舷後部にバクダーン、爆弾被弾に備えよ」

 1,000ポンド(454kg)爆弾が左舷側の後部飛行甲板に命中した。かろうじて機関に被害はなかったために、艦の航行には影響がないが、後部飛行甲板と後部格納庫に大穴が空いて、着艦制動装置も破壊されたので着艦が不可能になる。後部エレベータは爆発の衝撃で最下部まで陥没した。後部格納庫にも破孔ができたので、そこから浸水しないように応急修理が始まるが、後部飛行甲板の復旧は不可能だ。今までの攻撃で被害を受けて格納庫内で修理中だった数機の九七式艦攻と九九式艦爆が整備員と共に爆風でばらばらになった。

 飛龍艦橋から山口長官は煙を上げている蒼龍を見ながら、伊藤参謀に小声で話した。
「どうやら敵の攻撃もこれで一段落したようだな。蒼龍に被害を問い合せてくれ。それと艦長の柳本君に、先ほどの判断は決して悪くなかったと伝えてくれ」
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